第4話 水と油の10勇士
天を衝くかの如き巨躯。その圧倒的な迫力を誇るフォートレス・ニュータントの巨影が、竜斗達を覆い隠してしまう。
「……超人計画に端を発する最終兵器が、ニュータントと名のつく要塞とはな。なんとも皮肉な話だ」
その名を呟く了は、苦虫を噛み潰した表情で巨獣の凶眼を仰いだ。
――神装刑事ジャスティス。
それは、ニュートラルに感染したバックルを使用することで変身し、
そう、このフォートレス・ニュータントも同様の機構で動いているのだ。使用者は蛮田紀世彦。バックル役は天宮桃乃。そしてフィルター役が、この巨獣のボディ。
フォートレス・ニュータントの正体は、レイボーグとジャスティスの設計思想を掛け合わせて誕生した、超科学の
「来るぞッ!」
その力を、この場で示すように。フォートレス・ニュータントは研究所の中であるにも拘らず、一切の躊躇もなしにレーザー掃射を仕掛けてきた。
無数の眩い閃光が地を切り裂き、竜斗達を細切れにしようとする。了が合図した瞬間、3人は一斉に散開して難を逃れた。
「竜斗ッ!」
「はいッ!」
邪魔なヒーロー達を滅するべく、フォートレス・ニュータントは全身に搭載された銃砲火器を容赦なく撃ち放つ。爆音と銃声が轟く戦場と化した、この空間の中で――竜斗と進太郎は、同時に左右へ飛び出した。
そして、フォートレス・ニュータントを挟み撃ちにする体勢から、一気に全力射撃を仕掛ける。クロスチョップの姿勢から放つ闇の光線と、アームブースターから放つ熱線が、同時に命中した。
「なッ!? ――あぐッ!」
「竜斗ッ! ぐぅッ!」
――が、巨獣の装甲には傷ひとつ入らない。反撃のミサイル射撃を浴びながら、竜斗達は追撃を断念して退散する。すでに竜斗の盾は、ボロボロだ。
『シュートモード』
すると、彼らの後方から電子音声が鳴り響き。そこから、赤い十字のラインが入った純白の光線銃を握る、ジャスティスが飛び込んで来る。
彼は軽やかな身のこなしでレーザー掃射を掻い潜ると、その銃口にレーザービームを撃ち込んで行った。内部機構を撃たれ、誘爆を起こした敵方の砲身から、激しく火の手が上がる。
「効いた!?」
「いくら装甲が強靭であろうと、銃火器という爆薬を積んだデカい的には変わりない。――いいか2人とも、絶対に敗れない不沈艦などあり得んのだ。人の手で造られたものなら、必ず人の手で壊せる」
次々と、フォートレス・ニュータントの体内で誘爆が起きていく。ようやくそれが止んだ時には、その巨躯の動きはかなり鈍っていた。
これなら、押し切れる。そう思い立った竜斗が、さらに大きな誘爆を狙おうとミサイルランチャーの発射口をねらった――その時。
「待て!」
「えっ……!?」
先ほど、レーザー砲を破壊し誘爆ダメージを与えていた了が、竜斗の右腕を掴み射撃を中断させた。
その意図が読めず、竜斗が眼を見開いた瞬間――彼の視界に、腹部に取り込まれた天宮桃乃の姿が映る。
最大の誘爆を狙えるミサイルランチャーの近くにある、真紅のカプセル。このまま撃てば、どうなるか……分からない彼ではない。
「……! こ、これじゃあ……ぐわぁっ!?」
「竜斗君ッ!」
「竜斗ッ!」
――その一瞬の躊躇が、致命的な隙となっていた。こちらに迫ってきた巨大な掌をかわしきれず……竜斗は、フォートレス・ニュータントに鷲掴みにされてしまう。
そして、了や進太郎が彼を引き離そうとするより速く、巨獣の銃砲が竜斗を狙った――その瞬間。
「――
全てを穿つ、荷電粒子砲の一閃が、彼らの視界を横切った。
竜斗の
その一撃を浴びても、巨獣の装甲に傷が入ることはなかった。
