第八十四話 男子高校生は想いを遂げる1
前話のあらすじ
修学旅行の『混浴大作戦』は早瀬のジャマが入り、宏海は風呂でゆでダコになって失敗。次はカップルごとに分かれて『ラブホ作戦』。でも、樹里亞が一人で待つのを嫌がって一緒に部屋に入ると言い出した。そして俺と二人で宏海の相手をするなんてトンデモない話になってさあ大変。
◇◇◇
まるで大昔のSF映画に出てくるUFOのマザーシップみたいに巨大で煌びやかなシャンデリアが、俺たちの頭上高く吹き抜けになっている天井から吊り下がっている。二階分の高さがある大きな窓からは南国の植物が生い茂る景色が望める。
超豪華な内装のロビーには、たくさんのミニスイーツが並べられたカフェと本格的なバーカウンターが設えてあり、ホテルの利用者は無料で飲食ができるようになっていた。
周りを見回すと、ここがラブホテルのロビーだとにわかには信じられない。
去年――俺がまだ男子高校生として学校に通っていた頃、
どんだけエッチがしたいんだよ、夕夜……。
修学旅行の宿から車で15分ほど。沖縄市の中心街にあるとてもお洒落で綺麗な建物に俺たちはきていた。みやげ物屋を回りたいからと言って、学校がチャーターしたタクシーを大通りで降りて歩いてここまできたけど、米軍基地が近いせいかお店の看板が英語だったり、ハンバーガーショップの駐車場にグリーン色の軍用ジープが何台も停まってたりして、なんだか日本じゃないみたいだ。
そして、ラブホのロビーにももちろん米兵が……。
昨夜のブリーフィングで、今日の自由時間はラブホへGO! と、決まった――主に女子の部屋で秘密裏に行われた強行採決だけど――から、るちあが夕夜のスマホにメッセージを飛ばして、今日のスケジュールを
今日のるちあは自慢の巨乳をさらに強調する白黒ボーダーのカットソーに、カーゴパンツ。
男性陣はお馴染みの無地のTシャツに夕夜はアロハ柄、宏海は黒のハーフパンツにクロックスだ。
「お客様、まことに申し訳ありません。カップルでご休憩の場合はお二人でのご利用に限らせて頂いております」
るちあと夕夜のカップル、そして俺と宏海と樹里亞の三人でラブホの休憩を利用しようとしたところ、フロントの綺麗なお姉さんに微笑みながら断られてしまった。ホテルの規則で決まってるんだそうだ。
ほら見ろ! やっぱり三人でラブホなんて入れないじゃないか。
「これじゃ、一人余っちゃうわね」
るちあが困り顔で呟く。まぁ、すでに彼氏彼女のるちあと夕夜はなんの問題もないんだけど……。
「お前らで行ってこいよ。俺はココで待ってる」
宏海がそう言って、ロビーのソファーにドッカリと座って両足を投げ出す。
しかし、今回の主役は彼なのだ。『俺と宏海がエッチする』ことが、今日の目的なのだ。改めて言葉にすると恥ずかしいけど……だから、彼を一人で残すわけにはいかない。
かと言って、俺と宏海が二人で入ってしまうと樹里亞があぶれてしまう。昨夜のうちに彼女からそれは嫌だと言われてる。
どうしたものかな。
「ねぇねぇ、アレなんて良いんじゃない?」
るちあが指差した壁にポスターが貼られていた。
『女子会プレミアムプラン! 仲のよいお友達と心ゆくまでお食事と楽しいおしゃべりを!!!』
グラスに注がれたワインと豪華な料理、リボンが掛けられた箱やキャンドルがテーブルに並らべられた賑やかな写真の上に、煌びやかなキャッチコピーが踊っている。
女になって学校帰りにハンバーガーショップで『女子会だぁー!』……って騒いだりするけれど、ラブホでも女子会ができるなんて知らなかった。お風呂もベッドもあるからお泊まり会だってできるらしい!
でもさぁ。女子会するためにホテルに集まったら、エッチするためにきたカップルと同じロビーで待つことになるの? ってゆーか、まさに今、エッチ目的でココにきてる俺たちが、女子会で集まった女の子たちと鉢合わせしたら、すっごく気まずいんじゃないのか?
いや、その前に……。
「女子会もいいけどさぁ、今は部屋をどうするか考えなきゃ」
そう言う俺に、るちあは人差し指を左右に振ってウインクをした。
「違うのよ。いい? まず、あたしと樹里亞と東條くんが女子会プランでチャックインするの」
ふんふん、それから……って、まさか?。
「その後、夕夜と
るちあが新しい計画をドヤ顔で披露する。
あーやっぱり……って、それじゃぁ昨日の混浴作戦と同じじゃないか!
