第27話 4.想われ人

 「さすがだな結城、うん、美味しいよ」

 政樹さんは僕の作った料理、特に鍋を絶賛した。


 鍋はだしを効かせ、出来るだけ牡蠣の味を楽しめるようにあっさりとした味付けにした。殻付きの牡蠣は、一つは軽く蒸し、もう一つは生のままレモンを絞って食べれれる様にした。二人には、辛めの白ワインを添えて。


 「懐かしいわ。よくあなたのお母さんと食べに行ったのを思い出すわ結城」

 「ああ、そうだな」

 政樹さんは、寂しくつぶやいた。


 「かあさんと?」

 「ええ、私たちがまだ、あの店「レーヌ・クロード 」で修行をしていたころね」


 「母さんもフランスに」


 「そうよ、知らなかったの。彼女、恵梨加と知り合ったのはフランスでよ」

 そうか、母さんもフランスに居たんだ。だから、普通にフランス語を話すことが出来ていたのか。でもなぜ、僕にはフランスにいたことを隠していたんだろう。僕はずっと母さんは日本から出たことが無い人だと思っていたのだから。


 「なあ、冨喜摩君のことなんだが」


 政樹さんはミリッツァの話を止めるかの様に冨喜摩葵の事を話し出した。その時ミリッツァは、少しためらいながらも話を止めた。


 「ミリッツァ、君も彼女の履歴書を見たと思うが、実際君はどう思っている」

 政樹さんは真剣な表情で、ミリッツァに問いかけた。

 「僕は、彼女の経歴を見る限り、問題はないと思うんだ。ただ、今までとは違い女性だということが、正直少し気掛かりなんだが」


 彼は腕を組み、椅子にもたれながらミリッツァの方を見て話していた。

 「あら、そんなこと気にしていたの。私も、あなたの下で一緒に修行をしていた女よ。それに修行に、男も女もないって言っていたの貴方よ。私は貴方だったら大丈夫だと思うわ。「レーヌ・クロード 」のオーナーが言っていたじゃない。「」その言葉通り、私たちも今があるんだと思うわ。あとはその人次第ね、そこでどう生きてその扉を閉めるかは」


 僕と恵美は、静かにその話を訊いていた。そして、政樹さんは

 「そうだな、君の言う通りだよ。解った、明日彼女に連絡してみよう」

 ミリッツァは微笑みながら、うなずいた。


 「ねぇお話終わった? お鍋の牡蠣残り少ないわよ」

 恵美が二人に向けて言うと、ミリッツァは鍋を見て

 「あら、エミーったら食いしん坊ね。あなた一人で食べちゃうき」

 「だって美味しんだもん」

 恵美は少し恥ずかしそうに、僕の方を見た。


 「結城ありがとう。今日はこんなにおいしい夕食ご馳走になって」

 「いえ、そんなこと」

 「エミーも少し、見習ってくれるといいだけどね」


 ミリッツァからそう言われ、恵美は少しむっとして

 「はいはい、どうせ私は料理の才能ないですよ。でもカレーくらいは作れるようになりたいなぁ。ねえ、ユーキ」

 「あら、結城に教えてもらうの?」

 そう言われると恵美は顔を赤くして、うつむいた。


 夕食を食べ終わり、僕は部屋で充電器においてあるスマホを見ると、戸鞠真純からメッセージが来ていたのに気づいた。

 「こんばんわ 明日本当に宜しくね。後ろから2両目の電車に乗って私が乗るの待っててね。それじゃよろしくぅ。追伸 乗り遅れたらだめだぞう」


 そんなに、心配なんだろうか。戸鞠真純は初デートのような気分でいるように思えた。僕にはそんな気はないのに。

 「わかったよ」

 そう彼女に返事をした。するとすぐに彼女からの返信が来た。


 「わーい。笹崎君から初メッセージが来たぁ。でも、あいかわらずそっけないのねぇ。それじゃ、明日よろしく。くどいかぁ、私も」

 その返信を見て、戸鞠が落ち葉を拾った時のことを思い出していた。

 

 次の日僕は、戸鞠真純が指定した時間の電車に乗った。後ろから2両目の車両に。

 この駅から学校を背にして電車に乗るは、久しぶりだった。この時間、通勤で使う人はもうほとんどいなく、車内は空いていた。僕は、いつもの様に出口付近のポールにのっかかり、スマホで音楽をイヤホンで聞きながら電車に揺られている。


