第八話:暴れる力

 男が柱の影から標的として狙いを定めようとしているのは、やはり慎だった。ゆっくりと動いていた銃口がぴたりと止まった。引き金に男の指がかかる。

 やばい――

 そのとき英二の中で何かが弾けた。英二は猛然と男に向かって駆け出していた。英二の体は驚くべき速さで空間を移動し、一瞬でその男の真横に辿り着いた。

「なっ……!」

 虚を突かれた男は目を見開いた。

「やめろおお!」

 英二は叫び声とともに右拳にあらん限りの力を込め、男の顔面を殴り付けた。あまりに一瞬の出来事に対応出来ず、男はなす術もなく思い切りその一撃をくらった。ゴッ、という鈍い音が響き、男の体は後ろへ吹き飛んだ。人間離れした、と言っても全く過言ではないほどにとてつもない力だ。英二は吹き飛んだ男を逃さず、すかさずにじり寄りその上に馬乗りになった。

「おらあっ!!」

 荒々しい声を上げながら、英二は男の顔を殴った。2発、3発、4発。男は完全に意識を失ったようで、顔は元の形を留めていなかった。5発目をくらわそうと英二は右腕を振り上げた。しかし、その右腕は背後から誰かにつかまれた。英二が後ろを振り向くと、そこには慎が立っていた。

「ここまでとはな」

 慎がぽつりと言葉を漏らした。

「兵馬!」

 慎は後ろを振り返り呼びかけた。

「はいよ」

 兵馬が答える。彼はいつの間にか、先ほどまで慎の姿があった広場の中心部にいて、男2人を見張っていた。

「すぐに全員を連れてアジトへ戻るぞ。ただ、こいつはとてもすぐに落ち着ける状態じゃないみたいだから、一旦眠っててもらう」

「やれやれ、運搬する人数が増えますねえ。ま、しゃーないか」

「既に連絡はしてあるから、もう1台の車もすぐに到着するはずだ」

 慎は英二の方に再度向き直った。英二は未だ興奮状態にあり、慎の顔をキッと睨み付けている。

「そういう訳だから、君にはしばらく休んでてもらうぞ」

 そう言うなり慎は素早く右手を振り上げ、英二の首元に手刀を浴びせた。避ける間もなく手刀をくらった英二の視界は一瞬で暗転した。意識を失った英二はその場に崩れ落ちた。


「はっ!」

 英二は声を上げながら目を開き、眠りから覚めて意識を取り戻した。真っ白な天井が目に入る。悪い夢でも見ていたのだろうか、汗だくでハアハアと荒い息をしていた。だが急に光を取り戻した世界は少し眩し過ぎ、英二は思わず目を細めた。光に慣れ、冷静に周りを見渡してみると、見たこともない部屋のベッドの上に寝かされていた。英二は身を起こし、しっかりと部屋を見渡してみたがやはり全く見覚えのない景色だ。

 ここは一体――

 すると突然、前方の部屋の扉が開いた。

「起きたか、少年」

 そう言いながら兵馬が部屋の中へ入って来た。

「随分長い間寝てたなあ。お疲れかい?」

 兵馬はベッドの脇の椅子に腰を降ろした。ベッドの上の英二とちょうど同じくらいの目線になった。

「これだけ一気に色んなことが起きれば、そりゃあ……」

「それは違いねえ。びっくりしちゃうよなあ、いきなりこんな状況に巻き込まれちゃ」

「……とりあえず、ここはいったいどこ?」

「ここか? ここは普通の人間は決して立ち入ることは出来ない秘密の場所。俺たち慎一派の地上拠点だ」

「地上拠点……? 一派……?」

「お前には順を追って色々と説明しなくちゃならねえな。アンダーエージェントって言葉は少しは聞いてるか?」

「ああ、慎から軽く話は聞いたよ。極秘任務を遂行する、地下社会の専門集団だかなんだか」

「まあ、簡単に言うとそんなもんだな。そうだ、俺たちはその専門集団、アンダーエージェントだ。そして、そのエージェントには派閥がある」

「派閥……?」

「その派閥ごとに生活や活動を一緒にしていることが一般的だ。まあなんだ、簡単に言やあ家族みてえなもんだな」

 兵馬はニコリと笑顔を見せた。

「良いだろ、家族。で、俺たちは慎が作った家族の一員ってわけだ。専門的な用語で言えば、この集団をギルドと呼ぶんだがな」

 兵馬はおもむろに立ち上がり、部屋の中をぶらぶらと歩きながら話を続けた。

「さっきも言ったとおり、俺達エージェントは特殊任務を遂行する専門集団だ。依頼主から任務を受け、それを無事遂行することで報酬をもらって暮らしてる」

「任務……」

「ああ。現にさっきその一部始終を見たじゃねえか。当然ながら俺たちの活動はこの世界の人間に気付かれちゃあならないから、俺みたいな結界を張れる能力者が必要になるんだ。どうだ、結構キーパーソンだろ、俺って」

 兵馬はいたずらな笑みを英二に向けた。

「そして、お前を散々追い回し、あろうことか藍ちゃんを拉致するという暴挙にまで及んだあいつらもエージェントの一味だ。だがくれぐれもエージェントを悪く思わないでくれよ。あいつらはかなり特殊な例で、目的の為には手段を選らばねえ、いわば過激派だ。エージェントの風上にも置けねえ」

 兵馬は先ほどの笑顔から一転、苦々しい表情を浮かべていた。

「奴らが今回の武力行使に出た目的……それは、お前を掻っ攫うことさ」

 改めて突きつけられる事実。

「俺達はそれを防ぐためにお前をずっと見守ってきたってわけだ」

 慎からも既にその話は聞いていたため、今更特段驚くようなことはなかった。物心付いた頃から、常に誰かに監視されているような気配を感じながら生きてきたのだから、むしろ腑に落ちる気さえしていた。ただ――

「なんで……なんで俺なの? 何で俺が狙われなきゃいけない?」

 英二はベッドの上のシーツを無意識にぎゅっと掴んでいた。兵馬はしばし無言で歩を進め、やがて部屋の扉の前で立ち止まりドアノブに手を掛けた。

「わりい、ここから先はちょっと俺の口からは言えねえんだわ。病み上がりで申し訳ねえが、ちょっと俺に付いてきてくれ」

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