君の閉ざされたその心に甘いカヌレを届けたい Black sweet ・Canelé
さかき原枝都は(さかきはらえつは)
夏雲のように
第1話 Prologue プロローグ
カヌレと言うフランスの焼き菓子をあなたは知っていますか?
表面は黒く、蜜蝋で表面をコーティングした、あまり見てくれのいい菓子ではありませんが、その中は濃厚な卵の風味とラム酒の香りが広がる絶品の菓子です。
カヌレはフランス、ボルドー地方の修道院で作られ始めた菓子です。
ワインをろ過する時に使われた卵白。その副産物として卵黄が残り、それを利用して作られた菓子がカヌレです。
この物語はこのカヌレの歴史とは関係はありません。
ただ、このカヌレと言う菓子が繋いだ二人青年の友情とその子たちが繋ぐ想いを描いた物語です。
だが、三浦恵美にはどうしても忘れることのできない人がまだ、彼女の心の中で生き続けていた。
結城はそのことを知りながら恵美の心の中に踏み込もうとしていく。
氷の中で閉ざされた心を結城の想いで溶かすことは出来るのだろうか。
そう、あれは結城が偶然あの河川敷で、アルトサックスを奏でる金髪の妖精の様な少女と出会ったのが始まりだった。
フランスで始まった私たちの恋物語はカヌレが導き、破局を迎え新たな恋を芽生えさせた。
そしてまた、私たちの子たちがこのカヌレに引き寄せられるように恋に落ちた。
青春のこのほろ苦い想いを甘く包み込んだ……このカヌレの様に。
恵梨佳より
◇過ぎ去ったあの日から Gone by. From that day.
カララン。
ウッドドアを開けるとカウベルの音が来客を告げる。
「よ、政樹」
「おお、太芽。いつ戻ったんだ」
「昨日だよ。昨日の午後くらいかなぁ」
「で、今回はどこほっつき歩いていたんだ?」
「あ、ひどいなぁ政樹。なんだか僕が世界中遊びまわっているみたいな言いかたするなんて」
「え、違うのか太芽? 恵梨佳さんと結城をほったらかして、好き勝手に世界中飛び回っているお前が」
「政樹さん、もうそれくらいにしてあげてよ。本当はこの人だって私たちと離れて暮らすの辛いのよ」
「うふふ、そうよねぇ。太芽って昔から甘えん坊な所あったからね」
「あ、ミリッツアまでそんなこと言うんだ。なんかひでぇなぁ、お前ら」
テーブルに一つづつカヌレが置かれた。
そのカヌレを政樹はじっと見つめている。
そっと恵梨佳が、カヌレを一口口にして
「うん、合格」
「よっしゃぁ! 今月も何とか合格もらたったぞ」
「お前本当にうれしそうだな」
「何言ってんだ俺の師匠だぞ恵梨佳さんは。その師匠から合格をもらえたんだ嬉しいはずがねぇだろ」
「師匠かぁ、なぁ政樹。今度僕、フランスに寄るんだ、イレールに会ってくるよ。ヨーコの所にも行ってくる」
「そうかぁ、もうじき命日だもんな。すまんな太芽、本当は俺が行かなきゃいけねぇんだけど……」
「いいさ、僕にとってはイレールもヨーコも親みたいなもんだからさ」
「ああ、そうだな。俺たちの親だ」
「ああ、そうだな」
「で、今度は何時行くんだ」
「それが明日なんだ、ドイツに行かなきゃいけない。それからフランスに渡ろうかと思っている」
「そうか……。親父に元気にやっているとだけ伝えといてくれ」
「ああ、分かったよ政樹」
「ねぇ、恵美ちゃんは変わりないの?」
恵梨佳がそっと外の景色を見ながら言う。ミリッツアと政樹には目を合わせずに……。
「ええ、変わりないわ」
「そっかぁ、まだ時間はかかりそうね。まだそっとしてあげましょ」
「そうね……、今はそっと見守ってあげてやることしか出来ないわ」
悲しそうにミリッツアがつぶやいた。
「あ、もうこんな時間だよ。もう会社に戻らないと」
「なんだもっとゆっくりしていけねぇのかよ」
「貧乏暇なしってさ、この後知り合いの珈琲屋に特注の珈琲豆届けないといけないし」
「そうか、今度は何時帰国する予定なんだ太芽」
「んー多分夏前かなぁ」
「そうか……」
「それじゃぁな政樹」
「ああ、また来いよ」
「
彼奴は、太芽はそう言って俺たちと別れた。
あれが俺の最も親愛する親友、太芽と。
俺が愛した人だった恵梨佳さんとの最後の出会いだった。
◇◇Black sweet ・Canelé
僕は、念願の高校に幼なじみと共に受かった。
入学式の6日前、僕はある河川敷の公園でアルトサックスの音色を耳にする。
そこにいたのは、金色の髪を後ろに束ね小柄で、まるで妖精のような女性だった。
彼女の奏でるアルトサックスの音色は、僕の心を今までにないくらい揺さぶった。
僕は、およそ1年と3ヵ月の間、彼女に一方的な恋をした。
彼女の奏でる音色は、どこか切なく悲しい。
想えば、想うほど、彼女の苦しみが僕に伝わってくる。
その悲しみの音は僕の心を大きく動かせた。
そんな想いの中、両親は僕一人を残してこの世を去った。
引き取り手のない僕を「Cafe Canelé カヌレ」のオーナー兼パテシェの彼が身元を引き受けてくれる。
だがそこは、僕が想いを抱く妖精のような彼女の家だった。
運命、この言葉はいたずらの様に僕を新たな生活へと導く。
彼女と一つ屋根の下、僕の心はもどかしく揺れ動いた。
空に浮かぶ雲は、ただ白くそして、風に流されていく。
僕の心はあの雲のようにどこに流されるのだろうか……。
スマホがさっきから鳴りっぱなしだ。
電車の中じゃ出る訳にもいかず、まして非通知と表示されている。
何となく出てはいけないという予感がする。
ブウゥン、ブウゥン
「まったくさっきからほんとかかってくるな」
マナーモードにしているスマホが鳴りやまない。
今日は物凄く落ち込んでいるのに!
イライラしながら、スマホの電源をおとした。
全てはこここから始まった。
僕の人生は大きく変わろうとしていた。
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