第十四回 主人公(経験+生い立ち)+新たなスパイスor 世界観=無限の物語

 畦利貞助うねり さだすけ奈多宿なたじゅくに入ったのは、昼七つを告げる鐘が鳴り始めた時分だった。

 弥生の朔。ここ数日、暖かな日が続いているが、今日は特に日差しが強い。

 漂泊の俳人に変装した貞助の道帽どうぼうは汗ばみ、


「ったく、嫌になるぜ」


 と、着込んだ編綴へんてつの袖を襷掛けにして絞り、僅かな風で身体の熱を逃さんとしていた。

 貞助は、暑さに弱かった。弱いといっても、そこは修行を重ねた歴戦の忍び。その忍耐力は常人以上であるが、梅雨の時期ともなれば気鬱になり、今年こそは、


(涼を探して奥羽にでも行ってみるかい)


 などと、つらつら考えてしまう。

 それほど、貞助は暑さが嫌いだった。


「旦那、冷えた酒がありますぜ」


 宿場の大通りを歩いていると、路傍の酒屋から声が飛んできた。


「奈多の助郷すけごう欠折かけおりの地酒だよ。今日なんざ、飲まなきゃやってらんねぇ暑さだろ」


 酒屋の男が、酒が満たされた椀を掲げて叫んでいる。

 喉が鳴った。そして、意に反して足が止まる。


(飲みてぇ)


 だが、歯を剥き出しにした鼠顔に笑みを浮かべると、かぶりを振って断った。

 仕事ヤマの前である。酒など口にすれば、〔あの人〕に何と言われるか。

 今回、貞助は〔あの人〕に加勢を依頼していた。玄順を殺すだけなら一人でも出来るが、最近の〔あの人〕を見る限り、毎日何もせず江都こうとをぶらぶらしているので、たまには働いてもらおうと声を掛けたのだ。

 貞助は行き交う人の波に乗って、目的の店に向かって再び歩き出した。

 奈多宿は、江戸の日本橋から夜須を繋ぐ南山道なんせんどう十一番目の宿である。

 この宿は、奈々木村と多田村で構成された村で、石高は九百余石。助郷村は三十九ケ村で、宿内の家屋数は四百五十軒、うち本陣二軒、脇本陣一軒、旅籠四十四軒で宿内人口は二千人ほど。この仕事に入るに際して、一応頭に入れた情報である。

 宿場としては、中の上というほどか。ただ、目を引くような名刹古刹やこれといった特産も無いので、平凡な印象しか覚えない。


「お、此処かい」


 蕎麦屋の提灯を見つけた貞助は、思わず独り言を呟いていた。


〔蕎麦 利庵りあん


 という屋号だった。田舎の宿場には似合わない、江戸の深川にでもありそうな名前である。

 店に入ると、景気のいい声が飛んできた。

 客は七人。職人風が一人。渡世人が二人。行商風が二人。そして、町人風が二人。貞助は瞬時にして客を見定めると、店の全体が見渡せる一番奥の土間席に座った。

 頼んだのは、ざるである。貞助を待っていたかのように、すぐに運ばれて来た。


「予定通り、今夜。暮れ六つには、戻るようで」


 ざるを運んできた年増の小女こおんなが、そっと耳打ちをした。

 この小女は貞助の手下であり、事前に潜ませていたのである。そして利庵の店主も、仕事ヤマの協力者だった。


「じゃ、今夜早々に終わらせるぜ」


 小女が頷き、席を離れた。

 今回の仕事は、奈多宿の裏を仕切る玄順げんじゅんを始末する事である。

 この玄順は表向きは浄土真宗の僧であるが、裏では奈多宿近郷の博徒を従える首領おかしらとして、その名を轟かせている。

 それだけならいいが、この玄順は阿芙蓉あふようの密売買に加担しているのだ。その話を聞いた時、貞助は


(外道坊主風情が阿芙蓉などに手を出せるものか)


