第1話 間違いの始まり

 誰かを好きになるのに、決まりなんてないって思っていた。性別なんて関係ない、この人だから好きなんだ、この人自身が好きなんだ、それが一番理想の恋だと思っていた。


 でも、現実は違っていた。


「きもい、こっちこないでよ」

「え?急に何でよ。…私、なんかした?」

「いやいや、だって雫って、」


 --"レズなんでしょ??"--



 ジャーッ。

 トイレで手を洗いながら、ふと、鏡に映る自分の顔を見た。顔を隠すように伸びた前髪、そこからうっすらと闇を帯びた目が覗く。ほおも痩せこけていて、顔色も悪い。…醜くなったもんだなあ。

 

 ガラガラガラッ

 背後のドアが開いて、誰かが入ってきた。

「うっわ、レズがいる」

「何で女子トイレここにいるんだよ」

「気持ち悪ー、お願いですから性的に見ないでくれませんー?」

「あはははは!!!!」

「……」

 

 私の嫌いな集団だった。この人達のせいで、私は独りになってしまった。大切なものを奪われた。

 悔しくて、悲しくて、私は彼女達を睨みつける。それが、今の私にできる精一杯のことだった。


「--ああん?何だよ、文句あんの?」

「ムカつく。出てけよ、ここから。」

「お前は、男子トイレあっちだろ?」

「ばーいばーい」

 

 1人がドアを開け、私はトイレの外へ思いっきり突き飛ばされた。

 バランスを崩した私はそのまま背中から倒れる。受け身の体制が取れず、ああ、これはまずいと思った。


 その時だった。


「--…何してんの?」

 

 耳元でボソッと、聞きなれない声がした。高校生にしては大人びた、低めの女声。なぜだか知らないが、私の胸がぎゅっと苦しくなる。

 

 私はその声の主に後ろから強く抱かれていた。どうやら彼女が倒れかけた私を支えてくれたらしい。


 私を突き飛ばした奴らは、一瞬不味そうな顔をしたが、すぐにニコニコして誤魔化した。

「なーんもしてないよ」

「てか、何があったの?」

「ごめん、よく分からんけど帰るわー」

 

 そう言って足早に去っていく奴らの後ろ姿を、私はただぽかんと見つめていた。まだこの状況を把握できていない。とりあえず、私は助けてもらったらしい。

 

 久々に人の温もりに触れたからか、少し安心感があった。そんなことを思っていたら、彼女が私から離れる。


「ごめんね、急に抱きついちゃって。びっくりしたっしょ」

 

 解放された私は、声のする方へ、ゆっくりと振り向いた。


 大きな瞳。透き通った白い肌。薄い唇。艶やかな黒髪ショート。息を呑むほど綺麗な人だった。


 その人は笑っていた。私もつられて笑ってしまった。

 他人に笑顔を向けられたのはいつぶりだろうか。そして、いつぶりに私は笑ったのだろうか。


「--じゃあまたね、雫ちゃん」

「えっ、私の名前…?」

「何。そりゃ知ってるよ、もちろん」

 私は頭が混乱して、黙ってしまった。

 そしたら彼女は颯爽と行ってしまった。


 お礼すら言えなかった。

 名前すら聞けなかった。

 私のことを知ってる彼女。

 彼女のことを知らない私。

 もっと知りたいと思った。






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et AL. 三歳児 @minor18

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