しかし急所に痛烈な衝撃を浴び、「頭脳」に当たる蛮田紀世彦の体が激しく揺さぶられたことで、巨獣の手元にも狂いが生じていた。
フォートレス・ニュータントの掌から滑り落ちる竜斗。そんな「弟」に肩を貸しながら、軽やかに着地した茶髪の美男子は――紫紺のマッスルスーツを纏い、この戦場に降臨する。
「……あな、たは……!」
「こうして会うのは久しいな、弟よ。――そう! 我は神の代行人! 神罰の執行人! 神に代わって剣を振るう我が名は『キャプテン・コージ』!」
彼の名はキャプテン・コージ。そう、レイボーグ計画の
彼はヒーローとして成長しつつある「弟」を誇らしげに見つめた後――大仰な名乗り口上と共に、逞しい背を彼に向け……巨獣に向けて拳を構える。
まるで「兄」として、いいところを見せようとするかのように。
「キャプテン・コージ……なぜ貴様がこんなところに」
「……フン、神装刑事ジャスティスか。貴様、まだ生きておったのか」
「その減らず口を聞く限り、どうやら幻ではなさそうだな。……対策室から救援でも頼まれたか」
「フッ、ご名答。なにせ今回は、かなり厄介な相手らしいからな。奴らのことを調べていた貴様の部下共も、随分と心配していたぞ」
「ちっ……あいつら、余計なマネを。よりによって、この男を寄越すとは」
その一方で、了に対しては第一声から憎まれ口を叩き合っている。どうやら、了とは好ましい関係ではないらしい。
「生憎だったな。対策室の要請に応じて駆け付けてきたのは、私だけではない。……あの未完成の『新装備』だけでは、心許なかろう?」
「なに?」
「泣いて喜べ、下賎な人間。哀れな貴様らのために、この私が忠実なる下僕を率いて――ぼべらァッ!?」
――すると。了や進太郎に向けて尊大な態度を取っていたキャプテン・コージが、いきなり後方から来た車に追突され、紙切れの如く吹っ飛ばされてしまった。
彼の上半身は研究所の壁に突き刺さり、下半身がジタバタともがいている。その惨状を目の当たりにした竜斗と進太郎が、慌てて彼の両足を引っ張り、しゅぽんと引き抜いた後。
「誰が下僕だ、誰が。寝言もいい加減にしやがれよ」
「珍しく同意見だ。私をこのような連中と一緒にするな、阿呆が」
「言い草がアホ過ぎて、酔いが覚めるところだったぜ」
「3人とも厳しいこと言うなぁ……。まぁ、言いたいことは分かるけど」
「しかし……これはまた、とんでもないヴィランが出てきたな。20mはありますよ、アレ」
彼を後ろから跳ね飛ばした、漆黒のオープンカー。
禍々しい装飾を持つ、その車――「マシンヴラドロン」に乗っている5人のヒーローが、心底呆れたように呟いていた。
翡翠色の重鎧と、白十字の意匠を持つ鉄仮面。そして右肩に乗せられた、1門の細長い砲台。そんな重装備に全身を固めた――「キュアセイダー3号」。
純白のタイツスーツと覆面、そしてマント。「正義」という概念を全身で顕わした、しなやかで筋肉質な肉体を持つ法の守護神――「マイティ・ロウ」。
赤と青のツートンカラーのボディーに、シルバーのライン。フルフェイス型の頭部に輝く、三つの瞳を持った人造人間――「マジンダー01」。
緑を基調とするマーブル模様に彩られた、龍人の拳士――冥帝シュランケン。
そして――緑色に輝く眼を持ち、鋭い爪と頑強なプロテクターを備えた鎧の戦士。
ヴラドロンの車上から、冷ややかな視線をぶつけてくる彼ら5人に対し、キャプテン・コージは眉を吊り上げイキリ立つ。
「……貴様らぁあ! 神に代わり天啓を授けたこの私に向かって、なんたる仕打ち! 許すまじ!」
「何が天啓だバカ。俺らに仕事振ってきただけだろうが」
「文句があるなら神を詐称した罪で、今から貴様を罰してやろうか?」
