番外編 グラビアアイドル・ビギンズ


 竜斗君がアトリを旅立ってから、暫くの月日が経った。彼はすっかり人気ヒーローとして注目を集めており、彼女候補のあたしとしても鼻が高い。


 ――あたしを励ます為にヒーローになった。慶吾から聞いたその話が本当なら、その目的は必要以上に果たされている。彼という存在が皆に認められることこそが、あたしの悲願だったのだから。


 でも、そうやって与えられるだけの関係にはなりたくない。どうにかあたしも、彼と釣り合うような女になりたい。しかも噂では最近、上流階級のお嬢様が彼に熱烈なアプローチを仕掛けているとか。

 ……彼は些か優し過ぎるきらいがあるし、泣き落としなど使われたら1発で降参してしまいかねない。


 そうやって、悶々とした日々を送る中――あたしの視界に、あるニュースが留まった。


いい男ヒーローにはいい女アイドル!? 一流男女の熱愛が止まらない!』


 その見出しから始まった内容によれば。近頃、ヒーローとアイドルの恋愛報道が各所で頻発しているらしい。

 ――ヴィランの脅威が身近に潜むようになった昨今。ヒーローという市民に近しい位置にいる守り手は今、絶大な人気を博している。アイドルという上流の女子が、恋愛禁止に背いてでも捕まえたがるのも無理はない。


 だからこそ……不安になる。一般人のあたしでは、今の竜斗君には……永久に届かないのかも知れない。

 そんな不安が、絶え間なく脳裏を過ぎり――やがてあたしは、一つの決断を下す。


 竜斗君は元々、争い事を好むような性格ではない。望まない戦いをしなければならない、ということの方が多いのだろう。

 ――ならばあたしも、男嫌いの自分と戦おう。今までの自分を殴り飛ばして、「変身」しよう。胸を張って、彼と肩を並べて歩んでいく為に。


「たっ……たのもーう!」

「帰れ」

「んなーっ!?」


 その一心であたしは、とある事務所の門を叩き――速攻でつまみ出された。だが、諦めるわけには行かない。

 例えチビでもあたしは、「レイボーグ-GMジム」のオンナなのだから。


「こんなチビに構っていられ――いだだだ何しやがる!」

「黙れー! あたしをアイドルにしろー!」

「お、おい誰か来てくれ! ぶっちぎりでヤベーイ女が事務所の前に……あだだだ!」


 この後丸1週間、事務所の前で踏ん張ったあたしは――晴れて新人グラビアアイドル・乃木原佳音のぎはらかのんとして、新たな一歩を踏み出すに至る。


 ちょっと強引だったけど、これであたしもアイドルの端くれ! 待っててね竜斗君、あたしもすぐにビッグになって追い付――って、グラビアかいっ!?


 ◇


 ヴィランが徒党を組んで街に現れ、人を襲い。駆けつけてきた神嶋署の警官隊を蹴散らして行く。そして、満を持して登場したヒーローに成敗され、その事件は幕を下ろす。

 それは、この神嶋市にはありふれた日常の景色であり――春夏秋冬を問わず繰り返される超人同士の戦いが、今日も人々を賑わせていた。


「ハッ、警察のザルっぷりはいつ見ても傑作だなァ!」

「下等な人間風情が、ニュータント様に敵うかってのォ!」


 銀行強盗を働くヴィラン達を乗せた大型トラックが、弾かれるように現場から逃走していく。


「おのれぇっ、奴らを逃がすな! 撃てぇぇえっ!」

「ハッハハハ! そんな豆鉄砲がニュータントに通じるかってんだよォ!」


 その行く手を阻む警官隊が、怒号と共に発砲する――が、トラックから身を乗り出す異形の怪人達は、その身で弾丸全てを難なく受け止めてしまった。


「んなっ!? た、退避ぃぃい!」


 警官隊を率いる恰幅のいい警部は、転がるように道から飛び出ていく。街道を塞いでいた何台ものパトカーが、バリケードごとトラックに吹き飛ばされたのは、その直後だった。


「の、乃木原警部っ! バリケードがっ……!」

「ええい、何ということだっ! 市民を守らねばならない、我ら警官隊がっ……!」


 部下達の弱々しい声が、さらなる事態の悪化を告げている。丸々とした壮年の警部は、下品な笑い声を上げながら走り去っていくトラックを見送り――無線機を握り締め、地団駄を踏むばかりであった。


