第十八話:アカデミー生活、始まる
結有は慌てて立ち上がり、壇上へ続く階段を小走りで降りて行った。
壇上へ上がると小柳津に向かってぺこりと頭を下げ、少し恥ずかしげに演説台につく。大トリを努めるその少女に会場中の視線が集まる。結有はコホン、と一つ咳をして話し始めた。
「皆さんこんにちは、西宮結有と言います」
壇上に立つ結有は、何だかちょっと輝いて見えた。その存在だけで周りを明るく照らすような、天性の華のようなものを持っていることが分かる。
そういうとこも、あいつそっくりだな――
英二はそんな結有に藍の面影を重ねていた。
「アカデミー生活にちょっとドキドキ、でもかなりワクワクしています。卒業するのは大変だって聞くけど、みんなと一緒に頑張って乗り越えたいなって思ってます。これからよろしくお願いします」
そう言うと結有はにこりと笑い、聴衆に向かって頭を下げた。
「ありがとう、西宮さん。さあこれで30人全員のスピーチが終わったわけだ。皆はライバルであり、最高の仲間でもある。これからともに頑張っていこう」
小柳津が結び、場を締めくくった。
ランチタイムを挟んで午後から本格的に授業が始まった。場所は変わらず中央棟のグランドホールだ。
簡単なアカデミー生活のガイダンスの後に、魔人族史の講義が組まれていた。
遥か昔から続いてきた魔人族の歴史。その歴史の中で、魔人族は迫害を受けることも、地上世界に大きな功績を残したこともあったと、教官は熱を込めて語っていた。
しかし英二は講義中どうにも集中出来ず、ぼんやりと教官の話を聞いていた。どうにもこういう座学形式の講義というものは苦手だった。
周りの生徒は支給された手元のタブレット形態の機器に、教官の発する言葉をせわしなく打ち込んでいく。どうやらノートを取るという作業は古い時代の産物のようだ。隣の結有も例に漏れず、熱心に講義に聞き入りタブレット操作していた。
やっぱ、真面目なんだな――
英二はそんな結有を横目に、何をするでもなく前方の壇上を眺めていた。
やがて日が傾き、教室に窓からオレンジ色の夕日が差し込み始めてきた。それからしばらくして、教室内に講義時間の終了を告げるベルの音が鳴り響いた。
あっという間に初日のスケジュールが終わった。隣の結有がふう、と息を吐き英二に話しかけた。
「お疲れ様。今日の講義どうだった?」
「……なんか話聞いてばっかで退屈だね」
「さてはぼーっとしてたなー。ダメだよちゃんと話聞かなきゃ。今日だって大事な話たくさん出てたよ」
「こうやって人の話ばっか聞いてんのほんと苦手でさ」
「もう。みんなに置いてかれちゃうよ」
「はいはい」
英二は席から立ち上がった。
結局こっちに来ても勉強、勉強か。
英二の頭にはそんな退廃的な気持ちが巣食っていた。荷物を詰め込んでリュックを背負い、席を後にしようとする。
「待って、一緒に帰ろうよ」
結有が後ろからぽんと英二の肩を叩いた。
「まあ、良いけど」
2人並んでグランドホールを出る。
「そういや、俺達この後どこに行けばいいんだっけ?」
「ほら、全然話聞いてなーい」
ガイダンスでアカデミー生の暮らしについて教官が説明していたのは何となく覚えているが、肝心のその内容は頭に入っていなかった。
「君は男子寮、私は女子寮に行くんでしょ。『各地から生徒が集まるこのアカデミーは、構内に寮を完備しており生徒はそこに宿泊することになっています。講義終了後は寮に荷物を置きに向かってください』って教官が言ってたの覚えてないの?」
「ああ、なんかそんなこと言ってたっけな」
「初日からこれじゃあ先が思いやられるなあ……」
結有はわざとらしく左右の手の平を上に向け、やれやれというポーズを取った。
「はいはい、悪かったね」
英二はぶっきらぼうに言い放った。
「頼むよー。そうだ」
結有は手元のタブレットで3Dマップを表示した。
「えーっと……寮はこっちだね」
「ふーん、ちょっと距離あるんだね」
英二もその3Dマップを覗き込んだ。
「そうだね。ちゃんと道覚えなきゃだ。よし、出発!」
