第12話 家族

 美香たちが三人人質をとった状態で、花がもう一人、仲間を連れてきた。

 まだ茂みに隠れている者が二人いるようだが、今のところ攻撃してくる気配はない。

 厳しい顔でこちらを睨みつける男を、花がきつく手を握って抑えている。


「言葉、分かる魔法かけてほしい。パパなの」


「グルルッ」


「花、魔道具を使うので、手を出すように言ってください」


 ダダに言われて、花が通訳する。苦々し気に顔をしかめながら手を出す男に、ダダが念話の魔道具を使った。小石の様な魔道具はその手に吸い込まれてホクロのように固定される。


「花……本当に大丈夫なのか、こんな魔物たちを信じて……」


「パパ、ガットたち、魔物じゃない。人なの」


 そして、長い長い話し合いが始まった。




 花たちの一族、仮に熊族としておこう。熊族はこの山に掘られた洞窟で全員暮らしている。

 洞窟は広く、中には200人以上が住んでいる。彼らもかつては平地で覇権を争ったのだが、戦いに敗れて山へと隠れ住んだ。もうそんな記憶も記録も残っていない昔の事だ。

 平地には恐ろしい魔物が住む。決して山を下りてはならない。そんな言い伝えを律儀に守って暮らしてきた彼ら。

 氷雪系の魔法が得意で、雪に対して親和性があるので、稀に能力を制御できない子供が平地へと迷い込むこともあった。それが平地では魔物、雪男として恐れられていた。恐怖は人の足を遠ざける。それはまた洞窟の村の守りに一役買う事にもなっていた。


「けれど、これからは今まで通りに隠れ住むのは難しいと思うわ」


「お前たちさえ黙っていてくれれば……」


「できるだけ隠してはいたけれど、花の事は何人にも見られてるから。そして秘密がどこからともなく漏れるのを待つよりは、早いうちに有利な条件で交渉する方が良いと思うの」


 美香たちがこのまま内緒にしておいたとしても、また誰かこの場所に雪男を探しに来る。それがいつかは分からないけれど。

 互いに魔物と思っている、その誤解を早く解いて、正しい形で交流出来ればいい。それが美香の想いだった。


「言葉が通じる……姿かたちが違うとはいえ、同じように考えて、食べて、生活している。そのことをすぐに理解しろと言われても難しい。だが……春の黄色い花を保護してくれて、ありがとう。本当にありがとうございます」


「いえ、すぐに連れてこれたら良かったのだけど、雪山は私たちには危険すぎるので。ごめんなさいね」


「こちらこそ、花が魔物に連れ去られたのだと思い攻撃して……すまなかった」


 現状を話し合い、気絶している人を治癒魔法で治療し、隠れている人達も呼んで、また話し合いが続けられた。

 美香も、自分たちが一介の冒険者にすぎず、今回は非公式の訪問である事、今後は冒険者ギルドを通して国へと報告が行き、国の代表と交渉することになるだろうと伝えた。

 彼らが今後どういう形で、平地世界と交流することになるのか、まだまだ形は見えない。引きこもって暮らしていた彼らには、難しい問題も多く持ち上がるだろう。けれど……


「微力ではあるが、俺たちはできるだけ、あなた方の力になりたい」


 ガットが花を見ながら、力強く言った。美香も、ダダも、ズーラも頷く。

 短い期間だったが、確かに家族だったのだから。




 サリチル国は多種多様な種族を抱え込んで上手に運営している国だ。美香も鳥族、コボルト族、リザードマンそしてオーガという異種族ばかりの組み合わせでチームを作っている。熊族との交渉にも、さほど不当なことはしないだろう。

 だが、それでも一応念のため、熊族の住処の洞窟の場所は美香たちも知らないまま内緒にし、最初の話し合いは麓の村へと使者を送ることにした。

 麓の村の場所は熊族の大人たちは分かっている。その時がくれば美香たちも出来る限り力になるからと約束し、連絡が取れるよう、トランシーバーのような魔道具を渡した。


「花、元気でね。これ、良かったら持っていって。もう小さくなってすぐに使えなくなると思うけど……」


「うん。ありがと。ガット、ズーラ、ダダ、美香も」


 美香が用意した花の服は、あっという間にピチピチになっていた。次に会う時にはもっとずっと大きくなっているだろう。その時に、花がその可愛い耳を隠さないで済むように、交渉事、頑張ってみるわ!

 そんな決心をしつつ、美香たちは山を下りたのだった。


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