こーがいちほー観察日記 五月編
M.A.F.
その1 Peaches en Regalia
キョウシュウエリアにヒトのフレンズが生まれて旅をしてから、かなりの年月が流れた頃、ある五月の朝です。
フレンズ達がヒトのフレンズを海へと見送った港や遊園地のすぐそばに、ささやかな街ができています。大通りを中心とした、緑豊かで落ち着いた街です。建物の多くは木や煉瓦や土壁で出来ているように見えます。
フレンズが作ったのでしょうか。
いいえ、フレンズ達は今でも自分達の力だけでは、お土産屋さんや、観光ホテルや、料理のお店や、管理事務所を作ることはできません。
大通りにはヒトの姿があります。
ヒトのフレンズではありません。少女だけではなく、大人の女性や老若の男性もいて、多くは家族で、また恋人同士で、通りの先にあるバスのターミナルに向かいます。
皆、今日はどんな動物やフレンズに会えるのだろうと、期待に目を輝かせています。
ターミナルでは制服を着た職員が、各ちほーへの乗り場を案内しています。ラッキービースト達もガイドと一緒にバスに乗り込みます。
キョウシュウは再び、ヒトとフレンズが力を合わせて作り上げる巨大動物園に戻ったのです。
そして、街にいるのは決してヒトだけではありません。
ホテルから一組の家族が出てくるなり、男の子が向かいの建物の上を指差して叫びました。
「あんなところにもフレンズがいるよ!あのお姉さん、フレンズだよね!?」
「あっ、本当だねえ」
「鳥のフレンズさんかな?」
大きなお土産屋さんの屋根に腰掛けているのは、深い紺色の、細長く尖った羽をした鳥のフレンズでした。
お読みの皆さんもきっと、彼女を見つけた男の子と同じように、元の鳥をお住まいの街の空に見かけたことがあるでしょう。このフレンズは、ツバメのフレンズです。
@ツバメ
Hirundo rustica
Barn swallow
脊索動物門 鳥綱 スズメ目 ツバメ科 ツバメ属
保全状況 LC
ツバメのフレンズは、一見、ヒトの若い学生のような姿に見えます。
髪は羽と同じ濃紺で、長く背中まで届きます。額の上だけは赤い色です。プリーツの付いたスカートとその上から生えた二股の尾羽も濃紺です。
白い半袖のブラウスを着て、赤いスカーフを襟に巻いています。そして、足には赤いソールの上履きを履いています。
ツバメは、このお土産屋さんの屋根に住み着いているのです。ヒトの出入りの多いこの建物は、彼女にとってはかえって落ち着くねぐらになるのでした。
このように、ヒトが利用しようと思って作った街でありながら、その中や周りにねぐらを定めたフレンズも多く現れています。
その面々や、街のあたりの気候は、不思議と日本の南関東から中部にかけての郊外によく似ています。
そのため、街とその周りはひとつのちほーとして、こんな風に呼ばれます。「こーがいちほー」と。
「あっ、あっちからも来た!」
さっきの男の子が通りのターミナル側を指差し、ツバメもそちらに目を向けました。
四人の鳥のフレンズが、群をなして真っ直ぐ飛んできたのです。彼女達も学生服によく似た服装ですが、それぞれ違った色形で、さしずめ別々の学校に通っているかのようです。
鳥のフレンズ達はツバメのほうに近付いてきます。
「ツバメーっ、おっはよー!」
先頭の一人が高く澄んだ声で叫びました。黒い髪とネクタイに、若草色のブレザー。空色の羽とスカート、灰色のスニーカー。シジュウカラです。
@シジュウカラ
Parus minor
Japanese Tit
脊索動物門 鳥綱 スズメ目 シジュウカラ科 シジュウカラ属
保全状況 LC
「ツバメちゃん、おはよう!」
よく通る声はムクドリです。濃い黄色の前髪に白い額の髪が続き、長めの後ろ髪は濃い灰色。羽とブレザーとスカートは飴色で、オレンジのローファーを履いています。
@ムクドリ
Sturnus cineraceus
White-cheeked starling
脊索動物門 鳥綱 スズメ目 ムクドリ科 ムクドリ属
保全状況 LC
「おはよー!おはよー!おはよーっ!」
