第5話 知られざる人類
泣き止んだ少女に、怖いことはしないから逃げないで、と言い聞かせて腕を括っていた紐を解いた。
納得しているのか、それとももう気力もないのか、少女は大人しく座っている。ガットから暖かいお茶を貰って、冷ましながら少しずつ飲み始めた。そんなところは、本当に普通の小さな女の子だ。
「あなたのお名前を、教えてくれる?私は美香よ」
「……春の黄色い花」
「春の?黄色い花?」
「春の黄色い花、私の名前。普段は花って……」
「花ちゃん、ね。分かったわ。じゃあ花ちゃん、何故雪の中にいたのか聞かせてくれる?」
それはダダ達にとっても思いもよらない話だった。
花は、人里離れた山の奥地に住んでいた。その村は外とは全く交流がない。
どうやらその村は、サリチル国と隣国との国境にある山脈の、頂上に近い場所にあるようだ。一年の半分は雪に覆われ、多くの時間を地下に掘った洞窟の中で過ごしている。
洞窟は広く、一年中快適に過ごせる。花と似た姿の多くの村人が、そこで暮らしているらしい。
花もまた、両親と兄弟と共に、その村で暮らしていた。
山を下りれば多くの種族が住むのは、知識として知られていた。しかし昔、もう平地の人々の記憶には残らないほどの昔に、壮絶な戦いがあったことを花たちの種族は忘れていない。
言葉の通じない村の外の生き物たちは、花達にとって恐ろしい獣と同じだった。
そんな花たちの種族だが、この世界ならではの特性があった。それは魔力を使って雪を体に集めてしまうという特性だ。
雪山で生きながらえるため、みんな氷雪系の魔法に長けている。雪が多い時期には外に出ると自然に雪を身体に集め、風雪で体温が下がるのを防ぐのだ。それはまた身を護る鎧としての効果もあった。
時折山で目撃される雪男は、花の一族が雪の鎧をつけて狩りをしている時の姿だった。大人は自分で制御しているので一定の大きさで留まる。
成長するにつれて上手に扱えるようになるその能力も、幼いうちはまだ制御が難しい。
花も生まれてからまだ3回目の冬だった。本当であれば洞窟で何不自由なく過ごしていたはずだ。しかしある日、間違って洞窟の外に迷い出てしまった。
見つかりにくい洞窟の入り口はすぐに吹雪に閉ざされ、花の身体もまた雪に覆われていった。
暫くはその辺りをうろついていたが、だんだん嵩を増していく身体に困り、雪を溶かせる暖かいところを探して、山を下っていく花。
途中で出会った生き物に攻撃され、少し雪を削り落とされた。思わず怖くて逃げてしまったが、そうか、こうして何かに雪をとってもらえば動きやすくなる!
そうして、花は暖かく、人がいる場所を求めてどんどん山を下っていった。
幸か不幸か、なかなか人に会わないまま、空腹に力尽きかけて寝転がっていた時に、たまたま通りかかったのが美香たちだったのだ。
「お腹が空いてるの?」
「……うん」
「普段はどんなものを食べてるのかしら」
「山に住む動物のお肉とか、木の実や粟のおかゆだよ」
それを聞いて、ガットとズーラが慌てて何か食べるものを作ろうと、台所に行った。
「雪の服を着ている時は、動くのもゆっくりになるけどあまりお腹が空かないの。でも、ずっと、歩いてて……ママ……」
時折涙がこぼれる少女をなだめながら事情を聴いていく美香。
台所から、ガットが湯気の立ったおかゆを持ってきた。
思いもかけない雪男の正体。
今まで知られていなかった新たな人類の発見。
そして迷子の少女の保護。
なんだか考えなければいけないことが多すぎて、次に何をしていいのか思いつかない美香たちだった。
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