第5話 シャワーと魔道具
美香はイブリース達の大きな集団をだいたい落とした後、殺虫剤をポケットに戻した。
足元はおびただしい数の黒い悪魔たちで覆われている。
殺虫剤1.5本分の薬剤が、風通しの悪い洞窟内でまだ匂い、足元のイブリース達も徐々にその動きを止めていた。
「あら、これはまずいかしら」
ふと作業しているダダ達に目を向ける。三人は必死に、息があるイブリース達に止めをさしていたが、どうも具合が悪そうだ。
マスクをしている分、少しはましとは思うが、何体ものイブリースに触れているうちに、手が赤くなってきていた。
小柄なダダは今にも倒れそうに、フラフラしているように見える。
「いったん、外に出ましょう」
大股でみんなのところに戻りダダをさっと抱き上げると、ズーラとガットに声を掛けて洞窟の外へと出た。
三人が歩き始めても残ったイブリースは、攻撃しようというそぶりも見せない。
薄暗い洞窟から出ると太陽は高く、光が目に刺さる。
「ダダ、大丈夫?」
「ええ」
そう答えながらもダダの顔色は悪く、立ち上がる気力も無さそうだ。
後からついて出てきたガットはまだ元気だが、ズーラは歩いて出てきたもののフラフラしている。
「……みんなごめんね。調子に乗ってあんなに殺虫剤を……」
「大丈夫です。少し休めば……」
マスクをとって、ズーラが笑って言う。
「あの数の魔物に囲まれて無事だったのだ。美香のおかげだろう」
「けど……」
「まだ少しは魔力が残っていますので、ダダには簡単な治癒魔法をかけます。その後少し休めば回復するでしょう」
「分かったわ。……いえ、ちょっと待って!ここって水浴びできそうなところある?川はさすがに寒いわね、温泉とかは」
「外にある小屋にシャワーが。でも何故?」
「この殺虫剤、細かい霧で辺りに漂って、皮膚にも付くの。先に洗い流したほうがいいはず。小屋まで急ぎましょう!」
小屋は鉱山で働く人用の休憩所だ。戸に鍵は掛っていなかったので、そのままシャワーを利用させてもらう。ダダもよろめきながらも、どうにか自分で体を洗う事ができた。
シャワーの後で治癒魔法をかけると、ダダもようやく普段の元気を取り戻してきた。
「すみません、情けなくて……」
「なに言ってるの、私の方こそみんなの事を危険に……」
「いえ、それは……みんな無事ですから。それよりもこれからの事ですが」
スマホを確認すると1時5分。美香の今日の勤務時間は昼休憩30分込みの6時間で、2時までだ。
サッパリしたついでに弁当を出して、小屋の中で食べながら今後の方針を話し合った。
「ここがダンジョンならそのまま置いておけばいいのですが……ダンジョンでは残された死体や物は一度吸収されますので。けれどこの鉱山はまだダンジョン化してはいないので、倒した魔物を処理しなくてはなりません」
イブリースは食べたり素材として使ったりするのだろうかと思ったが、それはないらしい。良かった、さすがにあれだけ殺虫剤を噴射したら、食料にするのは心配だ。
「イブリースは使い道がない魔物です。今回の依頼は鉱山を使えるようにすることですので、討伐証明の部位をとる必要もないです」
全滅させる必要もなく、鉱山で安全な作業ができる程度の数に減らせばよい。倒したイブリースは外に運び出して穴を掘って埋める予定だ。終わったらギルド職員が確認に来るらしい。
しかし今日はもう美香の時間がないので、次に来るまで、このまま放っておくことになってしまう。さすがに冬なので気温も低いが洞窟の為、外気程は冷えない。
今日は元々様子見の予定だった。いきなりこんなに大量に倒すと思っていなかったので、後処理の事まで考えていなかったのだ。
3日後に腐りかけのイブリースを大量に処理するのは、絶対に遠慮したい。
みんなで頭を捻っていると、あっとズーラが声を上げた。
「これ、使えますか?」
取り出したのは5センチ角ほどの小さな白い箱と赤い箱だ。箱にはそれぞれ黒いボタンが付いている。
「さっきはイブリースに囲まれすぎてて使えなかったのですが」
そう言いながらズーラが説明してくれた。それは魔道具「アイスボム」と「ヒートボム」だった。爆弾と言う訳ではなく、辺りの温度を急激に奪って低温にしたり、逆に高温にすることで、気温変化に弱い魔物たちの動きを悪くする魔道具だ。使い捨てではなく、中の魔石を入れ替えれば何度でも使える。
「アイスボムを広場の真ん中に置いておけば、洞窟内を冷凍庫みたいに低温に保てると思います。中の魔石はスイッチを入れっぱなしなら1日しか持ちませんが、外気温も低いし3日くらいならきっと大丈夫です」
そうして、残った時間で美香がもう一度中に入りアイスボムを作動させ、その間にガットとズーラが小屋で木切れを集めて、次に来るまで鉱道の入り口を塞ぐ事にした。
ダダは念のためそこら辺にあった紙に「猛毒注意・絶対に入らないこと」と書き、雑に塞いだ木の壁にペタッと貼り付ける。
つまりこれが、「殲滅の毒霧」伝説の始まりであった。
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