#2 フリーライダー

 1


 『Wifiしたい放題』というアプリをご存知だろうか?

 今はもう公開停止となっているが、一時期わが国で大きな社会問題を引き起こしたアプリだ。


 『Wifiしたい放題』はスマートフォン用の無料アプリだ。

 スマートフォンにインストールすることで無料のWifiが利用できるようになり、インターネットにアクセスし放題、というのがうたい文句だった。


 現代人は『無料』が大好きだ。

 スマホの機種代金は実質無料、SNSもソーシャルゲームも基本無料。

 インターネット上には無料配信の動画やコミックがあふれ、商業作品でも探せば『無料お試し』が用意されているのが当たり前。

 そんな『無料』が歓迎される世の中で、『Wifiしたい放題』もまた、若者を中心に多くのスマホ利用者に歓迎され、急速に広まっていった。


 『Wifiしたい放題』をインストールした者たちはあっという間に無料Wifiのとりこになり、モバイルインターネット回線を解約する者が続出した。

 結果として、『Wifiしたい放題』の広まりに反比例するように、携帯電話通信各社は売上を大きく落としていったのだ。


 しかし、そんな状況もながくは続かなかった。

 『Wifiしたい放題』の利用者が少数だった頃は快適に利用できていた無料Wifiだが、利用者が増えるに従って徐々につながりづらくなっていき、最終的にほとんど通信できなくなってしまったのだ。


 しかも、なぜかアプリを利用しない、正規のWifi回線まで通信不能におちいった。

 有線でのインターネット接続は問題なく行えたので、ウイルス生成AI事件ほどの混乱は起こらなかった。

 しかし、それでもWifiがまったく使えなくなるという事態が与えた影響は大きく、スマートフォン、タブレット端末の利用者たちの多くが悲鳴を上げた。


 当然、不満を抱いた利用者たちからは『Wifiしたい放題』の開発元に苦情が殺到したが、開発者からの返答は一切なかった。

 そんな中、ついにアプリを解析する者が現れ、アプリに隠されていた真実が明らかになったのである。




 2


 ちょっと落ち着いて考えてみてほしい。

 「アプリをインストールすることで無料のWifiが利用できる」として、その無料Wifiは一体どのように提供されているのだろうか?


 表面上は無料のサービスでも、提供するにはコストがかかる。

 たとえば日本では、救急車を呼ぶのは無料である。

 しかし実際には、救急車を動かすとガソリンを消費するし、乗っている救急隊員の分だけ人件費がかかる。車体も設備も定期的なメンテナンスが必要だし、24時間体制で電話に対応するには様々な経費が発生する。

 そうした経費は、実は税金でまかなわれている。だから無料で救急車を呼べる。


 無料のSNSは広告収入で運営されているし、基本無料のソーシャルゲームは一部ユーザーからの課金が資金源だ。

 利用者側からは無料に見えても、サービスを提供する側には何らかの資金源が必要なのである。


 では『Wifiしたい放題』の無料Wifiは一体どのようにして提供されていたのか?

 実は、『Wifiしたい放題』に資金源はなかった。

 資金源がない代わりに、このアプリは資金を一切使わない手段で無料Wifiを提供していたのだ。


 その手段とは——『便乗びんじょう』である。

 

 なんと『Wifiしたい放題』は、周辺に存在するWifi回線の余剰帯域を無断で勝手に使用するアプリだったのだ。

 要するに、他人のWifi回線に便乗して『タダ乗り』していたのである。


 当然、この無料Wifiを利用するには、便乗先となる正規のWIfi回線が必要だ。

 しかし皮肉なことに、『Wifiしたい放題』の利用者が増えるほどに、便乗先となる正規の回線は解約されて、その数を減らしていった。

 繋がらなくなるのも当然である。

 便乗先の回線がなければ、便乗することはできないのだから。




 3


 結局、解析結果が明らかになったことで『Wifiしたい放題』は公開停止となった。

 無料Wifiを利用していた者たちはインターネットが無料で使えなくなることを嘆いたが、そもそも本来は有料のサービスなのだ。

 結局、皆おとなしく回線を契約しなおし、通信各社の業績は元通りに回復していった。


 アプリの開発者は逮捕された。違法アプリを作って流布し、通信各社に大きな損害を与えるとともに社会に混乱を招いた、というのが彼の罪状だった。


 判決後、刑務所に収監された彼に面会を申し込んだところ、彼はこころよく面会に応じ、取材に答えてくれた。


 そのとき彼が語った言葉を、ここで紹介しておこう。


「僕はただ、たまたまアイデアを思いついて、技術的に作れそうだから作った。それだけですよ。

 実際に使うかどうかは、使用者のモラルの問題だ。僕には関係ない。


 勝手に他人の回線に便乗するアプリだとは知らなかった?

 それがどうしたって言うんですか? 知らなければ許されると?

 それが許されるなら、アプリ開発で逮捕されることがあると知らなかった僕は、一体どうなるんですかね?


 そもそも、中身も知らない、原理も知らない。

 よく分からないけど便利らしい。みんな使ってる。

 そんなものを無料だからと安易に使うのって、どうなんですかね?


 なんか今の世の中、何かあるとすぐに『作ったやつが悪い』『俺たちは何も知らなかった』なんていう人が大勢出てきますけど、何なんでしょうねアレ。

 それって要するに『俺のせいじゃない!俺は悪くない!』って言ってるだけですよね。

 別に誰が悪かろうが悪くなかろうが、僕はどうでもいいですけど。


 でも何ていうか……『無知の罪』とでも言えばいいのかな。

 そういうのって、あると思うんですよ。僕。

 『知らないまま、よく分からないままにしていた責任』というか。


 そういうのって、結局は自分に返ってくるもんだと思うんですよね。

 いくら言葉で『俺は悪くない!』って言っても、無知を放置するという選択をしたのは、自分なわけで。

 だから、放置した結果、自分に不都合なことが起こっても、それは自己責任だと思うんですよ。


 今回、僕が作ったアプリを大勢の人が使って、それで国中のWifiが一時的に繋がらなくなるっていう事件が起きたわけですけど。

 それって、それだけ大勢の人が『よく分からないまま』アプリを使いまくったからですよね?


 それを全部、僕みたいな、そのとき槍玉に挙げられてる個人の責任にされてもね。

 僕に言わせれば『そこまで知るかボケ。ちったあ自分らの行動を振り返ってみろや』ってなもんですよ。


 まあ、僕が今こうして刑務所にいるのも、その『自己責任』の結果なんですけどね」


 そう言った彼は、皮肉げに肩をすくめていた。


 彼の言葉はいささか詭弁が過ぎるように思われる。

 しかし、一定の真実を含んでいると私は思う。


 我々は、無料のもの、便利なものをありがたがるばかりではなく。

 少しはそれらの『本質』を理解しようと努めるべきではないだろうか——。




※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。作中にIT技術を用いた犯罪に関する表現が登場しますが、決して真似しないで下さい。

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