愛され教師

 それはとある休日のこと。馬場は誰もいない学校の体育館を訪れていた。その手にネクタイと遺書がある。馬場がここを訪れたのは、死ぬためだった。


 馬場は教師だった。だが残業続きの毎日、授業の準備や部活動でまともに休める日は数える程。それでも生徒のためにと頑張ってきたが、過酷な日々についに心が根をあげた。どうせ死ぬなら働いてる学校で死んで復讐してやる。その一心で今日、体育館にやってきたのである。


 体育館のど真ん中でネクタイを首に巻き付けた。遺書は足元に投げ捨てた。あとはネクタイで首を力一杯締め付けるだけ。なのに死を目前にして、その行為に躊躇ためらってしまう。


 心残りなのは生徒達だ。ショックを受けるか、部活動や進路にどのような影響があるか。馬場は自殺したくなるほどに心を病んでしまっても、やっぱり教師なのだ。生徒の見本となるべき教師が自殺したらどうなるか、そればかりが気になってしまう。


「あれ、馬場先生。何、してるんスか?」


 いざ馬場が首に巻き付けたネクタイを締めようとした時だ。体育館の鍵が開いてることを不審に思ったのか、男子生徒が入ってきてしまった。生徒の目線の先には、馬場の首を少し圧迫するネクタイがある。


 自らの首に紐状のものを巻き付けてそれで首を締めようとする。そんなの、誰がどう見ても「自殺」と判断する。異変を感じた男子生徒はその行為を止めようと全力で馬場に駆け寄り、その手を掴んだ。


「やめろ。やめるんだ」

「先生こそやめるっスよ!」

「早く家に帰るんだ」

「嫌っスよ! 死のうとしてるのにほっとけるわけ、ないじゃないっスか!」


 生徒の手が馬場の手から無理やりネクタイを奪い取った。ネクタイを取り返そうと馬場が手を伸ばす。生徒が馬場に拳で応じる。いつしか二人は、ただの殴り合うようになっていた。


 互いの拳が互いの頬を体を殴る。二人は顔を真っ赤に腫らし、それでもなお体力の続く限り殴り合った。体力が尽きると体育館の床に寝転がって並び、顔を見合わせる。


「俺、先生に会ってから夢、見つけたんスよ。進学して、馬場先生みたいな教師になるって」

「やめとけ。教師は激務だぞ?」

「それでも俺は馬場先生みたいな、生徒のために何でもする先生になりたいっス。だから、俺が卒業するまでは生きててくださいよ、先生」


 男子生徒が傷だらけの酷い顔で笑う。その手が床に落ちていた遺書を破く。馬場は無言のまま泣くことしか出来なかった。

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