 電車は、あの橋と共にある駅から3駅目に到着した。そう、僕が以前住んでいた町の駅だ。高校に入学してから、およそ数か月前まで僕はここから学校に通っていた。幼なじみの孝義と一緒に。


 懐かしい、ホームが僕の目に入る。何も変わらないその駅のホーム、僕のいた町そしてもう戻る事のない町。そんな想いを感じながら、電車はその駅を過ぎ去った。

 

 戸鞠の待つ駅に電車が着きドアが開くと、先頭に並んでいた彼女が飛び込むように僕の傍へとやってきた。

 「おはよう笹崎君」

 そう言うと、あとから並んでいた人たちがなだれ込んできた。僕と戸鞠はドアの方に押され、二人の間は隙間が無いくらいに近づいた。しかも彼女は私服だった。

 白のニットのセーターにブラウン色の薄手のコートを着ていた。電車が揺れるたび彼女の体が僕に触れる、そして彼女の口から出る息が僕のあごのあたりにほのかにあたる。


 「混んじゃったね」

 「そうだな。ちょっときついや」

 「ねぇ、次の駅で一回降りない。確かこっち側のドア開くはずだから」

 「ああ、その方がいいと思う」

 電車は次の駅に入る。戸鞠の言った通りこちら側にホームが広がっていた。ドアが開き僕と戸鞠は押し出されるように電車から出た。


 「ふう、ぎゅうぎゅうだったな」

 「あはは、これは誤算だったわ。でも良い誤算もあったからいいかぁ」

 「はぁ、なんだよ良い誤算って。それに戸鞠私服じゃん、教頭に制服って言われてたろ」


 彼女はえへへといいながら

 「大丈夫。帰りに家によって着替えていくから。笹崎君はほんと真面目ねぇ、ちゃんと制服だもんね」

 そう言って彼女は、最初の問いをはぐらかした。


 次の電車が来て僕らはその電車に乗り、目的地の渋谷にようやく着いた。

 渋谷に着くと戸鞠は、(目的の小物屋いわゆる雑貨屋だろう)すたすたと歩きだし、その目的としている雑貨屋へ歩きだした。


 「おい、ちょっと待ってくくれよ」

 「ねぇ笹崎君、時間ないよ。急がなきゃ」


 その雑貨屋は、思い描いていたものとは違い、ど派手なピンクの看板の店だった。

 な、なんなんだ、この店は? 確かに表の店構は雑貨屋の様には見えるが、店全体がピンク色をしている。しかも中までピンク一色に統一されていた。


 「ここよ。ようやく着いた」

 戸鞠はなんのためらいもなくその店に入った。そして髪の長い、細切れのメガネをした女性に声をかけた。


 「お姉さん。遅くなってごめん」


 その女性は、戸鞠の声に気が付き、振り返ると

 「あ、真純ちゃん。ようこそ、待っていたわ」

 そう言って、僕の方をまじまじと見つめた。


 「あれぇ、彼氏と同伴だったのぉ。それならそうと言ってくれればいいのにぃ」

 戸鞠はその言葉に少し反応したが

 「クラスメイトの笹崎君。私と森際の実行委委員なの」

 「そっかぁ。ま、いいや、それじゃ適当にそこらへん見ていて。あ、いらっしゃませ」

 彼女は来店したお客の方へ足早に向かった


 「お姉さん、私のいとこなの。小さいころから姉妹みたいにしてたから、お姉さんって呼んでるの」

 「ふうん、そうか。きれいな人だな」

 「あら、惚れちゃった。でも駄目よ、ちゃんとカッコイイ旦那さんがいるんだもん」


 「ばか、そんなんじゃないよ。そ、それより早く決めようよ」

 「ああ、図星! だんだんあなたの使い方、解ってきたわ」

 戸鞠は僕に背を向けながら、そう言って店の奥の方へ向かった。


 僕らは、あの殺風景な教室に飾り付ける小物を、店内くまなく探しまわった。予算の中に収める、これが第一条件だ。

 そして彼女は、ある置時計のところから動かなくなった。


 「どうした、戸鞠」

 「うん。この置時計いいなぁって。ねぇ、この時計バザーの目玉商品にしない」


 その置時計は、秒針を「カチカチ」と静かに刻み、時報を告げるとき小さなウサギの人形たちが、ゆっくりと両端にいる赤いベストを着たウサギの間を、回りながら現れる仕掛けのようだ。


