イラストレーター斉藤幸延「叔父の肖像画」誕生物語
淺羽一
イラストレーター斉藤幸延「叔父の肖像画」誕生物語
連絡をくれたのは、
死因は、お風呂場での突然死。場所は、叔父が一人で住んでいた同じく旭川の市営住宅。
最初に叔父の
2012年3月。きっと、北国の冬はさぞかし冷たいものだっただろう。
僕は今と変わらず
当時、僕は大学を出てから
だから、本当に
正直に言うと、あの頃の僕は、プロとして技術や作品にそれなりの自信を抱いてはいたものの、一方で「見えない天井」みたいなものも感じていた。
自分の限界はまだまだこんなもんじゃない。
自分の技術はもっと上を目指せるはずだ。
そう思いながらも、「仕事を休めばお金を失う」というフリーランスとしての宿命がプレッシャーになり、新しいことに挑戦して純粋に技術を
そしてその結果、僕は叔父のお
今にして思えば、あの時、あとほんの少しの自信と勇気さえあれば、せめて最後のお別れを言うくらいは出来ただろうと思う。神戸と北海道では往復するにも時間がかかりすぎるなんて、ただの言い訳だ。
叔父が暮らしていた市営住宅は、叔父の死後、すぐに別の
叔父が、部屋に僕の"絵"を
それは、叔父が死ぬ10年も前、つまり僕が彼と最後にちゃんと会った時に渡していた、イラスト付きのポストカードだった。
それを知った時、僕はもしかしたら、叔父が死んだと聞いた時よりもさらに
たった1枚の、それも小さなポストカード。そんなものを、叔父は死ぬまでずっと大切に、彼の目が届く場所に飾ってくれていた。
叔父の目は、病気のせいで
そしてそのせいで、彼はやがて仕事を辞め、その後はお世話になった人や地域への「恩返し」として
そんな人にとって、僕の絵はどれほどの価値を与えられていたのだろう。「連絡がないのは無事な
そんなはずは、なかった。
僕の頭に、胸に、叔父の姿が
すらっと背が高くて物静か。アパレルのお店を経営していて、自分から前に出る人ではなかったが、いつもオシャレで
僕は、叔父のお葬式を準備する母やいとこから聞いていた話を思い出した。
実は、
やるしかない。
僕は、気付けばパソコンの画面に向かっていた。
幸いにして――そう、それはむしろチャンスだった――継続して取り組まなければならない仕事など、当時の僕には無かった。
だから僕は取り急ぎ残っていた仕事を全て片付けると、
本当に全力だった。
まずは3DCGで叔父の
また、母やいとこらも僕に協力してくれた。彼女達は少ないながらも資料として叔父の写真を探しては送ってくれて、さらに叔父の――彼女達にとっては弟であり、父である人の話を聞かせてくれた。
言うまでもないが、全ての作業が順調に進んだわけでもなかった。
中には、写真では全く確認出来ず、その上どうしても記憶の中で思い出せない
もちろん、その他にも悩んだ部分はあった。
正直に言えば、今にして叔父の肖像画を見返すと、色々と未熟だなぁと感じる点は
だけど、そうやって考えられるようになったのも、
僕は作業中、何度も何度も「見えない天井」にぶつかった。パソコンの画面に現れた叔父の顔を見て、「僕を愛してくれていた叔父は、もっとずっと温かみがあって素敵な人だった」と思い知らされた。そしてその
そうして僕は、自分に何が出来るか考え、自分の技術を全て活用し、それでも足りなければ、さらにどうすれば良いかを
そうやって、僕だけでなく、母やいとこ、家族みんなにとっての"リアルな叔父"が完成した。
気付けば、僕は一ヶ月以上の間、ひたすら叔父と向き合っていた。
本当に無口で、だけどたった1枚の古いポストカードをいつまでも大切に飾ってくれるような心を持った叔父の姿が、画面の中で何も言わずに
完成した叔父の肖像画を渡した時、いとこらは「遺影の写真よりも"リアル"で、お父さんが蘇ったように思えた」と喜んでくれた。母も
僕はその時、機械のカメラではとらえきれない、彼女らが本物の叔父と実際に接して感じていた大切な"何か"を、ほんの少しくらいは表現出来たのだろうかと思って、ほっとした。そして何より、せめてわずかでも彼女達の悲しみや苦しみを
だからこそ、僕は「ありがとう」と言ってくれるいとこらに対して、僕の方こそ「ありがとう」と言いたくなった。
それに実際、叔父のおかげで僕のCG制作の技術が次の段階へ
本当に、改めて思う。
「見えない天井」は、きっとまだ
だけど同時に、本気で
そして僕は今日も、自分に言い聞かせながらパソコンに向かう。
「今はまだ、足りないこともあるだろう。しかし、努力を続ければ変えられるものは確かにある。だから諦めるな。勇気を持って
それこそが、もしかすると叔父が一枚のポストカードに
〈了〉
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