第8話 オーガの子

 這うように向こうの世界に転がりこんだ美香。神社の社からも、問題なく第4倉庫に行くことができた。ふと振り返ると、普通のいつものサイズの扉になっている。


「不思議ねえ」


 首を傾げつつも、美香はあまり深くは考えずに立ち上がった。

 目の前には花とガット、ズーラ、ダダにギルド長まで揃っている。


「ごめんなさいね、お待たせしました」


「いや……いいんだが」


 ギルド長が答えたが、口が重い。

 どうやら美香が来る前に、状況説明をする時間は充分にあったようだ。


「ギルド長には花ちゃんの身の安全を確保して、なるべく早く親元に帰れるようにしてほしいの」


「ったく面倒な話持ち込みやがって。こんな大事を俺の胸に仕舞っとくのかよ……」


 だが今、上に報告するのはマズいだろうな、と肩をすくめて零した。

 やはり、公にするといろいろと問題になるのか。


 ふと顔を上げると、部屋の隅からラットが出てきた。ラットは大きなネズミの魔物だ。美香は自分の家から持ってきた市販の殺虫剤を使ってみることにした。


 シューッ


 殺虫剤はラットを包み込み、いつも通り動きを鈍らせた。業務用ではなくても殺虫剤は魔物に効く。これは安心材料だろう。

 レーキの代わりに持ってきたのは、長い柄のスコップだ。美香は片手で無造作に重いスコップを振り上げて、ラットに叩きつける。


「これがほうき代わりにも使えていいと思ったのよねー」


 そう言いながらスコップでラットをすくいあげ、いつもゴミを捨てている穴にポイっと放り込む。

 初めて戦う美香を見たギルド長が呆れて、ダダに言った。


「お前ら、よくこんなんテイムしようとしたな」


「あなたがしろって言ったんでしょうが!」



 そんな風に、時々どこからか湧いてくる魔物を倒しながら、落ち着かない話し合いをした結果……

 花はこちらの世界で世話をすることにした。ただし、新人類ではなく、オーガの美香の子どもとして。

 今までオーガは魔物として扱われ、生態などは特に知られていない。ヒマワリマートの先々代、隆行などは例外で、一般的には言葉も通じない、乱暴で破壊的な魔物だと思われていた。ここ一か月ほどの活躍で美香が受け入れられた今ならば、顔がオーガっぽい花を、オーガの幼体として町に連れて入るのはさほど無茶なことでもないだろう。



 今はまだ3歳の花だが、花たちの種族はおよそ5から6年ほどで成人、身長は120センチほどになる。花は人で言うと小学生くらいの年齢のようだ。こちらが言う事も理解できるし、聞き訳もいいのは都合が良かった。

 美香の子どもだが、社会見学としてこちらの世界にホームステイするという体で、美香がもらった家に住んでもらう。そして独身気ままなダダとガットとズーラの三人が、家に泊まり込んで一緒に生活する。



「その間に色々とその子から、山の村の話を聞いてくれ。報告は今のところ俺で止めておくから、せめて後で使える情報をくれよ」


 5月頃に山の雪が解けるので、その頃に花を連れて家を探しに行けば良い。この雪の季節に山に登るのは自殺行為だし。

 そして、花の一族の意思を確かめつつ交流を模索する。そこから先は、ギルド長と国の仕事になるだろう。


「あと、仕方がねえからこれを先に渡しておこう」


 どうせ魔王が出たら渡すつもりだったからな。

 そう言ってギルド長が美香の手の上に落としたのは、スミレ色のリボンの付いた鍵だった。

 さて、この鍵はいったいどこのドーアに通じているのか……

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