忘れられない日
学校でつまらないことを習うくらいなら川で魚を掴んでた方がマシだ。魚は食料になるし、人に売ってお金を儲けることも出来る。読み書きの勉強なんかよりよっぽどタメになるぞ。そんな考えの元、弘は小学校の授業をサボっては川に通っていた。
戦時中は食料が限られていて。弘はいつも飢えていた。魚掴みは偶然、川で泳いでいる時に魚を見つけたことがきっかけで始めた。食べられない魚なんてほとんどない。大抵の魚は家に持ち帰って火を通せば貴重な食料になる。
学校に通うのは数えるほど。どうせサイレンが鳴れば授業は無くなる。戦闘機が頭上を通過するのはよくある事だし、どうせ死ぬなら少しでも沢山食べて死にたい。それが弘の夢であった。
1945年8月6日、弘はいつものように朝から授業をサボって川で魚を追いかけていた。暑い夏の日で、弘の体は汗だく。汗をぬぐいながら空を見上げると……一つの白い光る物体を見つけた。それは戦闘機ではなく、それまでに見たことのある弾でもない。初めて見るそれは弘の頭上を通過して西の方へ飛んでいく。その光の正体を知ったのは、皮肉にも戦争が終わってからだった。
終戦から十年以上が経過したある日のこと。偶然耳にしたラジオの音声に弘は思わず耳を疑った。当時小学生だった弘はもう20歳を越えていて。中学を卒業してすぐ、出稼ぎのために東京に来ていた。東京での暮らしに慣れてきた頃に耳にしたのが、当時目にしてから忘れられない光の正体だった。
「原子、爆弾……なんだそれ? ほとんど人が死んだ? 翌日の新聞には、ただの焼夷弾って書かれてたじゃんか。被害は僅かって書いてあったじゃんか。どういうことだよ!」
ラジオから聞こえてきたのは1945年8月6日に広島に投下された原爆についての話。広島は壊滅状態にあったのだという。しかしそれは弘の知っている記事と異なる内容だった。
あの日、妙な白い光を目撃した弘少年は翌日の新聞を親に読んでもらっていた。だが記事に載っていたどの空襲も「焼夷弾による攻撃」ばかりで。白い光についてはどこにも書かれていなかった。
当時の政府が何年も原爆のことを、そしてその被害を隠していた。その事実に気付いたのは終戦から十年以上が経ってからのこと。弘は衝撃のあまりしばらくの間動くことも口を聞くことも出来なかった。隠された被害の大きさに、気がつけば目から涙がこぼれ落ちていた。
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