スズメが畳みかけてきました。茶色の髪にすだれ模様の羽、スカートも同じ模様。セーラー服には黒い襟と黒いリボンで、ピンクのスニーカーが目立ちます。
@スズメ
Passer montanus
Eurasian tree sparrow
脊索動物門 鳥綱 スズメ目 スズメ科 スズメ属
保全状況 LC
「おはようございまあーす」
最後に、メジロが控えめながら高く可愛らしい声を発しました。三つ編みの髪、羽、ベストも明るい黄緑色で、銀縁の丸眼鏡をかけて、青灰色のスカートを穿いています。
@メジロ
Zosterops japonicus
Japanese white-eye
脊索動物門 鳥綱 スズメ目 メジロ科 メジロ属
保全状況 LC
「おはよう」
同じ屋根に降り立った四人に、ツバメが静かに応えました。
「サクラだけじゃなくてツツジも終わりですねえ……」
メジロは座り込むと、街路の植え込みを見下ろしてしょんぼりと言いました。
「この時期にサクラはちょっと遅いよ~」
「公園の花壇でチューリップがまだ咲いてるわよ?」
シジュウカラとムクドリが花の話題に乗ってきました。
「あ、チューリップはいいです」
「は?……あ、公園って言えばユリノキが咲いてるよ」
「ユリノキ、ユリノキ!いいですねえ!」
ムクドリもシジュウカラも頷いていますが、スズメは感づいていました。
「畑でサクランボが熟してる」
「サクランボ!最高です!」
「花のことも蜜が吸いたかっただけでしょ!?」
スズメがそう指摘するとムクドリやシジュウカラが笑い出しました。
しかし、ツバメにはいまひとつ面白みが分かっていませんでした。甘いものをほとんど口にしないツバメには、皆ほど花の蜜や果物のことが分からないのです。
「いいじゃないですか、花より蜜が好きでも!」
メジロは立ち上がってふんぞり返りました。
そして大きく息を吸い込むと、こんな歌を歌い始めました。
春といえば花 花といえば蜜
花より 団子より 花の蜜
「わあ、さすが上手ね」
「あははははっ、なにそれ最高!」
ムクドリは拍手していますが、シジュウカラはますます笑い転げていました。
「正直でよろしい!実は私もそのとおり!」
スズメも立ち上がる勢いのまま浮かび上がり、さっきの花の蜜の歌をメジロと一緒に歌い出しました。
一番笑っていたはずのシジュウカラまでこれに加わり、お土産屋さんの屋根はとても賑やかになってしまいました。
やはり皆小鳥のフレンズですから、歌は大の得意です。朝の澄んだ空気に美声が響き、通りを歩くヒトまでしばし聞きほれました。
その一方で、同じ小鳥のはずのツバメは黙って小さくなっていました。
そんなツバメにムクドリはこんなことを言い出しました。
「ねえ、ツバメちゃんの歌って、私聞いたことがないと思うんだけど」
するとシジュウカラもこれにつられてきました。
「私も!ツバメの歌聞いてみたーい!」
メジロとスズメまで、自分達の歌を止めてツバメを期待の眼差しで見つめています。
これではとても歌わずに済ませることはできません。ツバメはあきらめて立ち上がり、自分の歌を歌い出しました。
虫を噛み 泥を舐め
渋味ばかり 味わってきました
爽やかな春の朝にとても似つかわしくない歌詞と声音でした。皆ぽかんと口を開けています。
「ごめん」
ツバメは、結局歌ったことを後悔していました。
「私、よく覚えてはいないんだけど、元の動物だった頃の暮らしがつらかったみたいで……」
「い、いいのよ。気にしないで」
「私もごめんね。ツバメは歌があんまり好きじゃなかったんだね」
誘ったムクドリやシジュウカラのほうが申し訳なく思ってしまったようです。
「ツバメさん、苦労してたんですね……。フレンズになれて、よかったですね!」
メジロにそう言われて、ツバメはどきりとしました。
「メジロは甘いものが一年中食べれるようになったからでしょ」
「もちろんです。スズメさんも大っぴらにお米が食べれるようになったでしょう?」
「まあね。むしろ田んぼを手伝ってるからね」
スズメはお米の歌を歌い始めながら舞い飛びました。