「うぃっ……とォ。まぁまぁ、その辺にしときな。これ以上内輪揉めしてちゃあ、悪酔いしそうだぜ」
「ですね、そんな場合じゃなさそうですし」
「まぁ僕としては、もう少し慎みを持って振舞って欲しいかな。ほら、僕らの『弟』の教育にもよくないし……ね?」
「ぬぐぐ……やはり貴様らなど呼ぶべきではなかったわ! 後で覚えていろ!」
「いや物覚えが悪くってなー、最近」
「貴様のことなど、いちいち覚えておれん。法の守護神はそのような暇人などとは違う」
「僕の
「ぬぅぅうぅん!」
だが、ぷりぷりと怒る彼の罵倒には、今ひとつ気迫がない。そんな彼をシカトしつつ、キュアセイダー3号とマジンダー01は竜斗に視線を向ける。
「よっ、
「まだ戦えるかい?」
「皆さん、もしかして僕らのために……!?」
「こっちの白い石頭は、単に犯罪者を見過ごせないってだけの理由らしいがな。あとは……」
「……手伝えば今夜は貴様が奢る、という話だからな。言っておくが契約不履行の場合、相応の損害賠償を請求させて貰うぞ」
「いちいちうるせぇなお前は。……ま、都合のいいように解釈してくれや。こっちもさっさと仕事済ませて、バーで一杯やりたい気分でよ。早いとこ片付けて、お暇しようぜ?」
「人造人間の僕としても、あの醜悪な機械獣は見るに堪えなくてね。……協力させて貰えるかな?」
「……はい! 皆さんの力、お借りしますッ!」
これで、役者は揃った。
キュアセイダー3号、マイティ・ロウ、マジンダー01、シュランケン、鎧の戦士の5人はヴラドロンから飛び降り、キャプテン・コージと共に竜斗達の戦列に加わる。
――そんな中、キュアセイダー3号は了の隣に立ち、そっと耳打ちした。
「……聞いての通りだ、神威。ここはお前が、日頃の感謝を込めて奢るところだぜ?」
「……結局それが狙いか」
「たりめぇだろ。
「フン……せいぜい後ろから刺されんよう、相応の働きを見せることだな」
「うっへ怖ぇ」
そうして軽口を叩き合う彼らのそばで、竜斗と進太郎は頷き合い――共に巨獣を見据える。シュランケンと鎧の戦士も、そこへ駆け寄ってきた。
テレビでしか見られないような、著名なヒーロー達が続々と参戦して来る光景に、竜斗は思わず息を飲む。
「よう、新顔。俺達も手を貸すぜ。……こんな酔いが覚めちまうようなデカブツが相手なんだ、頭数は多い方がいいだろ」
「進太郎君、行こう。俺達なら、やれるはずだ」
「
「はいッ!」
やがて、彼らの声が轟く瞬間。
「――オイオイ。こんな大怪獣が相手だってのに、頭数が一桁なのは寂しいんじゃねぇか?」
重々しく、そして力強い声が彼らの背後から響き渡る。
それに反応して振り返った9人の眼前には――純白のコスチュームとマントを靡かせ、口元を覆うマスクを装着した、屈強なヒーローが佇んでいた。
その人物とは誰もが初対面だが……彼が何者なのかを、知らない者はこの場にいない。
彼こそは、過去にいくつもの危難を切り払ってきた、伝説的ヒーロー……「プロヴィデンス」なのだから。
「あなたは……!」
「……おぉう、マジか。カンダ綜合警備保障の社長様直々の出陣かよ」
「三度の飯より独断専行が大好きなキャプテン・コージの小僧が、やたら同業者達を掻き集めていると聞いてな。何事かと思って探りを入れてみれば……この有様ってわけだ。政府主導の『超人計画』から、随分とケッタイな化物が出来上がったもんだな。えぇ? 対策室のジャスティスさんよ」
「……返す言葉もありません。しかし今は奴を無力化し、天宮桃乃嬢を救出することが先決。……お力添えをお願い致します」
「初めからそのつもりで来てんだよ、こっちは。逆に何の用件でわざわざ、懐かしいカッコしてると思ってやがる」
