第9話 家と秘密基地

 花がアシドに問題なく入れるように、今から美香が連れて行くことになった。そこで美香がリュックを下した。今日家から持ってきたのは、殺虫剤、スコップ、そして子どもたちが小さいころに着せていた、思い出の服だ。

 花の身長は50センチほどしかなく、大きさは新生児並みだが体つきがしっかりしているので、幼児の頃のものの方がピッタリだろう。


 男の子が二人できれいに残っている服は少ないが、思い出もあって引き出し一杯分くらいのいろんなサイズの服が仕舞ってある。

 その中から、数枚のTシャツとパーカーなどの上着、頂き物の可愛いポンチョなどを詰め込んできた。足を隠すのに、ズボンもある。

 こちらの世界にはズボンはほとんど見られないので、仕上がりはかなりオーガ風になったと言えよう。


 今まで来ていた生成りのワンピースもどきに比べて苦戦しながらの着替えだったが、手触りは気に入ったようだ。


「柔らかい……」


「なかなか似合うぞ」


 着替えた花を見てギルド長が目を細めている。

 手伝ったズーラも、

「こういう楽な服も、子どもにはいいよねー」

 と言いながら、花を抱きしめた。


 ぶかぶかのTシャツとズボン、パーカーはフードまで被って、すっかり幼稚園児みたいになった花を抱っこして、アシドに向かってドーアをくぐり抜けた。



 アシドのドーアの見張りには、ギルド長から花が美香の子どもであること、社会見学のためにしばらくアシドに滞在することを伝えた。


「さすがにオーガの子だけあって少しは戦えるので、特例だがギルドに登録するつもりだ。次からはギルドカードを通行許可証にしてくれ」


 見張りの人はもう、ここ最近の美香たちのドーアを使った激しい往来に慣れ過ぎていたので、疑問に思う事もなく受け入れた。


 アシドの町に入り、美香の家まで行ったが、なぜかそのままギルド長もついて来る。


「ほう、なかなかいい部屋に仕上がってるな。だが、花が暮らすには少し家具も食器も足りんだろう。少し待ってろよ」


 部屋に入ってしばらくあちこち不躾に見てから、そのまますっ飛んで行った。


「あれって孫が可愛いおじいちゃんですか……」


 ポツンと漏らしたダダの一言が、言いえて妙だった。

 しばらくは任せるからと、美香が持っているこの家の鍵をズーラに。

 そしてしゃがんで花の手を握りながら、話し掛けた。


「ごめんね、私、そんなにちょくちょくは来れないけど、なるべく顔を見に来るから」


「うん。わかった」


「服ももっと持ってくるから」


「ん。ありがとう」





 後を託して、美香はそのまま一人で帰ることに。

 異世界のクリーム色の空は、夕方になって少しオレンジがかった神秘的な色合いを見せている。

 アシドのドーアで見張りの人に挨拶して、今度はスミレ色の鍵を、場所を意識せずに使ってみた。


 ドアの向こうに見えた景色は異世界のものだったが、今まで見たことがない場所。

 周りはごつごつの岩壁で、扉を通り抜けて振り返れば第4倉庫と同じように、なぜか壁にドアがポツンとある。

 しかし第4倉庫と違い自然な明るさだ。奥にある扉のあたりは暗く、出口の方は白っぽくキラキラと輝いている。


 明るい方に歩いていくと少し湾曲した洞窟の先に、つららのカーテンが見えた。

 つららのカーテンはキラキラと光を反射して、洞窟を見えにくくしている。

 外に出て見上げると……


「滝の裏側……」


 美香のつぶやきは、足元をザアザアと音をたてて流れる川にかき消された。

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