第4話 オーガ奮闘

 壁際に残った三人が、呆気に取られて美香を見ている。


 辺りにいるほとんどのイブリースを体にまとわりつかせた美香。そのまま黒い塊になって、広場の中央まで力強く歩いていった。

三人と充分に離れたのを確認して、レーキを持つ手に力を籠めると、ぐるっと一回転、その場で回り、身体に取り付いているのを追い払う。レーキの軌跡上のイブリース達も弾き飛ばされ、美香の周りに少しだけ空間ができた。


「あー、鬱陶しかった。さて、殺虫剤の威力を確認しましょうか」

 左手を持ち上げて、ダダ達の居ない方向を確認、スプレーのボタンを思いっきり押した。

 薄暗い洞窟に、うっすらと輝くミストが広がるのが見える。最初は気にせずまた美香に近寄ろうとしたイブリース達だったが、ミストの直撃を受けたものから順に、息苦しそうにギギギと声をあげながら地面に落ちていく。

 十数匹が地に落ちれば、さすがにみんな危険を察知してミストから逃げようとする。そのイブリースの群れが、いくつかの集団に分かれて天井に向かった。その中でも一番数の多い群れを追いかけて、美香はスプレーを噴射し続けている。


 美香の持っている殺虫剤は、普通に市販されているものより強力らしく、パッケージには「業務用 アレもイチコロ」と書かれている。噴出力も強く、高さおよそ3mの天井までぎりぎり届くほどだ。バタバタと落ち続ける無数のイブリース。最早美香の周りに寄ろうとするものはいなかった。集団であるいは個々でバラバラに、岩陰や広場の隅に身を隠そうとするイブリース達。


 このまま美香の圧倒的勝利かと思われたが、殺虫剤も無限ではない。少なくとも数百匹はいる魔物を一気に全滅できるほどの量はない。それでも二百から三百匹は落とした頃、ついに殺虫剤の噴出が止まった。


「ダダ、ガット、ズーラ、お願い!わたしをフォローして!」

 そう叫ぶなり、美香は左手の殺虫剤の空き缶を投げ捨てて、リュックを下す。

 ダダたち三人は事前に美香に渡されていた装備を身につけて、近寄ってきた。


 二本足で歩き皮衣を着て短剣の代わりに剣を手に持っているガットの口元に、子ども用防塵マスク。

 全体的には人型だが体が鱗に覆われていて魔法の杖を持っているトカゲっぽいズーラの口元にも、子ども用防塵マスク。

 そして一人だけ身長が極端に小さいダダには、美香特製の花柄のマスク。


 かわいい。


 殺虫剤はこの世界の人類にもかなり強い毒となるようなので、気休めかもしれないが、向こうからマスクを用意してきたのだった。ガットとズーラは耳に掛けられないので、ゴムを結び付けて頭にかぶるようにしている。

 ちょっとだけサイズの合わないマスクをつけている三人に、こっそり和みながら指示を出した。


「まだ殺虫剤の効果が少し残っているから気をつけて。床に落ちたイブリースに止めをさしてほしいの」


 数が多いため、一体あたりに充分な薬剤が使われず、落ちたイブリース達にはまだ息があったのだ。

 幸い壁際に逃げたのは、まだ用心して近寄ってこない。

 一体、また一体と止めをさしては、一か所に積み上げていく。

 その間に美香は、リュックから予備の殺虫剤をひとつ取り出した。


「少し遠くで倒してくるわね」

「ええ。分かりました。気をつけて」


 壁や天井にはまだまだたくさんのイブリースがいたが、美香の殺虫剤のミストからは逃れる事ができずに、徐々にその数を減らした。

 鉱道に入って1時間あまり、最初の広場での勝負はついたようだ。



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