第2話 握手会の事件

「……う、うぅ」

「なんだよ、緊張してるのか?」

「そりゃあしますよ! だって僕、こんなの初めてで……!」

「大丈夫だよ、たいてい客の方が緊張してるから」

「そ、そうでしょうか……」


 ――土曜日の朝。

 マクタコーポレーション神嶋市支社の、とある一室の中で。


 装甲強化服を纏う「レイボーグ-GM」ことアーヴィング・J・竜斗は、「デーモンブリード」の鎧を纏う赤星進太郎と2人で、「出番」を待ち続けていた。


 今日はここでファンと直に触れ合い、市民と親睦を深め合うための「ヒーロー握手会」が開催される。

 その主役である彼ら2人は、こうして控え室で開催の時を待っている状況……なのだが。


 握手会というイベントに参加するのは今回が初めてであり、期待のニューヒーローとして注目され始めている、レイボーグ-GMは――小刻みに震えながら、お腹を抱えて蹲っていた。

 青ざめた顔を仮面に隠して、プルプルと振動している後輩の背中を、デーモンブリードこと進太郎は優しくさすっている。彼はヒーロー歴もそれなりに長く、こういったイベントにも場慣れしているため、全く緊張していない様子だ。


「皆、あんたと会うのを楽しみにしてるんだ。いつもテレビの中でカッコよく輝いてる、あんたをな。そのあんたが、いつまでもこんなとこでプルプルしてたってしょうがないだろ?」

「は、はい……頑張りま――」

「レイボーグさーん、デーモンブリードさーん。そろそろ、準備の方お願いしまーす」

「――ふひゃあい!」

「やれやれ……しっかりしろよ、キャプテン・アーヴィング」


 だが、今日で握手会デビューとなる竜斗の方は、どうもそうは行かないらしく。スタッフに声を掛けられた瞬間、素っ頓狂な声を上げていた。

 そんな後輩に、ため息をつきながら。震えて動けない彼を引っ張り、進太郎は控え室を後にするのだった。


 ◇


(はわわ……ど、どうしよう。カオルさん、僕もう帰りたくなってきたよ……!)


 ――あれよあれよという間に、とうとう握手会は幕を開けてしまった。


 自分に注がれる視線の濁流を浴び、カチンカチンに固まりながら。竜斗は懸命に、先輩に倣い右手を差し出していた。左手は少しでも震えを抑えようと、懸命に半袖パーカーの襟を握っている。


 ちなみに現在、万一の「暴発」や「誤射」に備えるため、アームブースターが装備されている右腕の装甲だけは外されている状態だ。


 ――アトリでバリスタとして勤務していた頃から、女性客から注目されることはあった。だが、それはあくまで「見た目が特徴的な店員」というものでしかない。

 「今話題のヒーロー」として、大勢の人々に注目されているこの状況とは、スケールが違い過ぎる。しかも今回は戦いの最中でもないため、普段は気にならない周囲の視線が、ダイレクトに突き刺さって来ていた。


 ――うっかり、力加減を間違えたりしないだろうか。極度の緊張の中で、そんな不安がよぎった時。

 ついに、1人目の客が竜斗の前に現れた。


「え……」


 の、だが。その1人目は、竜斗が思っていたような人物とは違っていた。

 自分レイボーグ-GMのブースに集まっている、小さな男の子達とは違う。進太郎デーモンブリードのブースに集まっている、幼女達とも違う。


 ――自分と年の近い、女子高生くらいの女の子が。自分以上に緊張した様子で、眼前に現れたのだ。


(……! この子、は……)


 メカに憧れる小さな男の子が、大多数を占める竜斗のブースの中で。絶世の美少女である彼女の存在は、一際異彩を放っていた。


(……わ、ぁあ。レイボーグ様が、レイボーグ様が目の前に……! 大丈夫かな、私、変じゃないかな……!)


