第十七話:ざわめき
「狭き門を潜り抜けてきた精鋭揃いの皆さんを心から歓迎します。私は、このアカデミーの学長の小柳津宗次郎です。どうぞよろしく」
小柳津は皆に向かって軽く頭を下げた。
あの人、アカデミーの学長だったのか――
英二は狐につままれたような気持ちになっていた。
「皆さんがご存知であろう通り、プロのエージェントとなること、すなわちこのアカデミーを卒業することは容易なことではない。100%卒業を約束すると言ったら嘘になるでしょう。しかし私たちは出来る限りの力を貸すことは100%お約束しよう」
新入生は小柳津の言葉に聞き入っている。
「さて、エージェントとしての心構えだなんだと言ったものは、後の授業に任せよう。私は堅苦しいのが好きではないし、自分が何を偉そうに語ろうとするかよりよっぽど君たちの方に興味がある。みんなは一生に一度の貴重な仲間だ。ぜひ、自己紹介をしてみてはいかがかね」
小柳津は柔和な笑顔を見せた。会場の空気がそれまでと少し変わった。さすがに精鋭揃いとあってか、もじもじと恥ずかしそうな様子を見せる者はいないが、どことなくまた別の緊張感が感じられた。
「なに、特に考えすぎることはない。シンプルに自分がどんな人間かを伝えてくれればそれで良い。早速始めようか」
そう言うと手元の書類に目を落とした。
「オーソドックスに生徒番号順にいくとしよう。まずは……」
距離があるためはっきりとは分からなかったが、心なしか小柳津が少し口元に笑みを浮かべたような気がした。
「……トップバッターは今年の生徒番号1番、桜井英二くんだ。さあ、壇上へどうぞ」
そう小柳津が宣言すると、会場全体からざわめきの声が上がった。それまで凪いていた海面に急に波が立ったかのようにホールは様子を変えた。名前を呼ばれた張本人である英二からして見れば、それは全くもって不可解な状況だった。
これはいったい――
英二は今の状況が理解出来ないまま、小柳津に呼ばれた壇上へ向かった。中央の壇上に向かって階段を降りていく。
会場のざわめきは徐々に収まりを見せ、英二が壇上に上がる頃には場内はしんと静まり返っていた。壇上で小柳津とちらりと目が合った。
「やあ、しばらく」
「まったく、やられたよ」
「ほっほ」
そう笑って小柳津がすっと脇に動き、英二に場所を譲った。英二は小柳津と入れ替わるようにして演説台の後ろに立った。
台越しに場内を見渡す。つい直前までとは打って変わっての静寂。皆が固唾を呑んで食い入るように英二を見つめている。
相変わらず一同の過度な注目・関心の理由は理解出来なかったが、英二は話し始めることにした。
「えー、始めまして。俺の名前は桜井英二です。んっと、年は16歳。ここにいる皆がそうなのかは分からないけど、俺は何が何でもエージェントになりたいとか、そういう風に思って生きてきたわけじゃないです。っていうか、この地下世界やエージェントの存在を知ったのもつい最近だし」
再び会場が少しざわついた。
「でもなりたいとか、なりたくないとかじゃなくて、ならなきゃいけないみたい。だからまあ、素人なりに頑張るしかないかなって、そう思ってます。こんな俺でも良ければ、よろしく頼みます」
英二がそう締めくくると、会場からはぱらぱらとどこかぎこちない拍手が起こった。英二は気だるさと困惑がないまぜになった気持ちを抱え、壇上を降りて元いた席への階段を上がる。
壇上では小柳津が次の番号の生徒の名前を読み上げた。
「ありがとう英二くん。では次だ。生徒番号2番、
ホールの右斜め前、比較的壇上に近い所に座っていた少年が立ち上がった。
「英二くんってもしかして……」
席に戻ると、待っていた結有が目を丸くしていた。
「なに?」
「英二くんのお父さんって、何してる人なの?」