「くぅう……佳音を苦しめる奴らに対し、何も出来んとは……なんたるっ……!」


 そんな彼は懐にいつも、かけがえのない家族の写真を忍ばせている。そこに映る愛娘を、ヴィランによって傷付けられた過去を持つ彼は――「ニュータント犯罪撲滅」を目指して、日々奮闘しているのだが。

 超人的な能力を躊躇いなく生身の人間に向ける、凶人達が相手ではいかんせん分が悪い――というのが実情であった。


 こうしてヴィラン達を取り逃がしては、対策室の神威了にこってりと絞られ。その後は、元教え子で今は警視庁に属している浅倉茉莉奈あさくらまりなに慰めて貰う……というのが、彼の「日常」なのである。


「ぬっ……!?」

「警部、あれは……!」


 ――そして。いつも遅れて駆けつける、ヒーロー達に手柄を奪われるのも。彼の「日常」における、1ページなのであった。

 別の道路から颯爽と飛び込んできた、1台のバイク。そこには今、テレビでも話題になりつつある「期待の新星ニューヒーロー」が跨っていたのである。


 真紅のバイク「TM250F」に乗り、漆黒の半袖パーカーを靡かせながら走る、鋼鉄の銃士。大型トラックを追うその背は――警部の愛娘が大ファンだと言う、新進気鋭の改造人間サイボーグヒーローに間違いない。


「……あれが、『レイボーグ-GM』。通称『キャプテン・アーヴィング』、か……おのれぇ……!」


 娘を溺愛する父としては、如何にヒーローといえど気に食わないというのが本音であり。よりによって娘が夢中になっているヒーローに、手柄を横取りされてしまう……という展開は、「刑事」としても「父親」としても受け入れ難いものがあった。

 かと言って、不甲斐ない自分達に代わって治安を守っているヒーロー達を、悪し様に言うわけにも行かず。複雑な表情を露わに、警部は娘の想い人の背を見送るのだった。


「なんだぁアイツ! おい、後ろにヘンなのが付いてきて――!?」


 一方。トラックで逃走を続けるヴィラン達も、後方に迫るレイボーグ-GMのバイクに気付き始めていた。……だが、彼らが問題視していたのは。


「お、おい! 前見ろ前っ! なんだあの時代錯誤アナクロ野郎ッ――!」


 黒の制服に目深に被られた学帽。口元を隠す黒マスクに、手を覆うレーシンググローブ。そして、古風な雰囲気を漂わせる高下駄。

 そのような独特の風貌を持ち、トラックの正面で待ち構えていた、謎の伏兵ヒーローの方であった。


「――芯通し」


 黒マスクから漏れる、その呟きが響く瞬間。突き出された拳が、激しい衝撃音と共に――大型トラックと正面衝突する。

 やがて天を衝く轟音と共に、巨大な鉄塊が僅かに浮き上がった。一方、拳を突き出した黒尽くめのヒーローは――微動だにせず、その場に佇んでいる。


「どわぁあぁあっ!?」


 たった1発のパンチで、大型トラックを止められたヴィラン達は――その反動で、一斉に外へと投げ出されてしまった。車内から弧を描いて吹き飛ぶ悪漢達が、黒尽くめのヒーローの前に次々と墜落していく。