 艶やかな黒髪を、腰まで伸ばしている彼女は――不安げに震えながら、か細い手を竜斗に差し出している。


(なんだか……この子、似てるなぁ)


(……でも、やっぱり……この人も、私と同じで……)


 そんな彼女と、仮面越しに視線を交わした竜斗は――自分に近しいものを感じ、無意識のうちにその手を取るのだった。


 ――そうして、同じ思いを抱えた者同士で触れ合ったことで。


(柔らかかった、なぁ……。それに何だか、凄く熱っぽくて……)


(凄く硬くて、力強くて……優しい手、だったなぁ……)


 彼らの間にあった緊張は、瞬く間に解きほぐされたのだが……双方がそれに気づいたのは、互いの手が離れた後だった。


 そして。

 そんな彼らの様子を横目で見遣っていた進太郎が、仮面の下でニヨニヨと笑っていた――その時。


「なっ、なんだ貴様ッ……ぎゃあ!?」


 会場からやや離れた、オフィスの入り口。

 そこに立っていた警備員達が悲鳴を上げ――次の瞬間、会場まで吹っ飛ばされてしまった。


 設営された椅子やテーブルに激突し、警備員達は苦悶の声を上げる。その異常事態に、人々が悲鳴を上げる中――悪意ある者の殺気を感じた竜斗と進太郎は、一瞬で鋭い顔付きに変わる。


(……ヴィランか! まさかこんなタイミングで……!)

(進太郎さん、皆をお願いします! ここは僕が――!?)


 だが、それよりも遥かに速く。怜悧な容貌を持つ、白衣の男が――突如、竜斗の眼前に現れた。

 彼は天高く跳び上がると、客やスタッフを飛び越して、いきなり竜斗の前に着地したのである。間違いなく、人間ではない。


「あなたは……!」

「貴様がレイボーグか。……ふん、握手会とはいい気なものだ!」


 男は竜斗を前にするなり、いきなり襲い掛かってくる。回し蹴り1発で竜斗のブースを破壊し、そこから飛び退いた彼に拳打の嵐をぶつけて来た。


「この拳、やけに硬い……まるで鋼鉄みたいだ! ……まさか、あなたも……!?」

「も、だと? ――貴様ごときと一緒にするな、半端者めが!」

「半端者ッ……!?」


 だが、竜斗はその全てを盾でかわし、やがて男の腕を掴んで連撃を阻止する。そして牽制の裏拳を顔面に食らわせ、怯んだ隙に――右腕を向けたのだが。


(……しまった! 今はアームブースターが……!)

「……貴様の料理は後だ。今の私には、任務がある!」


 握手会の最中だったため、アームブースターがある右手の装甲だけは外したままなのだ。

 そこから生まれた隙を突き、男は竜斗から離れるように飛び退くと――子供達を逃していた女子高生の前に着地する。


「えっ……!? うっ!」

「貴様は私と共に来てもらうぞ――エナジー・ニュータントよ」

「わあぁあっ! お姉ちゃあんっ!」


 そして、腹部に当身を食らわせ、意識を刈り取ると。ぐったりした彼女――天宮桃乃の体を抱え、オフィスの外へと飛び出してしまうのだった。

 彼女に助けられていた子供達の悲鳴が、この空間に衝き上がる。


「なっ……!? ま、待てッ!」

「手際が鮮やか過ぎる……! 奴の狙いは、最初からあの女子高生だったのか!? ――竜斗、追うぞ!」

「はい! ――スタッフさん、右腕のアーマーを!」


 その余りにも素早い手際に、敵方の真意を感じ取り。進太郎は竜斗に指示を送りながら、男を追うようにオフィスを飛び出した。

 竜斗はそんな彼に続くように、対応に追われていたスタッフから右腕の装甲を受け取ると、それを装着しながら駆け出して行く。


 握手会が一転して事件現場へと変貌した、この大混乱のさなか。その中心人物である2人のヒーローと1人のヴィランは、瞬く間にこの場から姿を消してしまうのだった。


 ◇


 パーカーを靡かせ、真紅のバイクを走らせる竜斗。漆黒のバイクを駆る進太郎。

 神嶋市の街道を駆け抜ける、彼ら2人の眼光は――少女を抱えたまま、車から車へと飛び移り、逃走を続ける男へと向けられている。


 ――この事態を対策室に報せた竜斗の耳に、思わぬ情報が届けられたのは、この追跡劇チェイスの最中であった。


「この近辺に、ニュータント反応は一つしかない……!? じゃあ、やっぱりあの人は……!?」

『あぁ。君が思った通り、そのヴィランはニュータントではない。ニュートラルに感染しているのは――拐われている少女の方だ』

「一体、どういう……!」

『それについては、現在対策室で該当する情報を纏めているところだ。俺もじきに合流する、そいつを見失うなよ!』

「はい!」


 装甲強化服に内蔵された通信機で、神威了と連絡を取り合っていた竜斗は……あの男がニュータントではないという事実に瞠目していた。


 ――あの硬度と身体能力で、ニュータントではないというのなら。自分と同類の存在、でないと説明がつかない。自分以外にレイボーグがいるなど、想像したこともなかったが……。


