最終話 レイボーグ・アイデンティティ
――マクタコーポレーション神嶋市支社を襲った、鋼鉄のヴィラン。
その襲撃者から迅速に少女を救い、敵のアジトを撃滅したとして、ニューヒーロー「レイボーグ-GM」の名声は飛躍的に高まっていた。
その救出された少女というのが、天宮桃乃という絶世の美姫だったことが、「美談の演出」に一役買っていたのである。
しかもこの一件で、レイボーグ-GMには「デーモンブリード」のみならず、「神装刑事ジャスティス」や「キャプテン・コージ」、果ては「マイティ・ロウ」「プロヴィデンス」等といった、数々の著名なヒーローとの繋がりがあると発覚したため、その凄まじい人脈にも注目が集まったのだ。
確かな実績と人気を持つヒーロー達が、後ろ盾についている――そう解釈したメディアによって、レイボーグ-GMの存在はより広く報じられるようになり。
それに応じて、彼に対する懐疑的な声もなりを潜め、サイボーグ・ヒーローはその地位を確固たるものにしつつあった。
◇
――それから、約1週間。
神嶋記念病院での療養を経て、退院を明日に控えた天宮桃乃は――憧れの存在であるレイボーグ-GMとの面会を果たしていた。
未完成の試作品だという「
「ヴィラン対策室の方々から、おおよそのことはお聞きしました。私のために……ごめんなさい」
「ううん。僕の方こそ……あの時、すぐに助けてあげられなくって、ごめん」
「いえ、そんな……。私のために、とても苦しい戦いをされていたとか……」
「いやいや、盛り過ぎ盛り過ぎ。あんなの楽勝だよ、片手一本でも解決できたくらいさ!」
「そ、そうなのですか……?」
病院で目覚めた彼女には、辻間一誠に殴られ気絶した時からの記憶がない。そのため、口頭で大まかな経緯は説明されていたが――自分の前で繰り広げられていた死闘の全貌は、知らないままであった。
だが、それでいい。戦いの果てにある悲惨な結末を、繊細な少女に見せてしまうよりは。――過去の経験からそう慮った竜斗は、敢えて楽勝だったかのように振る舞う。
「……」
……だが。彼の装甲に残る傷跡を目にした桃乃には、分かっていた。それが、自分を安心させるための嘘だということを。
なぜなら自分達は、似た者同士なのだから。
そして、そこまで見抜いていたからこそ。その優しさに、自分が求めていた温もりを感じていたのである。
同じ苦悩を抱えながらも、こうして笑顔を向けて励ましてくれる彼に。機械と蔑まれても、なおヒーローとして市民に尽くす彼に。自分はどれほど、勇気付けられてきただろう。
――その想いを募らせる中で。彼女は、ゆっくりとヒーローの硬い手に触れる。
冷たい機械でしかないはずの、その手からは。奥底からじんじんと伝わる、ほのかな温もりが確かにあった。
この温もりに触れていられる時間も、もうすぐ終わってしまう。次にこうして、直に言葉を交わせるのもいつになるか。
そんな不安に駆り立てられた彼女は――焦りのままに、口走っていた。
「じゃあ……楽勝ついでに一つ、お願いしてもいいですか」
「ん?」
「素顔、見せてくださっ――」
そして、言ってしまってから。彼女は慌てて自分の口を覆い、押し黙ってしまった。
――いくらなんでも、それは無茶だろう。一体何を考えているんだ。
自分の中に芽生えていた小悪魔を、そう叱責し。今更になって言葉を飲み込んだ彼女は、「冗談です、冗談」と笑って流そうとする。
……が。レイボーグ-GMが、躊躇なく仮面を脱ぎ。アーヴィング・J・竜斗の貌を晒す方が、遥かに早かった。
「――ぁ、あ」
刹那。透き通るような、蒼い瞳と視線が重なり合い。
日々夢想していたものとは、比べ物にならない美貌を目にして。桃乃は瞬く間に見惚れ、甘い息を漏らしてしまった。
胸が先端から甘く痺れ、呼吸が乱れ、自然と瞳が潤んでしまう。下腹部までもが、妖しい熱を帯びていた。
――ただ、見つめ合っているだけなのに。
「……そろそろいいかな? あんまりホイホイ脱いでたら、神威さんに怒られちゃうし」
「ふぁっ!? は、はい! ごちそうさまでした!」
「ごちそうさま? ――えっと、お粗末様でした」
その動揺から、おかしな言葉を口走っていたのだが。竜斗は特に詮索することもなく、穏やかに微笑みつつ仮面を戻す。
そして仕事に戻るべく、パーカーを翻し席を立った。そろそろ、パトロールに戻らねばならない。
(……あの時、軽トラックを切り裂いた爪。まさか、あの人が……?)
