第2話 子どもは親の年齢を知らない
高梨美香について語ろう。
今年の春、2人の可愛い子供達が小学校の4年生と2年生になって、少しだけ自由な時間ができた美香は、近所にある地域密着型のスーパー「ヒマワリマート」で週4日、8時から13時まで働くことにした。
パートに入って2日目に渡された鍵で、第4倉庫の管理を任されてしまった美香。なんとその倉庫には他言できない秘密があったのだ。スーパーとしては不名誉な、黒い悪魔が出るという事実が。
ごく普通の主婦高梨美香38歳は……
「ねえねえ、誰と話してるの?えっと、それにママは28歳じゃん?」
「……ああ、浩平。そうね、ママは28歳だったわ。お帰りなさい」
「うん。ただいまー。ねえねえ、これ見て!クモ!大きいの!」
「浩平、虫は手のひらより大きいのを捕まえちゃダメって言ったでしょう、ほら、逃がしてきて!」
「えーー、でもぼ……オレの手のひら、大きくなったよー」
小学校から帰ってきた次男が手を広げる。当然だが、大きな蜘蛛がその手から逃げる。
やれやれ。
美香は素早く蜘蛛を捕まえると、玄関脇の窓から放り投げた。
「あの蜘蛛はお外にいないと死んじゃうから、逃がしてあげましょうね」
「じゃあこれは?」
手に持った帽子の中に、コロコロ、コロコロ、ダンゴ虫が……
「……」
差し出された帽子を無言で受け取って庭に出ると、草が茂っている一画にダンゴ虫を逃がす。
「ほら、ここに巣を作るから、明日また掘ってみなさい。それより宿題は?」
「はーい」
次男は今、虫に夢中だ。時々見かけるエビフライみたいな虫の幼虫が、10センチ越えの芋虫だと知っているだろうか?スミレに付くケバケバしい毛虫がじつは毒が無くて手に乗せられると知っているだろうか。
次男が持って帰る虫をとりあえず種類だけネットでチェックして、速やかに庭に放流する美香は、本人が望むと望まざるとにかかわらず、虫耐性レベルを日々上げている。
「ただいまー。ねえねえ、母さん、これ飼っていい?」
「お帰り、良平。何?」
「これ!」
学校から帰ってきた4年生の長男が、美香の目の前5センチの所に手を突き出した。
手から覗いたトカゲの顔から、美香に向かって舌がちょろちょろと……
「家では無理ねえ。虫を食べるんだから、庭に放しなさい」
何故子供は物を見せるとき、くっつきそうなほど目に近付けるのだろう。トカゲ人間の舌は、こんなにチョロチョロしてたかしら。
「けど逃げるし」
「逃げたらまた捕まえなさい。それより先に宿題は?」
「あ、うん。じゃあこの蛇の抜け殻、キレイにしといて!」
ポケットから蛇の抜け殻を取り出し、美香に向かってポイっと投げる良平。
長男が今夢中になっているのは、爬虫類なのだ。一応、蛇は持ち帰り禁止にしているが、抜け殻は許している。今日はちゃんとポケットから出したので、褒めてあげなければ。
そんな美香が勤めているヒマワリマートの第4倉庫は、子供達を連れて行けば喜ぶこと間違いなしだろう。けれど、今のままだとトカゲ人間には負けるかもしれない。
少し箒とチリトリで戦う術を身につけさせてから、一緒に連れて行ってみようかしらと密かに思う美香であった。
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