「て、てめぇ何もんだっ!?」

「……バンカラの帝王カイザー、バンカライザーだ。覚えておけ」

「バンカライザー? ……聞かねぇ名だな。へっ、てめぇみてぇなルーキーのヒーローなんざ、俺達で秒殺してや――!?」


 それでも自分達の能力に絶対の自信を持つ彼らは、「バンカライザー」と名乗る刺客に挑もうとする。


「ひぃいっ!?」


 だが――彼らの足元に熱光線が突き刺さり、アスファルトから白煙が立ち昇った時。ヴィラン達の士気は、一瞬のうちに消失してしまうのだった。


「――悪いけど、あまり動かないで貰えるかな。狙いが狂うと、僕も外してあげられない・・・・・・・・・

「は、はいぃ……」

「す、すみませんでしたぁあ……」


 トラックの車上に乗り、優位な頭上からヴィラン達の背を狙うレイボーグ-GM。その腕部に装備された高熱光線銃アームブースターの狙いが、自分達の急所を狙っていると悟り――先程まで威勢良く振舞っていた悪漢達は、瞬く間に戦意喪失。

 敢え無く御用、となるのであった。


「警部、やりましたね! 彼らのおかげで、事件も解決です!」

「……ふん! ワシはあんな奴、断じて認めんからな! あんな奴に佳音は絶対に……ブツブツ……」


 2人のヒーローの連携によって、今日も速やかに事件が解決される。そんな日々の光景を、ある種の「ショー」と見做している周囲の市民達は、見事な勝利を飾った彼らに賞賛の声を贈っていた。

 その歓声には、警官隊からのエールも含まれていたのだが――警部だけは、面白くなさそうに鼻を鳴らしている。


「……ん? なんじゃこのチラシ――んなぁあぁあッ!?」

「ど、どうしたんですか警部!?」


 その時。憮然としていた彼の眼前に、新聞のチラシが流れ着いてきた。風に運ばれたその1枚を、何気なく手にした瞬間――警部は突如、素っ頓狂な悲鳴を上げる。


「あの警官……さっきから何を騒いでいるのでしょうか。もしや、まだ他にヴィランが……?」

「そんな連絡は来てないんだけどな……ん? このチラシ――ふぁッ!?」


 一方。拘束したヴィラン達を警官隊に引き渡す中、彼の珍妙な叫びを耳にしたヒーロー達は、互いに顔を見合わせていた。

 レイボーグ-GMが、悲鳴の原因になった物と同じチラシを拾い――似たような反応を示したのは、その直後である。


「アーヴィングさん、そのチラシが何か?」

「えっ!? あ、い、いやそのっ、べっ、別に……」

「……?」


 いきなり変な声を漏らした仲間に、訝しげな眼差しを向けるバンカライザー。そんな彼から、咄嗟に背中へと隠したレイボーグ-GMの手には――「新進気鋭のグラビアアイドル」について取り上げたチラシが握られていた。


 ――この日。かつては平凡な女子高生だった乃木原佳音は、グラビアアイドルとしての大胆なスタートを切っていたのである。

 小柄でありながらも白く瑞々しい、Hカップの豊満な肢体は――経験の浅い男子を悶々とさせるには、十分過ぎる破壊力なのであった。


 ◇


 それからというもの。彼女の活動が気になって仕方がない「レイボーグ-GM」ことアーヴィング・J・竜斗は、毎日のようにコンビニの雑誌コーナーへと通うようになっていた。

 記事によれば、グラビアアイドルの先輩である駒門飛鳥こまかどあすかの妹分として、毎日楽しく仕事しているようだが――業界が業界なだけに、心配が尽きないのである。


「……アーヴィングさん。いけませんよ、ヒーローたるものが立ち読みなど」

「つ、つがい君!? いやあの、これは、そのっ……!」


 そして。その行為を、「バンカライザー」こと番長五郎つがいちょうごろうに咎められる――という流れも、すっかり彼の「日常」になってしまったのであった。

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