――まだ、この街は平和ではないのだから。
「……あ、あの!」
「ん?」
「また……会えますか?」
そんな竜斗の挙動と神妙な雰囲気から、別れの時を感じ取った桃乃は声を上げる。そんな彼女に、口元を緩めながら。
若きレイボーグは穏やかに笑うと、この病室を後にするのだった。
「……もちろん。『皆』を守るのが、僕の
◇
その後。桃乃は無事に退院し、涙ぐむ紗和に迎えられながら、学園生活に復帰。それからも、男子生徒達からのアプローチは続いていた。
尤も……今回の事件で恐ろしい思いをした彼女を慰め、そこから関係を――という下心ありきの者が大半であり。本当に彼女を案じる者など、ほんの一握りだったのだが。
そんな中。彼女自身に、ある変化が生じていた。
男子達からの告白に対し、「テニス部に集中したいから」と断り続けていた彼女の決まり文句が、変わっていたのである。
――「好きな人がいるから」、と。
◇
「はぁ……」
「どしたの佳音ちゃん、ため息なんかついちゃって。……あ、竜斗がいなくなったから、勉強見てくれる人がいなくて大変だとか? 去年も慶吾君と佳音ちゃん、進級ギリギリだったもんねぇ」
――ある日の喫茶アトリ。
客足の少ない時間帯に、ぶらりと訪れていた乃木原佳音は……加倉井カオルの特製コーヒーを堪能しながら、ため息をついていた。
嬉しさと寂しさが同居した、その複雑な乙女の貌は――窓の外から見える景色を、ぼんやりと眺めている。店を代表するマスコットのクゥが、そんな彼女を心配そうに窓辺から見つめていた。
「違うよ、もぉ……。竜斗君……最近、すっごく人気になってるよね。今朝も学校で話題になってた。……すっごくすっごく、大変な目にも遭ってるって、聞いた」
「そうね……色々大変な事件にも当たってるみたいだし、確かにちょっと心配だけど……ヒーローって元々、そういうものよ。それに、皆が竜斗を認めるようになったのなら、それは佳音ちゃんが願ってた通りなんじゃない?」
「そうだけど……そうなんだけどね。やっぱり色々、不安なんだ」
――佳音はおもむろに、カウンターに新聞を広げる。そこには、レイボーグ-GMの激戦と活躍を報じる記事が一面に書かれていた。
「こんなに大変な思いをしてるなら……きっと、竜斗君も誰かの支えが必要になるんだと思う。でも……竜斗君、全然こっちに帰ってこないよね」
「あら。来月には有給が出るから、こっちにちょろっと帰ってくるとか前に言ってたでしょ?」
「うん……だけど、それまでは竜斗君、独りぼっちだよね。もし、それまで耐えられるっていうんだったら……竜斗君、もう、向こうで……」
あれから竜斗は、毎日戦いばかりで全くアトリに帰ってきていない。
来月になればようやく、有給で帰って来れるらしいが……佳音としては、その1ヶ月が不安で仕方ないのだ。
ヒーローとして人気が出るということは、それだけ困難な敵にもぶつかってきたということ。なら、彼はそれほどまでに過酷な環境に晒されていることになる。
如何にヒーローといえど、結局は力があるだけの人間。誰かの支えがなければ、戦い続けることなどできない。
――だが、竜斗は今日に至るまで、全くここに帰って来なかった。なら、彼にとっての支えは、ここにはないということではないのか。
もしかしたら……遠い東京にいる自分などより、身近にいるであろう「神嶋市の女性」に寄り掛かっているのではないか。
そんな不安が、頭にこびりついて離れないのだ。
しかも竜斗がいなくなったのをいいことに、最近はクラスの男子達がここぞとばかりに言い寄って来る。厭らしい視線を、彼女の肢体に注ぎ込んで。
尤も……彼らが佳音に触れようとする前に、校内一の腕っ節と恐れられている慶吾が、睨みを利かせているのだが。
――確かに竜斗は、いつか必ず帰ると言ってくれた。だが、向こうで恋人は作らない……などとは一言も言っていない。
佳音自身も、そこまで自分の気持ちを押し付けることは出来なかった。
彼が、ヒーローとして人気を得ているのは嬉しい。皆が彼を好きになってくれているのは、嬉しい。
だが、やはり怖い。
その結果、竜斗が遠くに行ってしまうのでは……と。
そんな彼女の胸中を、表情から察したカオルは。ふっと笑い、新聞の写真を指差す。そこには、トレードマークである黒い半袖パーカーを羽織った、レイボーグ-GMの勇姿が映されていた。
「……ね、佳音ちゃん。何で竜斗が今でも、このパーカーを羽織ってると思う?」
「えっ? お、お気に入り……だから?」
「そうね、それもあるわ。でも、それだけじゃないの。……あなたが19歳の誕生日にくれた、宝物だからよ」
カオルには、わかっているのだ。彼がいつも装甲強化服の上に、わざわざパーカーを羽織っている意味を。
「あの子はね、佳音ちゃんが本当に大事なの。佳音ちゃんを励ましたくて、ホントにヒーローになっちゃうくらいに」
「……」
「だから何より、あなたに伝えたいのよ。どこで、どんなことをしていたって、僕は僕のまま。君が知らないような、遠い僕にはならない――ってね」
「……!」
