#3 ウォッチマン

 1


「監視カメラの映像から、犯罪者に類似する特徴を持った人物を自動検出するプログラムってありますよね?

 そうそう。スーパーとかショッピングモールで使われている、あれです。


 僕が作ったプログラムも、やっていることはあれと同じですよ。

 ただ、犯罪者を見分けるのではなく、警官を見分けるという点が違うだけでね。


 だというのに、なぜ僕は犯罪者扱いで、ショッピングモールの方のプログラムを作った人物はおとがめなしなんでしょうか。

 これって、何かおかしいと思いませんか?」


 今日も私は、サイバー犯罪の容疑者として逮捕された人物に取材をしている。

 判決が下され刑務所に収監しゅうかんされた今でも、その男は未練がましく自分の無罪を主張し続けていた。


 男の罪状は「犯罪者の逃走を助ける技術を開発し、犯罪組織の活動を幇助ほうじょした」というものである。




 2


 男が開発したのは『監視カメラの映像から警察官(私服警官含む)を自動検出し、スマートフォンに通知する』というプログラムだ。

 簡単に言えば『警察が来たぞ!気をつけろ!(逃げろ!)』という、見張り役をしてくれるプログラムである。


 技術自体は、さほど真新しいものではない。

 映像データから一定の特徴を持つ人物を自動検出するという、画像解析と統計解析を組み合わせた技術だ。


 要するに、監視カメラと一緒に使うことで『似たような特徴を持ち、似たような行動を取る人たち』を自動的に見つけることができる。それだけの技術である。


 彼自身が語ったように、スーパーマーケットやショッピングモール、都会の駅ビルの警備などで実際に使用されている。

 ひと昔前に実用化され、今では万引き防止や、指名手配犯の発見・通報、無差別殺傷事件の未然防止などに広く役立てられている。それなりに枯れた技術だ。


 映像の1コマ1コマを画像解析し、そこに映る人物の表情、視線、体格、歩き方、身体の動きなどの特徴を自動抽出。

 データベースに蓄えられた映像データと比較し、検出対象の人物像との類似度を算出。

 類似度が基準値を越えた場合、自動的に報告を上げる……というのが、その仕組みである。


 犯罪者に限らず、不倫カップルやお忍びの芸能人を見つけ出すのにも使える。それ用の映像データベースを用意し、プログラムに多少のチューニングをほどこせば。

 当然ながら、私服警官や自衛官の発見にも使える技術だ。使おうと思えば。


 そして実際に使ってシステムを作ってしまったのが、冒頭で紹介した男……というわけである。




 3


 彼の作った『警官自動検知システム』とでも呼ぶべきプログラムは、警察と仲良くしたくない人々の間で静かに広まっていった。


 怖いお兄さんが通用口の奥で待機している夜のお店。

 ちょっと現金によく似たチップを使う大人の遊び場。

 お年寄りに電話をかけて、近所のATMまでご足労そくろういただく活動をしているおじさん達が、こっそり集うマンション。


 まあなんというか、そういうところで大活躍したわけである。


 当然、警察はおもしろくない。

 というか、捜査活動に支障が出るようになった。


 苦労して怪しい店を見つけ、いざ現場を押さえて検挙に踏み切ろうとしても、店に少し近づいただけで逃げられてしまうのだ。

 現場で捜査に当たっている刑事たちからすれば、たまったものではない。


 しかし、明らかに逃走の手際がよくなった犯罪者たちの姿を見て、異変に気づかないほど警察組織は甘くない。

 すぐに原因の調査に乗り出し、程なくして『自動検知システム』の存在が明らかになった。


 いくら警官の接近に気づけるようになったとしても、監視カメラの範囲外まではカバーできない。

 また、情報管理のゆるい組織というのは必ずあるものだ。下っ端の構成員たちの中には口の軽い者も混ざっている。

 本気になった警察を相手に、いつまでもシステムの存在を隠し通せるものではなかった。


 かくして『警官自動検知システム』は警察の知るところとなり、捜査の過程で芋づる式に開発者の男も発見され、あえなく御用となった。




 4


 実はこの開発者の男、犯罪組織の一員ではなかった。

 その正体は、プログラムの開発を外注されて請け負った、ただのフリーランスのプログラマーだった。


 この男、元々はとある研究所で任期付きの研究員をしていた男で、画像処理を応用した新技術の研究開発に携わっていた。

 しかし、なかなか成果を上げられず、新たに独自色のある研究テーマを打ち出すこともできなかった。

 既存のソフトウェアライブラリを組み合わせ、すでに確立された理論通りにプログラムを組み上げることはできた。