かつては生ける伝説として名を馳せた豪傑であり、今はカンダ綜合警備保障の代表取締役。それほどのキャリアを持つ古強者はマントを翻すと、ルーキーである竜斗の隣に立つ。
「……それにこっちはな、可愛い息子が捻くれちまって傷心してるとこなんだ。これ以上、若いモンの芽を摘ませるわけには行かねぇんだよ」
「……?」
「ま、そういうこった。デビュー早々に悪いな新人、ちょっとおじさんも混ぜてくれや!」
「あっ……は、はい!」
その尋常ならざる気迫に、竜斗が息を飲む瞬間。生ける伝説はマントを靡かせ、高らかに宣戦を布告する。
「……さぁ、始めようぜ。どデカい怪獣退治をな!」
――かくして。仲が良いとは言い難い、水と油の10勇士が決戦に突入した。
フォートレス・ニュータントの銃砲火器が唸り、10人のヒーローに襲い掛かる。ミサイル、榴弾、レーザー、機関銃。
その殺意の濁流を掻い潜り、男達はこの戦場を駆け巡る。弾が何発、体をかすめても。彼らの足は決して、止まらない。
「抑えるぞ!」
「あぁッ!」
「言われるまでもないわッ!」
――すでに、勝算ならあるからだ。
了、進太郎、そしてキャプテン・コージの3人は、一斉に巨獣の顔面に光線を叩き込む。闇の光線とシュートモード、そして神極光という三つの閃光が、フォートレス・ニュータントに炸裂した。
やはり装甲を破るには至らないが――自律神経を司る頭部を攻められ、内部にいる蛮田紀世彦は衝撃でコントロールを乱していた。
だが、それでも自分に接近してくる竜斗を見失ってはいない。巨獣は鋼鉄の拳を振るいながら、深紅の凶眼を光らせ――大顎から火炎放射を放とうとする。
「アクセル! ジェット! ――デッド・エンドッ!」
だが、マジンダー01の対処の方が遥かに速い。彼は踵からローラーを出すと、肩甲骨の装甲を展開させ――ジェット噴射で助走を付けて、大ジャンプ。そこから電光を纏った両拳を突き出し、巨獣の剛腕を跳ね返す。
竜斗を狙った巨獣の鉄拳は、オリハルコン製のメタリックボディにより阻まれてしまうのだった。
――だが、巨獣はもう片方の腕でマジンダー01を叩き潰そうとする。それを阻止すべく、鎧の戦士――
「ハァアァアッ!」
振り下ろされた巨大な腕を、鋭いつま先を備えた脚による飛び蹴りで迎え撃つ。金属同士がぶつかり合うような衝撃音が鳴り響き、巨獣の腕を静止させた。
だが、その牽制は僅か一瞬。巨獣は目障りな者達から先に潰そうと、マジンダー01と伴に狙いを定め、巨大な両拳をハンマーナックルの要領で振り下ろした。
――そこへ、滑るように潜り込んで来たシュランケンが、流れるように地面に寝そべる。
「
刹那。ブレイクダンスのような動きで、ハンマーナックルの鉄拳を真下から蹴りつける。幾度も、幾度も。
その機関銃の如き連撃を浴びて、巨獣の両拳が浮き上がり、その山のような上体が仰け反ってしまった。
邪魔者達を幾ら叩き潰そうとしても、その都度弾かれてしまう。そんな状況に業を煮やしてか、巨獣は竜斗もろとも彼らを火炎放射で焼き払おうとした。
「若人達よ、伏せるがいいッ!」
――だが、黙ってそれを見届けるプロヴィデンスではない。彼は巨獣と視線が合う高度まで跳び上がり、真正面から右の拳を突き出した。
「ゴッドハァァァアウルッ!」
次の瞬間。プロヴィデンスの正拳から放たれた波紋が、一条の閃光となり――巨獣の顔面を打ち抜いた。
あまりの衝撃に巨獣は大きく仰け反り、今にも倒れそうになる。
――数多の危機を吹き飛ばして来た、プロヴィデンスの必殺技「
それが彼らの作戦――の、一端なのだ。
しかし。
その計画通りに、伝説的ヒーローの一撃を浴びた巨獣は、堪らず後ろへ倒れ――なかった。