 と思ったが、この玄順について調べていく内に、その考えを改める事になった。

 玄順は、かつて武田弥五郎たけだ やごろうと名乗り、かつて関八州の阿芙蓉を仕切っていた犬山梅岳いぬやま ばいがくの側近を務めていたのだ。

 阿芙蓉は幕府の専売であり、私的な売買は禁制である。それを守ろうが犯そうが貞助にとってどうでもいいのだが、雇い主である益屋淡雲ますや たんうんが是非とも始末してくれというので、引き受ける事にした。あの老人は、裏の者の非違をただす事を生き甲斐としているし、犬山梅岳に縁があるというのなら、看過する事は出来ない。〔あの人〕も犬山の名が出て、加勢をする事を決めた所もあるのだ。

 犬山を滅ぼす。それは貞助と〔あの人〕との、呪いにも似た悲願なのである。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 黒装束に着替えた貞助は、伽藍が見渡せる茂みに潜んでいた。

 時刻は暮れ六つ。夕闇が辺りを包んでいる。

 貞助は息を潜めて待っていた。あと少しで、〔あの人〕が来る手筈になっている。


(時間は守る人だったがねぇ)


 約束より遅れている。どこかで女でも買っているのだろうか。

 不意に、背後から鋭い殺気が貞助の全身を打った。


「誰だ」


 貞助は慌てて跳び退き、懐に呑んでいた匕首ドスに手を回した。


「冗談だ」


 闇の中から、温もりの欠片も無い、冷たく沈んだ声が響いた。冗談と言いながらも、到底そうは聞こえない。


「冗談って、あんた」


 貞助は、警戒を解き匕首ドスから手を離した。


「すまんな。お前があんまり警戒しているもんでね」


 闇から浮かび上がる男の影。

 黒羅紗洋套くろらしゃようとうをまとい、塗笠ぬりがさを目深に被ったその男。髪は結う事もなく蓬髪ほうはつで、左眼には眼帯。貞助は、思わず歯を剥き出して笑んでいた。


「だからって悪ふざけが過ぎますぜ、独狼の旦那」


 この男は、貞助にとって唯一であり無二の相棒。独狼どくろと渾名される、平山雷蔵ひらやま らいぞうである。


「それで、玄順の奴は?」

「へい。今は中にいるはずでさ。さっき野郎の姿をちゃんと確認しやしたぜ」

「そうか。奴について調べたが、阿芙蓉だけではないな。坊主のくせに女衒ぜげんの真似事までしているそうだ」

「とんだ屑ですねぇ」

「しかも、売っている先は異国だ。鏑木かぶらぎさんが教えてくれた」


 鏑木とは公儀の隠密で、柳生陰組やぎゅう かげぐみの一員である。幕命を受けて阿芙蓉の道を追い、犬山梅岳を追い詰めた功労者だった。


「異国に? 浄土真宗は半僧半俗と言いやすが、半分どころじゃねぇや」


 雷蔵が頷く。そして、塗笠の庇を上げた。

 その白く美しいかおに笑みが浮かぶ。それは思わず身震いがするように、薄ら寒いものであった。


逸殺鼠いっさつそ。玄順の一党は皆殺しだ。一人残らず」


 貞助を渾名で呼ぶと、雷蔵は腰の扶桑正宗ふそうまさむねを一瞥した。

 この佩刀は、貞助にとっても馴染み深い。かつて、この刀を使っていた男も貞助の相棒で、一度だけ共に働いたのである。そして、武士として憧れていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 玄順一党、十五名。全てを殺した。