 彼女は、針を指で動かし12時に合わせた。すると優しいオルゴールの音色と共に、あの小さなウサギたちが挨拶をしながらゆっくりと回っていた。両端にいる恋人たちのようなウサギの間を。


 「可愛いぃ。ねぇ、可愛いよぉ、どうしよう」

 「どうしよって、値段見てみろよ。3万だぜ、無理だよ」

 乙女の目をした彼女には、何を行っても無駄の様だった。


 「ううんこの子、私に買って言っているのぉ」


 「おいおい」

 戸鞠はその置時計を「この子」と言うくらい惚れこんでしまったようだ。どうすんだよ、まったく。

 恵美もそうなのかな。彼女を見ながらふと考えてしまった。


 「おう、さすが真純ちゃん。お目が高いわ」

 彼女は僕らの後ろから声をかけてきた。

 「お姉さん、この時計私に売ってくれない」

 「だから……」

 「違うの、私が買うの。それならいいでしょ。ね、だからお姉さん、安くして……お願い」


 戸鞠の悲痛にも似た声が彼女を動かしたのかどうかは解らないが

 「しょうがないなぁ。じゃぁ2万5千円でどうぉ。本当に破格値よ」


 「ええ、もう一声、お願い、お姉さん。お願い、本当にお願いします。一生のお願い、2万円で」

 「はぁ、2万円? 真純ちゃん、何度目の一生のお願いなの」

 彼女は、頭に手をやり軽くかきながら

 「ええい、わかったわ。真純ちゃんには敵わないわ。2万でいいわ、原価割れよ」


 「やったぁ。だからお姉さん大好き」

 「ま、しょうがないか。真純ちゃんにはいっぱい貸しもあることだし」

 「ははは。ありがとう」


 戸鞠は、まんべんの笑顔でその置時計を取り、レジへ持って行った。僕は、飾り付けの小物をいっぱい抱えながら。

 始め、学校で使う小物の会計をした。お金を予算の中から出し、領収書をもらった。そして戸鞠の置時計の会計に移った。


 「ごめんね。むり言っちゃって」戸鞠は財布からお金を取り出した。ためらいながら2万円を。

 彼女を見ると、もう後には引けないという表情で財布を握りしめていた。多分、所持金全部を出したんだろう。この後の事も考えずに。


 僕は黙って、戸鞠に1万円を手渡した。もちろん僕も沢山お金を持っていたわけだはない。残りは3千円ぽっきりだ。まあ、帰りの電車賃くらいは足りるだろう

 「え、いいの」

 「ああ、戸鞠それだしたら、もうないんだろ。あとで返してくれれば、それでいいよ」

 戸鞠は申し訳なさそうに、受け取った。


 「あ、ありがとう」

 「ふうぅん、君いいねぇ。気の読み方最高ね」


 戸鞠のいとこのお姉さんはその細メガネを、僕の方に向けて

 「真純ちゃんを助けてくれたお礼と言ってはなんだけど、二人分のランチ券あげるね。ファミレスで悪いけど」

 彼女は、奥の方からランチ券をピラピラさせながら持ってきた。


 「ふふふぅん、はいどうぞ」

 彼女はランチ券を僕に手渡した


 「あ、ありがとうございます……」

 「ま、二人で仲良くランチ食べて来てね」

 少し意味ありげに聞こえたその言葉に戸鞠は少し恥ずかしそうに

 「もう、お姉さんたら……」

 と、言いながらも内心まんざらでもない顔つきをしていた。


 「あ、それとその商品、私が明日学校まで届けてあげるわ。最も、今日持って行かなきゃいけないのなら別だけどね」

 「そんなぁお姉さん、悪いわよ。別に今日じゃなきゃいけない訳じゃないけど」

 戸鞠にしてはずいぶん遠慮がちな言葉だと思えた。


 いつもなら「本当に、ラッキー」とはしゃぎそうなものなんだが、何かいつもと違う戸鞠の印象が僕の中を過ぎ去った。


 「大丈夫よ。明日朝一番に学校の近くまで行く用事があるの。だからついでよ」

 「それなら頼んじゃおうかっなぁ」


 ふっと微笑む戸鞠の横顔を見た時、僕は何か胸の中が熱くなるのを感じた。

 それがなんだか今の僕には解らなかった。


 そしてこの事がこれからの僕に架せられた試練であることも……。

 

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