巨獣のコアとして使役されている、天宮桃乃への影響。それを危惧していたプロヴィデンスは、本気で波紋を撃ち込むことが出来なかったのだ。もし全力の「神吼」を叩き込んでいれば今頃、巨獣もろともこの研究所が崩壊している。
巨獣は仰け反った姿勢から、ゆっくりと上体を起こし――中断させられていた全力の火炎放射を、再開しようとする。だが、それはヒーロー側も織り込み済であった。
「ちッ、やはり倒れんか……下の連中! 出番が来たぞッ!」
手加減しての「神吼」では、この巨獣は倒せない。その結果が出た瞬間、上空のプロヴィデンスと下にいるマジンダー達は、火炎放射を避けるように散開する。
だが、竜斗の突進は止まらない。この事態に備え、すでに第2陣が動き出していたからだ。
「――【
憎き
竜斗の前に飛び出たマイティ・ロウが両手を翳し――まるで見えない壁を作り出したかのように、火炎放射を遮断してしまう。
――マイティ・ロウの特殊能力【絶対神判】とは。自身が「敵」と判断したニュータントの能力を、封殺してしまう力なのだ。
フォートレス・ニュータントの放つ火器のほとんどは、エナジー・ニュータント――天宮桃乃の力を介して機能している。つまり、ニュートラルありきの武器である火炎放射は、彼の
「――ほら、
「黙ってろ石頭」
さらに。マイティ・ロウの背後に潜んでいたキュアセイダー3号が現れ――右肩に搭載している砲台を、マイティ・ロウの肩に乗せる。
そして砲撃姿勢を安定させ、巨獣の腹部にある赤いカプセルを狙い撃つのだった。
彼が持っている「白血弾」には、ニュートラルを感染者の体から切除する能力がある。その砲弾を浴びた天宮桃乃は――瞬く間に、エナジー・ニュータントの力を喪失してしまった。
「お膳立てはしてやったぜ、新兵! 急ぎな、お姫様が待ってる!」
「はいッ!」
急激に力を失い、大きくよろける巨体。このまま倒れてしまえば、まだ中にいる天宮桃乃は確実に圧死する。
その前に、腹部に飛びついた竜斗は彼女の体を引っ張り出し――フォートレス・ニュータントの巨体から飛び退いた。
「倒れるぞ! 全員退避だッ!」
動力源を失い、バランスが崩れた巨獣の体は――天を衝く巨大な鉄塊と化し。そのまま前のめりに倒れようとしていた。
その衝撃は、計り知れない。了の合図に合わせ、ヒーロー達は蜘蛛の子を散らすように巨獣から離れていく。
だが――最も巨獣の近くにいた竜斗は、かなり苦しい位置にいた。桃乃の体を抱えながら全力疾走する彼の頭上を、巨獣の影が覆い隠そうとしている。
「竜斗走れッ! あと少しだッ!」
進太郎の叫びに頷き、竜斗はレイボーグの膂力に物を言わせてひた走る。そして、なんとかギリギリで下敷きを免れようとした――その時。
『ユル、サン……キ、サマ、ダケハッ!』
蛮田紀世彦の怨嗟の叫びが、この研究所に木霊する。鉄と鉄が擦れ合う、歪な音と共に――巨獣の大顎が、再び開かれた。
「なッ!」
「あやつ、まだ……!」
最後の力を振り絞り、背後から竜斗を焼き尽くそうというのだ。
動力源を失い、その分を己の命で補いながら、なおも戦いを続けようとする。そんな蛮田紀世彦の執念に、了とキャプテン・コージが瞠目した。
――このまま火炎放射を背に浴びれば、間違いなくタダでは済まない。
それでもレイボーグである竜斗のボディなら、あるいは耐えられるかも知れないが……白血弾を浴び、生身の人間となった天宮桃乃は、間違いなく黒焦げの焼死体となる。
そして、竜斗1人が盾となって彼女を守るには、背後に迫る大顎はあまりにも巨大過ぎる。
(……誓ったんだ、あの日! もう、もう誰も泣かせないってッ!)
