第11話 「共通言語は」
田舎の病院ではありますが、結構、外国人の患者さまがいらっしゃいます。
近所に大学があるため、各国からの留学生、研究員、そのご家族。自動車工場やIT関連企業で働くブラジル人、中国人。JICA(国際協力機構)(注1)の地方拠点があるため、その関係者など。観光客より、地域にお住まいの方が多い印象です。
国籍が違っても、人間、病気になるのは同じです。病院を受診します。医療従事者たる者、当然、どなたに対しても完璧な対応が……できるわけないじゃないですか(涙)。
多くの場合、ご本人も不安なので、予め連絡をしてから来院して下さいます。中国やブラジルの方などは、日本語の分かるご友人がついて来て下さることが多いです。そういう時には、たどたどしくても、何とかなります(……しています)。
英語圏からいらしている場合も、何とかなります。大抵、留学経験のあるスタッフがひっぱりだされて対応します。英語なら、中学〜大学まで、十年間も習ってきたはずじゃないかとお思いでしょうが、医学用語は日常会話で使う言葉ではないので、説明できる人が必要なのです。
問題は、それ以外の場合です。
「英語なら何とかなります」と言われ、恐る恐る「ど、どちらの国から……?」と訊くと、いろんな答えが返って来ます。ナイジェリア、セネガル、アフガニスタン、スーダン、エジプト、コロンビア、ベトナム、モンゴル、ルーマニア……。それは何処? 公用語は何? 頭の中で地球儀をくるくる回します(注2)。
何とかなるはずの英語ですが、とんでもなくブロークンだったり、訛っていたりします(注3)。通訳さんが来てくれたと思えば、話者→母語からその国の公用語→公用語から英語、という二重、三重通訳だったことも。
最近はインターネットに、さまざまな国の言語で書かれた問診票(日本語のルビつき)があり、プリントアウトして利用させて頂きます。症状が分かればだいたい何とかなります(……します)。
残念ながら、何とかならない場合もあります。
ケニアから来た女性。お互いにブロークンないんぐりっしゅで、一所懸命やり取りした結果、婦人科の問題と判明。英語対応してくださる婦人科を探しました……。
アフガニスタンから来た女性。チャードル(注4)を頭からすっぽりかぶり、男性医師とは会話できません。無論、身体の診察なんてもってのほか。ご主人が間に入り、たどたどしい英語で一問一答……(大丈夫か、本当に)。
ナイジェリアの女性が、四歳くらいの女の子を連れて来ました。どうやら、お子さんのお腹に皮疹ができて痒がっている? らしいのですが……ごめんなさい、肌の色が濃くて何処に皮疹があるのか見えません。母親と一緒に途方に暮れていると、女の子が一言、
「もう、あたし帰る! かゆくないけん、大丈夫!」
とても流暢な日本語、しかも方言でした……(注5)。
毎回、はらはらドキドキなわけです。
七年間アメリカで暮らし、いつもひっぱり出されて英語対応をまかされて(押し付けられて)いる医師に、今からでも英会話能力を
「これからは、個人が複数の言語を時間をかけて習う時代ではないと思います。どうしても限界があるし、忙しい現場では役に立たない。それより、スマホの使い方を覚えた方がいいですよ。今は、便利な翻訳アプリがたくさんありますからね〜」
共通言語はスマホ、という時代のようです(注6)。
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(注1)JICA
正式名称は「独立行政法人 国際協力機構 Japan International Cooperation Agency」JICA ジャイカ、と読みます。青年海外協力隊や、国際緊急援助隊を派遣していることで有名ですね。
地方拠点「国際プラザ」のレストランでは、一般の人も各国料理のバイキングを食べられます。かなり本格的……本格的すぎて、時にはこちらの味覚の想像を超えた味付けの料理が出てきます。
(注2)地球儀をくるくる回す
国名だけでは咄嗟にどの辺りか判らないので、脳内イメージです。だいたいあの辺? と思うわけですが、場所が判っても全く役には立ちません。はい。
(注3)ブロークンだったり、訛っていたり
ヒトサマのことは言えませんが、文法が無茶苦茶だったり、とても聴き取れない発音だったり……。相手も苦労して話しておられるのです。
(注4)チャードル
アフガニスタンやイランで、ムスリムの女性が頭からすっぽりかぶっている黒い布のあれです。そこから覗く瞳はすんごく綺麗!
(注5)流暢な日本語、しかも方言
日本の滞在が長いご家族だと、こういうことが起こります。日本のIT企業で働いているお父さんは、綺麗な英語を話します。でも、ついて来ただけのお母さんの英語はたどたどしい。日本で生まれて幼稚園や小学校に通っているお子さんは、日本語がペラペラになりますが、ご両親はお子さんが何を話しているのか分からない、という……。帰国の際には、日本にすっかり慣れたお子さんにとって、逆のストレスがかかります。
ところで。後述の七年間アメリカ合衆国で暮らしていたドクターの子ども達は、二重国籍です(合衆国は出生地で国籍が決まります。日本は血統主義)。さぞ流暢なバイリンガル? と思いきや。乳幼児期に日本語と英語を同時に浴びて育つと、二つの言語をごちゃまぜに覚えてしまうらしく……たとえば、英語で「It is high / higher / the highest」と言うように、日本語でも「高い/高いやあ/高いえすと」と、勝手に比較級を作ってしまうそう。こうして、新たな言語が生まれるわけですね(違う)。
(注6)共通言語はスマホ
……どこの言葉を話そうと、日本語だろうと。最も大切なのは、お互いが相手を理解しようとする気持ち、だと思います(あ。なんか、纏めようとしている)。
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