第十三話:空飛ぶタクシー
小柳津は口角を上げて微笑むと、右手で階段下のとある一角を指差した。
そこには空中に液晶パネルが浮かび、数名の人々が列をなして並んでいる。パネルに表示されている文字は全ては視認できなかったが、一番上に大きく表示されている『エアタクシー』という文字は読み取ることが出来た。
「エアタクシーって言うの?」
「そうだ。あそこがその乗車エリアさ。順番待ちのようだが、エアタクシーは頻繁にやって来るからそう長く待つことにはなるまい」
2人は階段を降り、エアタクシー乗り場の列に並んだ。列に並び待つこと数分、前の乗客がエアタクシーに乗り込み、英二らが列の先頭に出た。前方にはバーが水平に降りており、それより先には進めなくなっている。バーの向こうは長方形の駐車スペースで、待機列以外の三方には先がなく、空中が待ち受けている。さながら、ヘリポートならぬカーポートだ。その下にはハイテクノロジーに支えられる大都市が広がっている。
バーの横に浮かぶ電子パネルが次の到着までの時間を示す。あとわずか30秒後にタクシーがやって来るようだ。
「いよいよだね。ワクワクするかい」
「これ、落ちたりなんかしないよね……」
「安心したまえ。エアタクシーの開業以来そんな事故は未だかつて起こったことはないよ」
「いや、そうは言っても……」
英二ははるか眼下に広がる景色に目を向け、顔を引きつらせた。英二がなんとか心の準備をしようとしている最中、頭上の空中からエアタクシーが接近して来るのが目に入った。タクシーは徐々にスピードを落とし、やがてゆっくりとポートの上に停まった。電子パネルがポーンという軽快な音を鳴らし、水平に降りていたバーが上に上がった。
「さあ、乗ろうか」
小柳津がポートの中に足を踏み入れると同時に、車の後部座席のドアが空いた。慣れた様子で車に乗り込む小柳津。英二も恐る恐るそれに続き、小柳津の隣に腰を降ろした。ばたん、と独りでにドアが閉まる。
「ご乗車ありがとうございます。目的地は、どちらでしょうか?」
運転手がこちらを振り返り尋ねた。
「天門街の5丁目、23番地までお願い出来ますかな。ちょうど木曜通りに面した3階建ての家の前まで」
見たことも聞いたこともない地名だが、運転席の男は「かしこまりました」と意図が伝わったことを示した。
「そうだ、この隣の彼はこれが始めてのエアタクシーなんですよ。ちょっと怯えているみたいだから、安全運転でお願いしますね」
「それはそれは」
男は声を1トーン高くして答えた。
「初乗りのドライバーとなれて、光栄でございます。快適な旅となるよう尽力致します」
男は運転席の横のレバーを握り、「よっ」と声を発した。するとレバーが青白く光り始めた。光を確認すると再びレバーから手を離し、ハンドルを両手で握り締める。
「それではエアタクシー、出発致します。しばらくは万が一に備え、それぞれ左右にある手すりにおつかまりください」
英二は言われるがまま、左にある手すりを掴んだ。再び男が「よっ」という声を発したかと思うと、車がぐんっと勢い良く前に進み始めた。すぐ目の前は何もない空中だ。
落ちる――
英二は咄嗟に目を閉じ、手すりを強く握り締めた。
数秒間の漆黒。しかし、車体は平行のままでバランスを失っていないようだ。英二は恐る恐る目を開けた。車は、文字通り空を飛んでいた。英二らは何百キロもあるはずのこの鉄の塊とともに空中に浮かび、人が全力で走る何倍ものスピードで前に進んでいた。
「ほんとに空飛んでる……」
「空の旅はいかがですかお客さん」
「いや、まだ全然慣れないですね」
「ははは、しばらくの辛抱ですよ。慣れてしまえば何てことない、自転車にでも乗ってるくらい気軽になりますよ」
エアタクシーは進む。そのわずか数メートル横を、こちらに向かって進んできたもう1台のエアタクシーがひゅんと通り過ぎた。
ほんとにぶつかったりしないのかなこれ……?
英二は内心冷や汗をかいていた。
「木曜通り、見えました」
運転手の男が前方を指差しながら声を上げた。英二は少し身を乗り出しながらその方向に目を凝らした。すると、多くの人が行き交う大通りが視界に飛び込んできた。色鮮やかな建物が散見され、通りは賑やかさ、華やかさで溢れている。
車はいよいよ地上に近付き、スピードを大きく緩めていた。
「あそこのお家で間違いないですかね?」
運転手が右手を上げて、前方に見える一戸建ての家を指差す。
「はい、ご名答」
「かしこまりました」
車はゆっくりと地上に向けて高度を落とし、家の前の通りにある円形のカーポートの上に着陸した。
「いやあ、快適な旅でしたよ。またお世話になる時があればよろしくお願いしますね」
ひとりでに扉が開き、英二と小柳津はエアタクシーから降車した。
カーポートは通りから少し高い場所にあり、階段で地上とつながっている。階段を降りると目の前にはモダン調の3階建ての家が待ち構えていた。
「さあ、着いたぞ。ここが私の家だ。なかなか洒落てるだろう」
小柳津はそう言うと家の門の前に向かった。門の入り口には電子パネルが埋め込まれており、小柳津は例の如くそのパネルに向かって手をかざした。パネルは虹色の光を放ち、直後、門の扉が両側に開いた。
英二は小柳津に続いてその門をくぐった。門の先には小奇麗な庭が広がっており、玄関まで石畳の道が続いていた。石畳の道の上を進み家の中へ入ると、背の高い女性が英二らを待っていた。黒髪の綺麗な顔立ちの美人だ。その女性が英二に向かって口を開いた。
「ようこそ、待ってたわよ英二」
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