2人は寮に向かって歩き出した。校内は広々としており、自然も豊富にあった。この地下世界に来てから目にしていたいくつかの街とは大違いだ。
10分ほど歩くと、2人は男子寮と女子寮それぞれに続く分かれ道に辿り着いた。
「じゃあ、今日はここでお別れだね。私はこっち、君はそっち」
右に進めば男子寮、左に進めば女子寮に到着する。
「部屋の番号、分かってる?」
「わかってるって」
「うん、それなら安心。また明日ね」
結有は笑顔で手を振ると、左の道を進んでいった。
英二は右に伸びる道を進む。分かれ道の正面には管理棟が立てられており、結有の姿はすぐに見えなくなった。
しばらく行くと男子寮棟が目に入った。黒塗りの落ち着いた建物だ。
寮の指定された部屋につくと、英二は荷物を床の上に投げ置き、すぐにべッドの上に身を投げた。
ふう――
長いため息をつく。
初めて顔を合わせる同期。会場の謎のざわめき。初日から始まった本格的な講義。
たくさんのことがあった一日だった。体というより頭が疲れているのを感じる。英二は食事を取ることもなく、そのまま眠りについた。
翌日からさらにハイペースで講義は進んだ。
エージェント活動の基本から実践ケーススタディ、そしてエージェント法令等々、内容は多岐に渡った。
英二は相変わらず講義の内容に集中出来ず、半ば教官の話を聞き流すようにして時間を浪費していった。
そして入学から2週間が過ぎたある日。
午前の講義が終わった昼休みに、英二は結有に呼び止められた。
「ちょっと英二、全然講義に集中してないでしょ」
ああ、やっぱりその話か――
「さっき教官に当てられた時だって、とんちんかんなこと言ってたし」
「うるさいな、俺は実践派なんだよ」
「ダメだよ! ちゃんと覚えるべきことは覚えないと」
ふと、言葉を交わす2人に背後から誰かが近付く足音が聞こえた。
「おやおや、喧嘩か?」
声を聞いた2人は後ろを振り返った。そこにいたのは片山斉人だった。
「みっともないね、桜井英二」
「ん?」
「同期の西宮結有にそんなに心配されちゃって。聞けば成績の方もさんざんな出来だって言うじゃないか。はあ、選ばれし者が聞いて呆れるよ」
選ばれし者だと――
なぜこいつまで……?
「選ばれし者がいざ講義を受けてみたらちんぷんかんぷんで、早速白旗宣言か? あーあ、みんながっかりだろうなあ」
「はあ? 何だよお前」
がっ。
英二は斉人の胸ぐらをつかんで睨み付けた。
「ちょっと! 英二!」
慌てて結有が仲裁に入ろうとするが、斉人がそれを手で制す。斉人は英二の行動に動揺することなく、涼しい顔のままだ。
「乱暴な行動に頼るとは情けない。弱い犬ほどよく吼えるんだ。はあ、全然張り合いがないじゃないか。僕は選ばれし者である君に力の差を見せつけ、一躍脚光を浴びるべき男なのに」
「お前の勝手な野望に俺を付き合わせるなよ!」
「君は僕の踏み台だ。でも低い台を踏んでも高い所には行けやしない。せいぜいもう少しは高い台になって僕を高みに導いてくれ」
斉人は冷めたトーンでそう言うと、自分の胸ぐらをつかんでいる英二の手を振りほどいた。
「これ以上僕を失望させるな、選ばれし者よ」
「選ばれし者とか好き勝手言うな……! 俺は誰かに選ばれた覚えはないんだよ!」
「桜井英二、君は自分がどういう存在か分かっていないようだね」
斉人は英二を憐れみのこもった目でじっと見つめる。
「俺はつい最近この世界にやって来たばかりの、ただの元一般人だよ」
「本当にそう思っているのか? 君に対する周囲の反応を見て、本当に心当たりがないと言えるのかい?」
斉人の言葉に英二は真っ向から異を唱えることが出来なかった。
何も心当たりがないと言えば嘘になる。
斉人以外からも自分に向けられる『選ばれし者』という呼称、アカデミー初日に自分の名前が読み上げられた時の会場のざわめき……
それ以外にも思い当たる節は複数ある。
しかし、だからと言って自分が何者だというのか――
「誰も教えてくれていないようだから僕が教えてあげよう。君は……」
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