この二人も、ムクドリやシジュウカラも、明らかにフレンズとしての生き甲斐を見つけています。
ではツバメはどうでしょうか。フレンズになって、他の小鳥のフレンズと過ごすことが、元の動物の暮らしより楽しいのでしょうか。
ツバメは屋根の下を見下ろしました。
フレンズになっていない小鳥のツバメが、せわしなく飛び交っています。彼らの暮らしは今のツバメと違って苦しいのでしょうか。
動物だった頃の記憶がうっすらとしているツバメには、よく分かりませんでした。
そのときです。
「私もフレンズになれてよかったと思ってるぞ!」
頭上から何者かが大声を出したので、皆一斉に見上げました。
「ツバメ、お前に勝負が挑めるからな!」
真っ直ぐ直立して脇をしめた影が降りてきます。
「オオシオカラトンボ!」
「いつの間に?」
こーがいちほーに現れるようになったフレンズは、鳥だけではありません。人里には鳥だけではなく、虫も暮らしているのですから。
深い空色の飛行服に、黒いロングブーツ。同じく黒いロンググローブには四角錐の鋲がずらりと並んでいます。
長いマフラーを二本も巻いていて、首元は濃紺なのですが、余らせた部分のほとんどは透けた編み目になっています。それらは垂れ下がったりせず、ぴんと伸びて左右に広がっています。
何より変わっているのは、紺色のベリーショートヘアを覆うゴーグルです。正面向きの一つだけではなく、真上や左右、真後ろを向いたものまで、五つも着けているのです。
@オオシオカラトンボ
Orthetrum melania
Greater Blue Skimmer
節足動物門 昆虫綱 蜻蛉目 トンボ科 シオカラトンボ属
保全状況 LC
「今年も私とレースをしてもらうぞ、ツバメ!」
オオシオカラトンボはツバメに指を突きつけますが、間にムクドリとメジロが立ちはだかりました。
「何を言ってるの!?もう勝負は着いてるじゃない」
「去年も一昨年もオオシオカラトンボさんの勝ちでしたよ?」
シジュウカラとスズメはオオシオカラトンボに食ってかかります。
「勝つって分かっててまたやる気!?」
「そんなの何が楽しいんだよ!」
しかし、自分をかばう皆のことをツバメは見ませんでした。
ただ皆の言葉が自分の気持ちと違うような気がしながら、オオシオカラトンボのことを見つめているだけでした。
同じようにツバメだけを見つめていたオオシオカラトンボが、急に声を張り上げました。
「いいや、ツバメがいつまでも遅いままのはずがない!」
四人はすっかり気圧され、呆気に取られてしまいました。
「何言ってんの……?」
シジュウカラはようやくこう絞り出せました。
暖かい季節にはいつもツバメと同じ群れでいる自分達を差し置いて、なぜオオシオカラトンボがツバメのことをこんな風に言い切れるのか、四人には全く分かりませんでした。
「返事は待ってやるぞ、ツバメ」
オオシオカラトンボはそう告げると、少しだけ浮かび上がりました。
そして両脚を揃えたまま体全体を水平に倒すと、瞬く間に公園の向こうの林に飛び去っていったのです。
四人は皆、一瞬だってあんな速さは出せないと思いました。
「あんなのに二回もいい勝負したんだから、ツバメも充分すごいよね……」
スズメがつぶやき、ムクドリもうなずきました。
シジュウカラとメジロはツバメに寄り添って声をかけます。
「ねえ、オオシオカラトンボには私から断っておくからね」
シジュウカラはそう申し出たのですが、ツバメはとっさに首を横に振りました。
もし断るにしても自分で言わなければいけないと思えたのです。
シジュウカラが不意を突かれてわずかに戸惑っているうちに、今度はスズメが叫びだしました。
「ああーっ!あいつが来るってことはーっ!っていうかユリノキが咲いてるってことはーっ!」
「どうしたの、スズメ!?」
スズメはすっかり慌てた様子でした。
「田植え、田植えの季節だ!今日この後田植えしなきゃ!みんな手伝ってくんない!?」
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