「あの子は口下手だから、昔と変わらない服を着続ける……なんて、回りくどいことやってるわけだけど。あの子なりに真剣なのよ、許してあげてね?」
その意味を語り、カオルは微笑を浮かべて背を向ける。少女のくりっとした瞳から、ぽろぽろと溢れる涙を、見ないでいてあげるために。
「カオルさんっ……あたし、頑張る。あたしも竜斗君に負けないくらい、竜斗君に相応しいくらいっ……!」
「……えぇ、そうね」
嗚咽交じりの佳音の決意を耳にして、カオルは背を向けたまま口元を緩めていた。
――遠くの地で暮らす恋人がいる彼女には、痛いほど分かるのだ。佳音の、苦しみは。
(そう……例え、どこでどんなことがあっても。あなたの
そして、それほどまでに、我が子が愛されていることを喜びながら。カオルはふと、顔を上げて――壁に貼った新聞の切り抜きを眺めるのだった。
◇
「そういえばあの子……もし誰かと結婚できた時は、たくさん子供が欲しいって言ってたわね。……頑張りなさい」
「ぶほ!? りゅ、りゅっ、竜斗君のえっち!」
◇
静寂に包まれた薄暗い一室。
その中で四角い輝きを放つ、1台のコンピュータと向き合いながら――神威了は携帯を耳に当て、渋い表情を浮かべていた。
「――
通話を続ける彼は、デスクに置かれていたファイルを開き――対策室に齎された、「
「
その内の1ページには――両肩に砲台を乗せた、武骨な重鎧の内部構造が載せられている。隣のページには、ボンネット部に十字の意匠を刻んだ車の図解も記されていた。
「……えぇ、
次のページは、体内に指向性エネルギーを循環させた
「こちらで回収した例の『
それだけではなく――V字型バイザーを備えた重装甲型の姿も、詳しく図解されている。
「……そうですね。霧島博士も神頭博士も、蛮田紀世彦も……。いえ、神頭博士と蛮田紀世彦の行為は、この計画の意義を脅かすものでした。彼らの死は、ある意味では必然だったのかも知れません」
――そこから、さらにページを捲る瞬間。了は眉を顰め、苦々しい面持ちに変わる。
「……えぇ、はい。わかっております。まだ、終わりではありません。最も厄介な手合いが、最後に残ってしまいました」
意を決するように、ページを捲った先には――堅牢な重鎧と、その丈を超える大剣の構造が記されていた。隣のページには、ニーラータイプのサイドカーの図解が細やかに書かれている。
そのページを眺める了の眼差しは、敵を見据えているかのように鋭い。
「この男も、蛮田紀世彦と同様に危険な存在です。自分の力と権威のために、家族すらも矢面に立たせようとしています。……到底、この超人計画に居座らせていい人間ではない」
暫しの間、そのページを見つめていた了は――やがて見るに堪えないと言わんばかりに、ファイルを閉じてしまった。
そのままファイルを棚に押し込むと、彼はコンピュータに再び視線を向ける。
「……えぇ。すでに例の設計図は、私の手引きで回収済みです。今は
その画面には――先ほどのページに描かれていたものと同じ姿形の重戦士が、大剣を振るいヴィラン達と戦う様子が映されている。
メタリックブルーの重鎧。鋭いトサカを備えたフルフェイスの仮面。赤く発光する鋭利な両眼に、白銀の刃を持つ巨大な両手剣。その盛り上がった両肩のアーマーは、さながらアメフト選手のようだ。
『うちの生徒に手を出したんだ、堪忍な』
『てめぇ、なんなんだ……! 「
『ふーん……下部組織の中で最強、って言われてもなぁ』
『テメェ――ごッ!?』
『ま、あんたらがどこの誰だろうと……うちの生徒にちょっかい掛けたヴィランには違いない。俺があんたらを潰す理由なら、それだけで足りてるのさ』
再生中の記録映像の中で、重戦士は巧みに大剣を操りながらヴィラン達をねじ伏せている。軽薄な言葉遣いに反して、その戦い振りは豪快にして苛烈であった。
――その戦いを映した動画を、了は神妙に眺めている。先ほどまで忌々しげに睨みつけていた鎧と同じ姿なのに、映像を見つめる了の瞳に苛立ちの色はない。
「……はい、その点は心配ありません。ただ、あのスーツの変形機構は非常に高コストで、量産化に向いているとは言い難いのが現状です。アーマーをパージした軽装形態のみをモデルとし、変形機構をオミットするべきかと」
だが。通話を続けるうちに、再び表情が険しいものに変わっていく。
「……そうですね、その通りです。
忌むべきもののように、その名を吐き捨てると。了は重戦士の活躍を映したコンピュータの画面に、視線を向けながら――通話を締め括る。
「……えぇ、えぇ。無論、我々もそのつもりです。ニュータントに屈することのない、美しい国を築くため――我々は一刻も早く、『菌に頼らぬ超人』を完成させねばならない。その一翼を担う『ハバキリ計画』のためにも、粉骨砕身の覚悟を以て、今後の任務を遂行致します」
そして、次の一言を最後に。
この通話を、終わりにするのだった。
「それでは、私はこれで――
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