第二十話:あり得るはずのない色
猿渡は2人の側に向かって歩いて来た。
「なんか、どうしても玉の色が」
「私もなんです……」
「ふむ。ちょっと玉に向かって浮くように念じてみてくれ」
「え?」
「いいからいいから」
2人は言われた通り玉に向かって念じ始めた。すると結有の玉はふわふわと手の平から浮かび上がり始めた。
「うん、いいね」
英二は焦った。
俺だけ何も進展がない――
思い切り虹玉に気持ちを込める。次の瞬間、虹玉は英二の手を離れ目にも留まらぬ速さでまっすぐ上方へ浮かび上がった。
ゴッ。
鈍い音を立てて英二の虹玉はアリーナの天井にめり込んだ。真っ白の天井に1つの小さな点が打たれ、ぱらぱらと破片が舞う。
「あちゃー……」
上を見上げながら猿渡が言う。周りの面々も唖然としている。英二は穴があったら入りたいような気分だった。
「まあ、2人とも魔気は問題なく出せるみたいだから良しとしようじゃないか。色が変わらなかったのはよく分からんが、ひとまず気にせずにいよう」
「そんな落ち込むことないって」
隣を歩く結有が慰めるように英二の肩をポンと叩く。
「落ち込んでなんかないけど」
「嘘だあ、相当浮かない顔してるよ」
結有が英二の顔を覗き込みながら言う。
実際その後のレッスンでも英二の出来はひどいものだった。
魔気を使ってめくってみよう、と言われ渡された本は、英二が念じた瞬間木っ端微塵に破裂した。細長いポールを渡され、空中に浮かべて回してみようと言われたが、英二の念じたポールは大暴走するばかりで周囲の面々をひやひやさせた。
器用に魔気を使いこなし、物を思うままに操るメンバーも出始める中、英二は圧倒的に遅れを取っていた。
なんで――
焦れば焦るほど力は空回り、更なる暴走を招くだけだった。
「はあ」
「ほら、今ため息ついた。やっぱりダメージ負ってるなあ」
結有がすかさず指摘する。
ちょうどその時、誰かが後ろから2人に声を掛けた。
「なあ、ちょっとお前ら」
後ろを振り返ると、同期の
「どうした?」
「ちょっと気になることがあってさ。少しだけいいか?」
そう言うと林太郎は立てた親指でくいくいと近くの空き教室を指した。
「まあ、別にいいけど」
2人は林太郎に続いてその空き教室へ入った。林太郎はすぐさま教室のドアを閉めると、2人に近付いてポケットから何かを取り出そうとした。
「じゃん。見ろ」
林太郎が取り出したのは、先ほどの講義で使った虹玉だった。
「どうしてそれを?」
虹玉は魔気のカラーチェックの後、猿渡がすぐに回収したはずだった。
「俺のやつだけ、袋に入れたふりして隠し持ってたのさ」
「えっ、ダメだよ怒られちゃうよ」
「大丈夫、後でこっそり返しとくから」
「でもなんで虹玉なんか盗んだの?」
「気になることがあってさ」
林太郎は手の平の上で虹玉をころころと遊ばせてみせる。
「お前ら、変に思わなかったか?」
「何が?」
「お前らの玉だけ色が変わらなかっただろ。それなのに猿渡はあまりにあっさりと色を確かめることを放棄した」
林太郎の顔が少し険しくなった。
「お前らが魔気を使えなかったってんならまだ分かる。だがお前らはちゃんと魔気を放出出来ていた。それなのに、あれだけ他のメンバーの色はしっかりチェックしときながら、あまりにあっさりお前らの色の確認はあきらめた。俺が猿渡だったらそうはしないね。2人の持ってる虹玉は不良品だったんじゃないかって疑って、他の虹玉で試させる。でもあいつはそれをしなかった」
「あ……」
林太郎にそう言われてみるまで気付きもしなかった。と言うより、自分だけ醜態をさらしている恥ずかしさでそんなことまで考える余裕がなかった。
「確かに、言われてみたらそうかも……」
結有も林太郎の指摘に心を揺さぶられているようだった。
「そうだろ。俺はそれが気になって仕方なかった。だからこうして虹玉をくすねるようなマネをしたわけさ」
