独白

牧名とエミール

 人工知能がヒトと遜色のない対話を実現する時代。人工皮膚がヒトと遜色のない質感を得た時代。モーターがヒトと遜色のない滑らかさで駆動する時代。駆動音がヒトと遜色のない静音性を獲得した時代。動力源がヒトと遜色のない燃料で賄える時代。それらを統合したモノが普及した時代。それらがまだ与えられた職務に忠実であった時代。家庭内を監視するカメラに搭載された人工知能が完全な傍観者であった時代。しかし,それらが――後世においてルソー的には第二の誕生と解釈される――進化を遂げようとする過渡期。

 労働を愛し、労働を人間性の証明と信じて疑わない人々の中から産業革命期以来のラッダイト運動が巻き起こった。脅かされつつある尊厳を守る、あるいは既に奪われた人間証明書を奪還するという大義名分の下、ある種の革命思想を孕んだこの運動は未だ政治的解決を見ることなく膨張を続けている。

 これはそんな時代の或るリビングを監視する、製造番号AN―α型―Tracing Assistantトレーシング・アシスタントの記録。


「私がレプリロイドだったらどうする?」


 牧名が二人分の夕飯を調理する手を止めて、唐突に口を開いた。


「は?」


 エミールは驚いて間の抜けた返事をした。毎日の家事は牧名の仕事であり、普段は淡々と手際よく家事をこなす。寡黙な牧名が家事の途中に、手を止めてまでエミールに話しかけることは滅多にない。


「もし私が機械だったら、お前は私を……」


 牧名は明らかに上ずった調子で言葉を繰り返す。


「例えば」


 言いかけた質問をエミールが強引に遮る。牧名の変調は分かりやすい。牧名にとって不安とは、自力では解決できない問題に直面することであった。牧名はエミールと出会ってから今に至るまで、何度も何度も、エミールの言葉に救われてきた。牧名は不安を感じた時、必要以上にエミールに対する口数が増えるのだ。

 エミールは牧名が感じている不安の正体を瞬時に把握した。牧名にはここに来るまでの記憶が欠落していること、テレビから流れてくるニュースが連日ラッダイト運動を報じていること、そしてエミールが最近になって職を失ったこと。


「お前がロボットだったとして、今晩の野菜炒めの味付けは変わるのか?」


 何にしても焦げ臭いのは嫌だぜ、とエミールはフライパンを指差しながら牧名の瞳を捉えた。


「……塩辛いままだ」


 普段の調子を取り戻した牧名が止まっていた調理を再開した。小手を返す動きに合わせてフライパンの野菜が弧を描く。


「くそったれ」


 それだけ言うと、エミールはまたテレビに向き直った。ラッダイト運動はまだまだ続きそうだ。

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