第8話 地図

 スプレーボトルに入った不気味な緑色の液体。その名はモススプレー。

 ズーラはそれを、容赦なく全員に振りかけた。

 見た目の気持ち悪さに反して、液体は皮膚や服についてもシミにはならず、すっと乾いて色も消えた。そして何となく青臭い匂いがする。例えるならばカメムシの……。


「これはリーフモスの幼虫の臭線から取り出した臭いを合成したものなの。吸血葛はこの匂いが苦手らしくて、襲ってこないのよ」


「……ちょっと臭いわ」


「我慢よ、美香。吸血葛はそのままだとかなり危険なのよ!」


 確かに。美香も一度襲われて怖い思いをしたのだ。そしてもう振りかけられた臭いは仕方がない。

 静かで木漏れ日が美しい森は少し足元が歩きにくかったが、吸血葛は襲ってくることもなく、そのまま問題なく通り抜ける事ができた。モススプレーの効果は一日続くので、たとえここから先の道に吸血葛が現れても大丈夫だ。

 そう。モススプレーの効果は続くのだから。



 森を抜けると、程なく小さな村がある。これが、時々雪男に襲われるという山奥の村だ。

 今年は何度も雪男が村の近くまで現れて、村人たちはビクビクと冬を過ごしたようだ。


「花を探していたのかもしれないわね」


 この村では過去に何度も雪男を発見したり、何度かは山から降りて来た雪男に家を壊されたことがある。なので、今日はここで聞き込み調査を行い、雪男がよく見られる方角を確認してから、いよいよ山へと分け入るのだ。


 冒険者ギルドから連絡されていたらしく、村の入り口に迎えが来ていた。


「よう来たのう。雪男の調査っちゅうことじゃけえ、村の皆に話は聞いとるけん」


 可愛らしい顔を日焼けで真っ赤にして、ガハハと豪快に笑いながら、鳥族の青年が休憩所に案内してくれた。この村は奥山の入り口にある最後の村なので、迷い込んだ旅人が休めるようにと村で管理している休憩所がある。そこで食事をとったり寝ることもできるのだ。入り口には募金箱があり、使用者は幾らかの使用料を入れるのが習わしだと聞いた。

「寄付なので金額に指定はないんだけど、案外こういう募金箱には適正な金額を入れる人が多いらしいわよ」

 そう言いながら、ズーラがみんなから10Gずつお金を集めて、募金箱に放り込んだ。


 休憩所には先ほどの鳥族の青年の他にもう1人、コボルト族の男がいた。聞けば過去に3回も、雪男を見かけたことがあるらしい。

 雑に書かれた地図を見せながら、説明してくれた。


「ワシが見たのは、ココと、ココとココの印じゃあ。遠くから見ただけじゃが、こっちの山の上から降りてきたのう」


 地図にはこの村から少し先にある山小屋と、雪男が目撃された場所がいくつも書きこまれている。コボルトの男に聞いて、おおよその方角も分かった。それはこの辺りで一番高いクリカナ山の方だ。


「今日はこの先の山小屋で宿泊するつもりでしたが、クリカナ山まで行くなら、今日中にもう少し先まで進んだほうが良さそうですね」


「じゃったら、山小屋のほうじゃなしに、この道を行くと、あー、ココ。この辺りに洞窟があるけえ。そこで野宿したらええ」


 鳥族とコボルトの二人の村人が、地図を指しながら、ああでもないこうでもないと道を考えてくれて、コースと目印を書きこんでくれたので、それを頼りに進むことにした。


「空から見りゃあ、道に迷うことも無いけえのお」


 なるほど。鳥族の男が言う通り、ダダが上空から道を確認できるので、美香たちは道に迷うことが少ない。

 上空から見た時の場所のヒントなども書き加えながら、地図を仕上げていった。



 休憩を兼ねた情報収取を終えて、村人に礼を言い、少しばかりのお礼金と美香が持ってきた柿ピーを一袋プレゼントしてから、山の洞窟を目指して出発した。

 山道は獣道程度で険しかったが、途中少し開けた草原があり、そこで昼食をとる事ができた。

 依頼でもあるが、美香にとっては帰る時間を気にしなくてもいい、楽しいピクニックだ。

 リュックからお弁当を取り出しながら、しかし残念そうに小さく呟いた。


「臭くなければもっと楽しいのに……」


 モススプレーの威力、未だ衰えず。

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