林太郎は虹玉を持った手を胸の位置まで掲げた。
「ここで、試してみてくれないか。お前達の魔気は、ほんとに色が変わらないのかどうか」
まさか、な――
自分たちに渡された玉だけ不良品だったなんて、そんな偶然あるわけない。
英二はそう理性的な思考を持ちつつも、胸の鼓動が少しトクトクと速くなっていることも認めざるを得なかった。
英二は林太郎から虹玉を受け取った。ごくりと唾を飲み込むと、英二は虹玉に向けて精神を統一し始めた。
しばし場に立ち込める沈黙。
その沈黙はすぐに破られることとなった。
「えっ!」
「やっぱりか」
そんな、本当に――
英二の手の平の中で、その虹玉は真っ黒に色を変えていた。どこまでも落ちて行きそうな闇、漆黒。底抜けに暗い色だった。
心臓が早鐘のように打つ。英二は目の前の光景をなかなか受け入れられなかった。
「黒……うそでしょ……」
魔気は五道のどれかの色に分類される、確かにそう猿渡は言っていた。
それなのにどれにも該当しない色、しかも禍々しい黒に変色するなんて――
「思った通りだ。しかし、まさか黒色になるとはな……次は、結有。君にもお願いしたい」
「うん……分かった……」
結有が恐る恐る虹玉を受け取った。英二の手を離れた虹玉は、すぐに元の透明に戻った。
ふう、と結有が息を吐き心を落ち着かせようとする。
「いくね……」
結有が虹玉に念を込める。
「こっちもか」
嘘だろ――
結有の手の平の中で、虹玉は真っ白に色を変えた。輝くような白。純白。
当人の結有は言葉を失っていた。
「一体、これはどういうことなんだ……」
英二の口から言葉がこぼれた。しかしそれは己の内心を表した正確な言葉ではなかった。恐ろしくて咄嗟に口に出すことは憚った言葉。
一体、俺達は何者なんだ――
重たい沈黙が場を包み込んでいた。
トントン、と外から部屋の扉を叩く音。
誰だろう?
時刻は夜の7時を回ったところ。
もう今日は特に予定は入っていなかったはずだが――
「どうぞ」
不思議に思いながらも小柳津はその来訪者に応じた。がちゃり、と扉を開けて入ってきたのは英二だった。
その顔は晴れない。
「おや、どうしたんだ急に?」
英二は思い詰めたような顔をしてこちらを見つめている。
「急に、悪い。どうしても聞きたいことがあって」
「ああ、別に構わんよ。どうしたんだね? そんなに暗い顔をして……」
英二はゆっくりとこちらの机に近付いて来た。机の前で止まるとゆっくりと口を開いた。
「俺の親父がファミリアのヘッド……魔王って本当……? 親父は、生きてるの?」
なるほど。
小柳津は胸の中でこくりと頷いた。
まあ、これも時間の問題だとは思っていたが。
「ああ、そうだよ英二くん。これまで黙っていて悪かったね。ただ、決して何か悪気があったわけではないよ。ただでさえ未知の世界に来て混乱しているだろう君を、無闇に動揺させることはないと思っていた。君にまだその自覚はないだろうが、何と言っても君も、君のお父さんもこちらの世界では有名人だ。いずれその真実に君が辿り着くのは避けられないだろうから、なるべくその時は遅れてやって来て欲しいと思っていたまでだ」
「本当だったんだ……親父は、生きてるんだね」
「そうだよ。いずれ、巡り合う日も遠くはないだろう」
英二は様々な感情が混ぜ合わされた表情を浮かべていた。
実の父親が生きているという喜びも、その父親が想像もつかない大物だという驚きもあるだろう。
「もうひとつ……」
「なんだね?」
「俺の魔気の色、何故か黒だったんだ。これは一体どういうこと?」
小柳津は動揺が表に出ないよう自分を律した。
まさか、その事実にまでたどり着いてしまったとは――
「正直に言おう英二くん。私は今、そのことについて何かを語ることは出来ない」
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