 動いているのは、血刀を手にした雷蔵と、それに従う貞助だけである。


「他愛もねぇでしたねぇ」


 累々たる屍の山と化した本堂を見渡して、貞助が言った。


「まぁ、こんなもんか。……だがな」


 と、雷蔵は中庭に目をやった。

 武士が一人、立っていた。

 ぶっ裂き羽織に野袴。旅装である。歳は三十五かそこらだろう。筋骨は逞しいが、小柄。その相貌は地味であり、暗い目をしていた。


「玄順の手下かい?」


 貞助の問いに、その武士は首を横にした。


「平山雷蔵殿とお見受けするが」

「そうだが」


 雷蔵は、懐紙で扶桑正宗の血脂を拭いながら答えた。


「やはり。噂に違わぬ念真流の冴え。お見事でした」

「……」

田沼主殿頭たぬま とものかみ様の命で参上いたしました」

「田沼だと」


 雷蔵の表情が、微かに動いた。

 田沼主殿頭。かの老中、田沼意安たぬま おきやすである。


「独狼の雷蔵殿にお会いしたいそうで」

「俺に? 天下の田沼さんが何の用だ」

「さて、詳しい事は。ですが、おおよそ腕を貸して欲しいのでしょう」


 雷蔵は鼻を鳴らした。


「俺は今、益屋淡雲という男の世話になっていてね。一言の断りもなく仕事ヤマを受けるのは、裏の義理というものに反する」

「それは承知しております。益屋殿の所には、田沼様自ら行かれるそうで」

「そうか。なら仕事ヤマ次第だな……。だが、その前に名乗ったらどうなんだ。人の義理に反するぞ」


 すると武士は、僅かばかりの笑みを浮かべ頭を下げた。


「これは申し訳ない。私は西の丸仮御進物番、長谷川平蔵はせがわ へいぞうと申します」

「長谷川さんね」


 平蔵が、微かに頷く。雷蔵は目を伏せ、踵を返した。


「返答は江戸に戻ってからだ」


 貞助は、そう言い残して歩き出した雷蔵の後に続いた。

 田沼が、雷蔵に何を頼むのだろうか。この男といれば、退屈はしない。これからどうなるのか楽しみである。


<了>




 と、ここからが本題です。


 キャラが立つと、具材と少々のスパイスを加えるだけで、無数の物語が浮かびます。



 僕は平山雷蔵という男を、「天暗の星」と「狼の裔」の70余万字で作り上げ、十分な個性を持ったダークヒーローを生み出す事が出来ました。

 そして、この雷蔵に阿芙蓉という具材と長谷川平蔵というスパイスを加えて生み出したのが上記の掌編で、三十余分でこれぐらい書けます。


 今回は長谷川平蔵でしたが、もし雷蔵がゾンビに襲われたら? エゾヒグマと遭遇したら? 新選組と戦ったら? 迷宮に迷い込んだら? 異世界へ転移したら? というように、スパイスを加える事で新たな物語をどんどん生み出す事が出来ます。



 では、キャラを立てるにはどうするか?

 色々考えましたが、答えは一つしか浮かびませんでした。



「説得力があるバックボーンを持たせる」



 そのキャラが、現在のような性格に至った経緯を濃密に描き、説得力を持たせる。

 そうする事で、キャラクターが血肉を持った生きているものになり、立つという事に繋がるのかと。


 だから、僕は雷蔵が生まれる前の「天暗の星」と本編の「狼の裔」で、雷蔵という男が虚無に満ちた男になる過程に力を入れました。

 というのも、平山雷蔵を眠狂四郎や木枯し紋次郎のようなシリーズものの主人公にしたかったからで、その為には生い立ちが必要だったのです。

 どんな感じに書いたかと言うのは、是非本編を!



 以上、これが「キャラ立ち」に関する僕の考えでした。

 皆様はキャラを立てる為に、何かしていますか??





 追伸、この先を書くのか――書かないのか――

 長谷川平蔵が独狼の味方になるのか――敵となるか――


 答えはもちろん、トランキーロ! あっせんなよ!

 僕は、オクパードでカンサード。仕事が忙しくて、マジでカブローン!

 でも、目標に向かって毎日書いて頑張ります。

 グロリアを掴むのは、デスティーノですからね。

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