第十五話:託された思い
「え……2人は知り合いなの?」
「ああ、何たって私は彼から君を託されているのだからね。彼とはもう長い付き合いになる。今は訳あって君と一緒にいることが出来ないが、既にこの地下世界に戻って活動を再開しているよ」
そうだったのか――
ここまでずっと引っ掛かっていたが、やはり小柳津が自分をかくまい面倒を見てくれているのにはしっかりとした理由があったのだ。
「パパ、こう見えても昔はバリバリのエージェントだったのよ」
「そうなの?」
「ははは、随分昔の話だ。今はその面影すらなくなってしまったよ」
「またまた、謙遜しちゃって」
「よせよせ。さて、英二くん」
小柳津が英二に向き直って改める。
「私達の思いはもう既に分かってもらえていると思う。私達は君に、立派な一人前のエージェントになってもらいたい」
英二を見つめる小柳津の瞳はまっすぐで、濁りがなかった。
「そして、ただそれだけじゃない。君はその中でも唯一無二のエージェントになれるし、ならねばならない。この世界のために……だって君は、選ばれし者だから」
「選ばれし者……? どういうこと……」
英二は掠れた声で小柳津に問いかけた。
ちょうどその時、部屋の中央に設置されている電子パネルに唐突に映像が映し出された。
パネル内の映像は、建物が倒壊し粉塵や炎が立ち込めている街を映し出していた。
街の中には、血みどろになって地面に突っ伏している人々の姿もあった。
これは一体……?
凄惨な光景に英二は言葉を失った。
そのパネルからナレーターらしき人物の音声が流れ始めた。
「緊急速報です。
テロ行為……!?
この世界でもそんなことが起きているのか――
「またあいつら……ひどい……ひど過ぎるわよ……」
江里菜は画面を睨みつけて怒りを露わにした。
「本当に……酷いことだ……」
小柳津もやるせない表情を浮かべている。
3人ともしばらく、画面から伝えられる速報を固唾を呑んで見つめていた。
「……英二くん」
小柳津はパネルから目を外し、英二を見つめた。
「この過激派ギルドのグラハムこそが、地上で君を狙った一味だ」
「えっ……」
英二は息をのんだ。
「でもどうして俺を?」
「君が選ばれし者だからだ」
小柳津の言葉に再び英二は言葉を失った。
「グラハムの台頭により、この世界は今、大きな危機に直面している……そしてその脅威は日に日に増しており、やがてとてつもなく大きな波となってこの世界を覆おうとしている。この危機を脱するために、君の力が必要なんだ……選ばれし者である君の力が必要なんだ。どうか、私達に力を貸してくれないだろうか?」
「ちょっと待ってよ……選ばれし者ってどういうこと?」
「それに関しては、今は私の口から説明することはできない。然るべき時が来たら、はっきりと分かるだろう」
「何それ……そもそも、俺にそんな力あるわけ……」
「いいや、君には確かにその力が眠っているんだ。しかしそれを活かすも殺すも君次第。どうかこの世界を救う為にその力を貸して欲しい」
本当に俺なんかにその力が――?
英二にはそれは到底信じられないことだった。
ただ――
「……どうしてもそれは信じられないよ……でも、こんなひどい映像を見せられて何も感じないほど薄情じゃない」
英二はゆっくりと言葉を絞り出すように話した。
「本当に俺が何か役に立てるの……?」
「ああ……君の力が必要だ」
小柳津の目を英二はじっと見据える。
「……分かった。世界のためだか何だか分からないけど、良いよ、やれるとこまでやってみる……それが、俺の運命なんでしょ」
「ありがとう……本当に」
小柳津はそう言うと椅子から立ち上がり右手を差し出した。
「なに、握手なんかいらないよ」
「いいんだ、私の自己満足に過ぎない。感謝の気持ちを伝えさせてくれ」
英二はしぶしぶ立ち上がって右手を差し出し、小柳津の手を握った。
「君の勇気と覚悟に敬意を表する。これから大変なこともあるだろうが、君ならきっと乗り越えていけるはずだ」
「どうだか……」
2人は再び席についた。
「……さて、これからの話をしなくちゃいけないわね」
江里菜が冷静に仕切りなおす。
「ああ。さっきも言ったが英二くん、エージェントは誰もがなれるものではない、選ばれし存在だ。公式にエージェントとして認められるためには、専門の養成機関を卒業する必要がある」
「エージェントアカデミーだね、慎が言ってた」
「まさにそうだ。そもそもその機関にさえ誰もが入れるわけではないんだ。先ほど言ったように、魔人族の子供たちは魔気が宿り始めたタイミングで地下世界に渡ってくる。その中でセレクションを突破した将来有望な若者のみが、アカデミーへの入学を許される。その選りすぐりのメンバーでさえ誰もが卒業出来るわけではなく、最終試験を突破出来る者の方が少ない」
「ほんとにエージェントになるのって大変なんだね。じゃあ俺も、その入学セレクションを受けなきゃいけないの?」
「もう今年のセレクションはとっくに終わってるわよ。来週の頭が入学式だからね」
「えっ……来年まで待つってこと?」
「安心したまえ。君の入学はずっと昔に決まっていたよ。それこそセレクションが行われるずっと前からね。君はそういう特別な存在だということさ」
「入学に間に合うように、慎達が迎えに行ってたの。偶然このタイミングだったわけじゃないわ」
やはり自分の運命は、ずっと前から知らないところで知らない誰かに決められていたらしい。
「そういうわけで、来週からはエージェントアカデミーに通ってもらうことになる。そこでエージェントとして認められるべく自分を磨いて欲しい。大切な仲間もきっと出来るだろう」
「また急な話だな……」
「アカデミーでは寮生活になるからこの家にいるのも今週いっぱいになるわ。それまではせっかくだから私がこの世界のことを色々教えてあげるわね。こう見えても人に教えるのは得意なのよ。あちこちお出かけもしてみましょ」
また息つく暇もなく、慌しい日々が始まりそうだ。
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