このままでは、桃乃は確実に助からない。彼女を守り抜き、この窮地を脱する策は、ないのか。
「――竜斗君、これを使えッ!」
そう竜斗が逡巡する瞬間――了の声が響き渡る。
それに反応した彼が、咄嗟に顔を上げた先には……あの「新装備」が入っているというトランクを開く、ジャスティスの姿があった。
刹那。トランクの中身――ライトグリーンの装甲パーツが、ジェット噴射と共に勢いよく飛び出して来る。一瞬にして箱の中から飛来してきた、その部品の群れが――凄まじい勢いで竜斗の全身に装着されて行った。
従来の装甲強化服をパーカーごと覆い隠すように、二重に装着されたライトグリーンの強化外骨格。
『
重厚な外観を持つその姿へと変貌し、装着完了を報せる電子音声が流れるまでには――3秒も掛かっていない。
逞しいライトグリーンの重鎧姿。鋭利に尖った両肩のアーマー。蒼いV字型バイザーと鋭いトサカを備えた、フルフェイスの鉄仮面。それら全てが、従来のレイボーグとは大きく異なる印象を与えていた。
――これが、間阿瀬浩司が僅かに持ち帰った神頭武蔵の資料を元に、神威了が完成させた対策室の新装備。
重装甲型メーサー駆動式改造人間「
「これは……!」
「竜斗君ッ! アームブースターの出力を限界まで引き出せる、そのスーツなら――奴を
「……! はいッ!」
――体内に循環している自身のエネルギーを一気に使い果たせば、身動き一つ取れなくなる上に、ボディが出力に耐え切れず自壊する可能性がある。
それを避けるため、今まで使っていた「
そのセーフティを無力化した上で、内部の循環エネルギーからボディを保護する、この重装甲を纏えば――レイボーグのボディに秘められている全エネルギーを、自壊を恐れず瞬間的に全解放できるのだ。
――セーフティが機能していては倒せない強敵を、一撃で葬るために。
「……おぉぉおぉッ!」
竜斗は雄叫びと共に、桃乃の肢体を左腕に抱き抱えながら。右腕に装着された新兵器――大口径アームブースターを翳す。
刹那。彼の全身から白い蒸気が噴き上がり、V字型バイザーが激しく発光し始めた。
「発光した!?」
「……来るぞ! 全員伏せろォッ!」
その異変に進太郎が目を剥く瞬間。レイボーグ-JEGUNの真価を知る了は、切迫した声色で全員に指示を送る。
――そして。
大口径アームブースターの銃口から、遥か彼方まで。
「……見せてやるッ! 僕達皆の、マイブレンドッ!」
地平線に届こうかというほどの、果てしない刃渡りを持つ、熱閃の「剣」が顕われた。
「――
ライトグリーンの鉄腕を振るい。その「剣」を、振り向きざまに薙ぎ払う竜斗の太刀筋が。
この広大な研究所の壁を切り裂き、巨獣の顔面を横薙ぎに弾いた。火炎放射は空を焼き、仇敵に届かずに終わる。
――そして、互いの力を使い果たした竜斗と、巨獣は。同時に倒れ伏し、この戦いに幕を下ろすのだった。
「……ヒュウ、あぶねーあぶねー。俺らまで巻き添えで真っ二つになるところだったぜ。大人しい顔して、エゲツねぇ武器持ってやがる」
「
「……おっとぉ。そんな悠長なこと言ってる場合じゃないぜ、こりゃあ!」
そうして結局、一度も敵の装甲を破れないまま決着がついたことに、了が嘆息する一方。