「親父? 俺がまだ物心つく前に死んじゃったよ」
「えっ……そうなの……? ごめんね嫌なこと聞いちゃって……」
「全然いいけど。でも急にどうしたの?」
「いや、ちょっと気になってね……」
壇上に上がった大村秋生は雄弁に自らについて語った。堂々とした立ち振る舞いはなかなか同年代の少年少女離れしている。
その後も小柳津に名前を読み上げられた者達が続々と壇上に上がってスピーチを行った。皆一様に場慣れして落ち着いている。
もしこれが自分の学校でのクラス代え直後の自己紹介だったら、とてもじゃないけどみんなこんなに立派に喋ることは出来ないよな、と英二は思った。
「続いて生徒番号23番、
小柳津が読み上げた。
名を呼ばれた片山斉人は壇上に上がると、小柳津に向かって軽く頭を下げ、演説台についた。
「どうも初めまして、片山斉人と申します」
精悍で整った顔立ちだ。全身から自分への自信が溢れんばかりに伝わってくる。
「僕はこの世代でアカデミーに入学することが出来てとても嬉しく思っています。何故かって?」
斉人の視線がほんの束の間、右上に動いた。
ん――
英二はその視線が自分を捉えたように感じた。何事もなかったかのように再び真正面を見据えて斉人は語り出す。
「だってこの世代は、否が応にも世の中の注目を浴びることになるからです。いや、既に浴びている。ただ残念ながら、その注目に対しては僕を含め、ほとんどの人の影響力は現状ではゼロに等しいですが」
他の登壇者とは一線を画す斉人の発言に、会場は見事に関心を吸い寄せられていた。
「僕はここで宣言します。世の中から注目を浴びるこの世代で僕は圧倒的ナンバーワンのエージェントになる。皆さんに負ける気はさらさらない。そして、そのまま世代を飛び越えて駆け上がり、そう遠くない未来に魔王の称号を得る。僕にはその自信があります」
英二の時とはまた違うどよめきが起こった。
絵に描いたようなビッグマウス。
ほとんどの登壇者が、皆と一緒に頑張りたいといった友好的で当たり障りのない内容を述べたのに対して、斉人の発言は際立って挑戦的・扇情的であった。
だが彼は周囲の反応など全く耳に入っていないようであった。軽く頭を下げて降壇し、涼しい顔で自席へと戻る。その姿からは決してぶれることのない強い意志を感じ取ることが出来た。
「なんか凄いね、あの人。魔王になるなんてなかなか言えないよ……」
結有も斉人のスピーチに圧倒されたようだ。
「魔王って、何?」
「えっ、知らないの?」
結有は驚いた顔を見せる。
「うん、さっぱり」
「そっか。あのね、私達魔人族は必ずファミリアっていう大きなコミュニティに所属することになってるの。まあ、地上世界で言う国みたいなものかな」
結有はヒソヒソ声で説明を始めた。周りに聞こえないよう配慮でもしてくれているのだろうか。
「そのファミリアの最高責任者にあたるのがヘッド。通称、魔王。絶大な権力を持っていて、その言動が常に世界中から注目されてるような人たちよ」
「すごいね、大統領みたい」
「ははは、まさにそんな感じかも」
結有が屈託のない笑顔で言う。
「ファミリアは地下世界に6つしかないから、魔王も6人。言うまでもなく、想像を絶するほどに狭き門だよ。その魔王の地位を、彼は狙ってるってことね」
「なるほど、ずいぶんと大それた宣言ってことだね」
「うん。会場がざわめくのも無理ないよ」
話もそこそこに、2人は壇上のスピーチに再度耳を傾けた。
そして遂に順番は最後の1人に回ってきた。
「えー、それでは最後の登壇者をお呼びしようか。生徒番号30番、
小柳津の声に、隣の結有はびくっと反応した。
「あっ、すっかり忘れてた……私だ!」
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