 だが男は、自ら新たな手法や仮説を生み出す能力に乏しかったのだ。研究者としては致命的である。

 しかも、ソフトウェアに関わる者にありがちなことだが、コミュニケーションが苦手なタイプだった。

 そのため任期中にたいした人間関係を築くこともできず、任期切れとともにあっさり研究所を追い出されてしまったのである。


 研究所を出てからしばらくの間、男は仕事をするでもなく一人暮らしの家に引きこもり、目的もなくインターネット上をさまよっていた。

 そんなとき、ふと思いついてヒマつぶしに作ったのがくだんのプログラムであったらしい。


 男いわく、「試しに作ってみたらできたんです」だとか。


「ある時、不意に思いついたんです。

 前に研究で使っていたライブラリを組み合わせれば、そういうシステムを作れそうだなと。

 監視カメラのデータなんかは、インターネットで簡単に集められますし。

 ネットに接続しているくせにセキュリティの甘い監視カメラなんてのは、ちょっと探せばいくらでもありますからね。

 それでまあ、とりあえず作ってみようかな、と。どうせヒマでしたし。


 そうしたら、まあ、割と簡単に作れたんですよね。

 それで、せっかく作ったことだし、手元に置いておくだけなのも勿体もったいないかと思って。動画サイトに投稿してみたんです。


 適当な街中の映像を選んで、公然とイチャつくカップルをソフトに自動検出させて、周囲を赤枠で囲むようにして。

 あとは、映像に合わせて枠が追従していく画面をキャプチャして、適当に90秒くらいの動画にしたんです。

 それでまあ、動画の最後だけ映像をちょっと編集して、画面内のカップルが全員爆発するっていう……まあ、くだらない動画です。


 そんな動画を冗談で投稿してみたら、数日後にダイレクトメッセージが送られてきたんですよ。


 仕事として依頼するから、プログラムを改良して売ってくれないか、って。


 そりゃあ嬉しいですよ。

 研究所では僕、ずっと『使えないヤツ』って言われてましたから。

 そんな僕がヒマつぶしで適当に作ったプログラムを、お金を出してまで欲しいって言ってくれるんです。

 嬉しくないわけがないですよ。


 しかも、提示された報酬が、結構よかったんです。

 研究所の仕事がなくなって、やっぱりお金は不安でしたからね。

 口座の残高はじわじわ減っていくし、家賃や税金は毎月引き落とされていくわけで……。


 もちろん、最初は警戒しましたよ。詐欺か何かかもしれませんし。

 ですから最初は、メールでやりとりしていたんです。

 そうしたら途中から、フリーランス用の受発注サイトを通して発注してくれるという話になりまして。

 サイト経由ですから、ちゃんと自分の仕事実績になるのは有り難かったですね。住所とか余計な個人情報も教えなくていいですし。

 それで、まずはお試しの仕事として、送られてきた映像に画像処理をかけて送り返すっていうのを受注したんです。

 で、処理済みの映像を送り返したら、きちんと報酬も振り込まれたので。まあ、大丈夫かなと思いまして。

 受けることにしたんです。仕事として。


 それでまあ、要望通りにプログラムを改良して納品して。報酬が振り込まれて。

 僕がしたことは、それだけです。

 なのに今ではこうして刑務所の中。まったく勘弁してもらいたいですよ。


 まさか犯罪組織が警官を見張るためのシステムに使われるなんて、そんなこと、考えもしませんでしたよ。

 そりゃあまあ、データベース用に渡された映像が体格のいい男性ばかりなのに気が付いたときは、ちょっと違和感がありましたけど。


 それでも、一度は受けた仕事ですからね。

 多少の違和感があったとしても、仕事としてやるからには、キッチリ仕上げてプログラムを納品しました。

 僕がしたのは、ただそれだけのことですよ」


 確かに、男の話を信じるなら、彼はただ犯罪組織に利用されてプログラムを作っただけなのだろう。

 しかし、司法はそうは判断しなかった。

 彼は有罪判決を受け、今ではこうして刑務所に収監しゅうかんされている。


 彼が作ったプログラムは、今もあちこちで犯罪者たちの活動を助け、警察の捜査活動をさまたげ続けている。


 たとえ、元はヒマつぶしに作ったプログラムにすぎないとしても。

 社会に与えた影響は、決して小さくはないのだ——。




※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。作中にIT技術を用いた犯罪に関する表現が登場しますが、決して真似しないで下さい。

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