第2話 農作業を偽装しよう
小学生の登校時間は早い。
いや、学校の規則では
「8時15分までに登校すること」
になっている。
つまり……という事は、小学生にとって8時15分までは自由時間だ。
最初の頃は朝起きれずに8時に家を出ていた。やがて友達ができて、始業前に遊ぶようになると5分ずつ登校時間が早まる。ついに6時55分に学校に着くようになったころ、学校側から通達があった。
「登校は7時半から8時15分までの間にしてください」
……先生方も大変だ。
と言う訳で毎朝、良平と浩平は朝7時15分には学校に向かう。
久しぶりに平日に休みをとった夫は、昨日荷造りしたリュックを背負って準備万端。
殺虫剤を持たせて、武器になりそうなものを探したが、ちょうど良さそうなものがなかったので海釣り用の網を持たせた。コンパクトに折りたためて伸ばせば2メートル以上。しっかりした作りの柄で、網も丈夫だ。
……魔物に通用するかまでは分からないが。
美香の武器は当然、殺虫剤とスコップである。
リュックを担いで学校の近くのドーアまで行く。
リュックにスコップ、異様な姿ではあるが心配ない。この砂利道の先には市民農園があって、鍬や鎌を持った人が時々歩いているので。
もちろんカムフラージュに、首にタオルをかけるのは忘れない。
フェンスの前で人がいないのを確認してから、素早く鍵を差し込んでまわす。後ろで夫が息をのんだ。
「あ、ねえ、ママ、ダメだよ。他所の駐車場開けちゃったら、怒られるよ?あ……」
何か言いかけていた夫のセリフが止まった。
フェンスの扉の向こうにはなぜか、駐車場とは全く違う薄暗い洞窟。
驚いて動きが止まっている夫を引っ張り込んで、バタンと扉を閉めた。
その扉はもちろん、フェンスではなく茶色い木でできた普通の扉だった。付いているのは洞窟の岩壁。
「みみみ美香ちゃん!何っ此処?どどどどうしてこんな場所に来ちゃうの?」
「そういう鍵なのよ。さ、ちょっとこの洞窟の周りを調べたかったの。行きましょ」
スコップを肩に担いで、ずんずん前を歩く美香。慌てて網を組立てて、美香の後ろを追いかける夫。
「ねえねえ、ママ?なんだか最近、随分逞しくなってないかな?」
「……そうかしら?」
ゆっくり振り向いて、にっこり笑う美香に、夫は口をつぐんだ。
洞窟の出口は、そのまま崖沿いに歩けるくらいの幅の出っ張りが、左右に道のようについている。
その先は深い滝壺になっていて、滝は今凍っているので、カーテンのようにつららが下がって水滴がポタポタと滝壺に落ちているだけだ。
滝壺は左に川となって流れ出しているので、右の道から滝壺の向こう側に渡れるだろう。
「パパ、気をつけてね」
「大丈夫だけど……」
幅50センチほどの道はデコボコも少なく、歩きやすい。ここにドーアがある事からしても、作られた道なのだろう。問題なく歩いて滝壺の向こう側に渡る事ができた。
無事かと振り返ると、意外と危なげなく歩いている夫。そしてその背後に、真っ白に凍った滝が空高く、そびえ立っていた。
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