――先ほど、竜斗が研究所の壁を横一閃に切り裂いたせいで。あらゆる箇所から、海水が濁流のように溢れ出していた。
ここは海底トンネルの遥か下。急いで脱出せねば、全員魚の餌となる。ヒーロー達は一目散にヴラドロンに駆け寄り、脱出の準備を始めた。
「全員脱出するぞ! あの悪趣味な車に乗り込め!」
「ちょっ……誰だ今ヴラドロンの悪口言った奴!」
「狭いなぁ……本当に全員乗れるの? コレ」
「オイオイ、ウチのヒラ社員よりひでぇクルマ乗ってんなぁ。給料安いのか?」
「いたた! ちょ、大五郎さんあまり押さないで!」
「んおぉ、悪いな伴君。なにせ狭くってよぉ」
「……本来ならば車両に応じた人数ではないが、こうしたケースの場合は緊急避難が適用される。つべこべ言わず、死にたくなくばさっさと乗れ阿呆共」
「フッフッフッ……さすが我が弟。なかなか味な技を使うではないか!」
「喜んでる場合かバカ! ――竜斗、急ぐぞ! しっかり掴まれッ!」
「は……は、い……」
やがて蛮勇の群れはぎゃあぎゃあと騒ぎながら、人数オーバーのヴラドロンに乗り込み、全速力で来た道を引き返していく。
(……蛮田博士。これが今の……僕の、「アイデンティティ」です)
――死闘に敗れた科学の
そうして沈み行く彼らの姿を、竜斗は車上から静かに見送っていた。……もはや、彼ら3人を救える道など、ないのだから。
「この程度では間に合わんぞ、もっと飛ばせッ! 奢って欲しくば根性を見せろッ!」
「コイツが壊れるのは一向に構わんが、私はここで朽ちるわけにはいかん。さっさと抜けろ無法者」
「しかしホント悪趣味だなこの車……
「だな。
「全くだ、ドライバーの気が知れん。今度、神の代行者たる私の手でスタァイリッシュに造り変えてやろうか」
「あなたのセンスは正直不安ですけど、まだマシですね。ある意味
「うぁ〜……んなことより酷ぇ揺れだなコレ。明日は二日酔いじゃ済まねぇなこりゃ」
「近頃のヒーローは、こんなガラクタに乗らにゃならんほど金がないのか。……若者の懐事情ってのは、いつの時代も辛いもんだぜ。なぁ新人?」
「えっ!? え、えーと、ぼ、僕は……これはこれで、かっこいいと思いますよ……たぶん」
「だぁぁもぅ! てめぇらぁあ! 後で全員に整備費用請求すっからなぁぁあ!」
激しい浸水に飲み込まれ、海の藻屑と消え行くマリオノイド研究所。その跡地を背にして、キュアセイダー3号の慟哭が反響する。
――やがて、彼ら10人と天宮桃乃は。
差し込む光明から外界へと投げ出され、待ち構えていたマスコミのフラッシュに晒されるのだが。それはまた、別の話である。
◇
現場に詰めかける、無数の報道陣。その混沌とした人集りに紛れて、黒髪を腰まで伸ばした1人の男が、10人のヒーロー達を見つめていた。
鋭利な眼差しで彼らを見つめるその男は、やがて長髪を靡かせながら踵を返して――再び、闇の中へと消えて行く。
「……ま、そうだろうよ。てめぇを倒すのは、この俺と決まってんだからな」
――アームブースターの熱線で胸を貫かれても、再生能力によって自力で蘇生した彼は。
組織から追放された、流浪のヴィランとして――来たる再戦を待ち侘びるように、口元を不敵に緩めていた。
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