冤罪の裏側
古田は満員電車の中で嬉しさに頬を緩ませていた。数々の幸運に恵まれたからだ。満員電車の中で座る場所を確保出来た。おかげで昨日本屋で偶然見つけて即購入した本を読める。それだけだが非常に幸せな気分であった。
ページをめくる手が止まらない。紙という媒体に印刷された文字は素敵な物語を紡ぐ。電子書籍とは違う紙媒体ならではの感触が幸せな気分を増長する。しかしいつまでもそうしていられない。
ふと車内の電光掲示を見れば、そこには古田の降りる駅の名前がある。後ろの車窓から外を見れば、駅まであと何分か予想することが出来る。そうこうするうちに電車が止まり、ドアが開いた。古田は普段と同じようにその駅で下車して改札へと向かおうとする。
その時だ。何者かが古田の前腕を掴んだ。かと思えばそのまま前腕を頭上に挙げさせられる。犯人は制服を着崩した女子高生一人。その般若のような形相を見ればこれから起きることが出来る。
どうやら古田は痴漢に間違われたらしい。そうと知るやいなや、古田は力任せに女子高生の手を振り切る。そして、叫ばれる前に改札口に向かって全力疾走を始めた。
「……ていうことがあってさ。俺がそんなことするはずないのにな」
何とか駅員を呼ばれる前に改札口に移動した古田は、その後普通に出社。今は同僚との昼休憩の時間である。古田は同僚と共に定食屋を訪れていた。
「それな。いっそ、買った本をカバー無しで読んだらどうだ?」
「そんなことしたら周りの目がすごいことになる」
「でも、痴漢に間違われるよりマシだろ? お前、今日で間違われるの何回目だよ」
「数え切れないほど。全く、酷い目にあった。俺はその手の行為には興味が無いってのに」
二人は趣味仲間であり、互いのことをよく知っている。それはもう嫌という程に熟知している。好き嫌いから互いの性癖まで完璧に。それには理由があって。
古田は朝読んでいた本を卓上に置いた。同僚がすぐさまそのカバーを外す。カバーの下からは出てきたのは「BL本」というもの。二人の男性が表紙を飾るその本は、男同士の恋愛をテーマにした小説だ。
「俺は女には興味が無いんだ。男が恋愛対象だからな」
「よく知ってるよ、ハニー」
古田と同僚は同性愛者だった。女性に性的魅力を感じないのだから、女子高生に痴漢なんてするはずもなく。古田の目には愛しい恋人である同僚しか映らない。
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