「竜斗、ボサッとするな!」

「……!」


 そう思案に暮れる彼に向け、男は無人の車を蹴り飛ばしてくる。だが直撃する寸前、進太郎が片手で放った闇の光線で破壊されてしまった。

 破片の嵐を掻い潜り、竜斗はなおも男を追い続ける。その様に舌打ちしながら、男は右へ左へ進路を変え、どうにか彼らを撒こうとしていた。


「す、すみません!」

「気を付けろよ! あいつ、よく分からないが……特にあんたを狙ってるみたいだ!」

「僕を……!?」

「奴がニュータントじゃないって話と、何か関係があるのかもな。まぁ、いい……すぐに全部、明らかにしてやろうぜ!」

「……はいッ!」


 だが、竜斗と進太郎も巧みにハンドルを切り、ぴったり男を追跡する。

 ――やがて、「神装刑事しんそうけいじジャスティス」に扮した神威了が駆る、純白のバイクも駆け付けてきた。


 肩から伸びる、天使の羽を模したイミテーション。純白の鎧とマント。赤十字の巨大な角を持つ、フルフェイスの鉄仮面。

 そんな、「正義」という言葉を体現したかのような凛々しい鎧を纏う彼が、バイクに跨り竜斗達の前に滑り込んで来た。

 ――そのバイクの後部には、物々しいトランクが積まれている。


「神威さん!」

「待たせたな。――奴を追うぞ!」


 赤、黒、白。ヒーロー達を乗せる3台のバイクが神嶋市内を駆け巡り、1人のヴィランを付け狙う。


「……ちッ!」


 さらに追っ手が増えたことに舌打ちした男は、片手で無人の軽トラックを掴み、後方に放り投げた。ヒーロー達は巧みにハンドルを切り、その牽制をかわす。


「……ッ!? 危ないッ!」


 だが……空振りに終わりアスファルトへ激突した軽トラックが、歩道を歩いていた子供達に突っ込もうとしている。それに気づいた竜斗は咄嗟に振り返り、アームブースターを構えた。

 子供達を救うには、先ほど進太郎がやったように車そのものを先に破壊するしかない。


「――『大烈断バイオレントネイル』ッ!」


「……ッ!?」


 しかし。聞き覚えのある叫びと共に、路地裏から飛び出してきた5本の爪が――軽トラックを切り裂く方が遥かに速かった。

 竜斗が発砲するより先に車体を破壊して、子供達を鉄塊から救った爪は、どこか見覚えのある鋭さを持っている。


「……あれは、まさか……!?」

「どうした竜斗!?」

「あ、い、いえ……何も」


 暫しの間瞠目し、アスファルトに突き刺さった爪を凝視していた竜斗は、進太郎の呼びかけで我に返ると正面に向き直り、男を追い続けて行った。


 黒い半袖パーカーを靡かせながら、バイクで走り去って行く背中。路地裏の陰から、それを見送った長髪の男は――腰を抜かしている子供達を一瞥して、闇の中へと消えて行く。


「……ケッ。ヒーローならヒーローらしく、ちゃんと守りやがれっての」


 ◇


 ――男を追うヒーロー達の追跡劇は、市外の海中トンネルに辿り着くまで続けられた。


 やがて男は、観念したように渋い表情を浮かべると――トンネル内の壁にある隠し扉を開き、その中へと消え去っていく。

 その瞬間を目撃した3人は、隠し扉の前にバイクを停めた。


「……! 進太郎さん、神威さん、あれ!」

「なるほど、ここが奴のアジトってことか。……よくもまぁ、こんな場所に」

「……海中トンネルに横穴、か。随分と奴らも、辺鄙な場所に研究所を造ったものだ」

「研究所?」


 ふと、了が零した「研究所」という言葉に反応し、進太郎が訝しむような視線を向ける。それに頷く彼は、対策室によって新たに齎された、敵方の真実を告げるのだった。


「あぁ。……先ほど、対策室から奴らのデータが送られてきたんだ。奴らの正体はレイボーグ計画と同じ、超人計画の派生から誕生した――完全改造人間パーフェクトサイボーグ。政府がかつて闇に葬った、最悪のプロジェクトだ」

「……っ!?」

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