涙の手術

 成子の目は十歳の時にはほとんど見えなくなっていた。目の病気が原因で、手術をしなければ視力は回復しない。だがその手術が問題だった。なぜなら、成子が失明しかけたのは物がほとんど無い戦時中だったから。


 手術に必要な麻酔の類はほとんど無かった。それどころか必要な機材すら不足していたのだ。その噂は幼い成子の耳にも入っていて。失明するか、激痛に耐えて手術するかの二択をしなければならない。


「お母ちゃん、私、どうしたらいい?」

「うーん。成子はさ、目、このまま見えなくなってもいい? それとも、また目が見えるようになりたい?」

「手術しても完全には、よくならないんでしょ?」

「そうね。でも眼鏡をかければ見えるようになるわ。今のままだと一生、真っ暗な景色しか見えなくなっちゃうの。あとは成子次第よ」


 母に励まされ、成子は手術を受けることを選んだ。当時の成子は知らなかったが、両親は成子の手術費用と眼鏡代のためにかなりのお金を貯めていた。お金の心配をさせまいと、費用について成子について知らされることはなかった。




 手術を行った場所は覚えていない。恐らく病院だった、という程度の曖昧な記憶しいのだ。その手術は様々な意味で、成子にとって一生忘れられないものとなる。


 成子の危惧していたように、麻酔無しで手術が行われた。手術を担当する医師は、施術を開始する前に「すまない」と成子に謝る。その謝罪が何を意味するのかを知るのは、施術を開始した直後の事だった。


 麻酔無しで施術を行うからだろう。幼い成子の体を、がたいのいい男性二人が抑えていた。成子の目に医師の握るメスが近付いてくる。その刹那、目に激痛が走った。思わず悲鳴を上げるが、医師は手を止めず、男性は成子の体を抑える力を強める。


 その後は激痛との戦いだった。死んだ方がマシかもしれないと幼心に思うほどの痛み。成子が声が枯れるまで叫んでも、手術が中断されることは無い。成子の記憶に強く残った痛みと恐怖は、生涯忘れられないものとなる。


 結果から言えば手術は成功。成子はなんとか失明を避けることが出来た。しかし視力は両目共にかなり低く、眼鏡なしではまともに物を見ることが出来ない。それでも手術前に比べれば視界が広くなり、周りの風景がはっきりとわかる。


 後に成子は言う。「この手術を受けなかったら、その後の戦乱の世を生き延びることは出来なかった」と。

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