るちあの話に男三人が揃ってイヤな顔をする。ここに男は二人しかいないけど、今の俺の心情は男なのだ。
夕夜と宏海がチェックインするということはつまり『男同士でラブホに入る』ということなのだ。BL万歳。
「カンベンしてくれー。それじゃぁまるでゲイカップルみたいじゃないか!」
宏海が情けない声を出す。広かった肩幅も心なしか小さく見えた。
「部屋に入る前に入れ替わるんだってば! それのどこがゲイなのよ?」
るちあが不思議そうな顔で反論する。でも、彼女はわかっていないのだ。
女性はゲイに寛容だけど、一般的な男性はそうじゃない。俺なんか、この顔と体格のせいで小さい頃から『オカマ』だとか『ホモ』だとか散々言われてきたからよくわかる。
同性愛者だと思われることを嫌がる男は、びっくりするくらい多いのだ。
結局、るちあの『他に方法あるの?』という一言に男性陣が折れて、女子チームと男子チームに分かれてフロントに向かった。しかし結果から言ってしまえば、受付の綺麗なお姉さんに営業スマイルでやんわりと拒否されて終了したのだった。
◇◇◇
「でもさぁー。ラブホって男同士じゃ使えないものなんだねぇ」
タクシーの後部座席で揺られながら、フロントのお姉さんの対応を思い出していた。
仕方なく俺たちは違うホテルを探すためにタクシーに乗ったのだ。どうしてもあのラブホに来たかったという夕夜たちを置いて……。
「ゲイの人たちとか、どうするんだろう?」
「そんなヤツらのことなんかどうでもいいだろ?」
宏海が面倒くさそうに答える。
さっきのフロントでのことを思い出してイヤな気分になったみたいだ。
でも、お前。そんなこと言えるのか? 俺のこと、男だった頃から好きだったんだろ? それってゲイとどこが違うの?
その時、お前は自分の気持ちにどうやって向き合ってきたの?
聞きたい。すっごい聞きたい。ホントにどう思ってたんだろう? 一度気になるといても立っても居られなくなる。でも、隣に座ってる樹里亞には聞かれたくない。宏海の答えを……ではなく、そんな質問をした俺の心理を見透かされてしまいそうで恐いのだ。
「聞くまでもないわよ」
え? 突然話に入ってきた樹里亞にびっくりして振り返る。
「最初に断られた時点でわかってたでしょう? 部屋割りを変えてみたって無理だって、考えなくたってわかるわよ」
どうやらさっきのフロントでの事を言ってるようだ。
心を読まれたのかと思った。
以前の俺のことをどう思ってたのか聞くに聞けず、答えを想像してはそれを否定するのを繰り返す。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、突然くぐもった振動音。
樹里亞がハッとしてバッグからスマホを取り出した。電話がかかってきたらしい。
「ちょっと! それはいったいどういうことなの?!」
開口一番、相手に向かって叫ぶ彼女。
宏海は驚いて樹里亞の顔を凝視するけど、一緒に暮らしてる俺にとっては毎度お馴染みの光景なのだ。
もちろん、ベッドの上だって例外じゃない。
「待ってよ! 今は都合が……」
電話の相手にそう言うと、樹里亞がチラっと俺の目を見る。
ああ、これは大きいトラブルっぽいな。けっこう時間がかかるかもしれない。
理解した俺は黙ってうなずく。
俺は大丈夫だから、仕事を優先してね。
そう、目で合図する。もう慣れてしまったやり取り。
「わかったわ。空港で待ってて。すぐ行くから……運転手さん。ここで停めてください」
「すぐ戻るわ。それまで二人で楽しんでて……」
彼女はそう言って、俺にキスをした。
運転手に一万円札を渡して車を降りると、通りがかった反対車線のタクシーに乗り込んで彼女は行ってしまった。
うーん。我が婚約者ながらなんてオトコマエ。
「門倉、いったいどうしたんだ?」
あっけにとられていた宏海がようやく口を開く。
「ん? ああ。どうせいつものヤツだよ……たぶん仕事関係。特にロサンゼルスからの電話は、お風呂だろうが寝てる時だろうがお構いなしなんだから……。修学旅行にきてるからゆっくりできると思ってたのに、イヤになるよ。ホント」
仕事に打ち込んでる樹里亞もカッコいいんだけどね。
でも、ベッドで抱き合ってぐっすり眠ってる時に起こされて、俺の腕の中から彼女を奪っていく電話にはどうしても慣れることができない。
しかも、これから三人でラブホに行こうとしてる最中だったのに……。
「残念だな……」
それな。
宏海だってそう思うだろ?……って、え? あれ? お前も残念なの?
そう言えば、樹里亞が一緒にくるって言い出した時、宏海は反対しなかった。
話が勝手にどんどん決まっちゃったし、俺も
まさか、ホントは樹里亞とが良かった……なんてことないよな?
「樹里亞が一緒じゃなくてホント、残念だったね」
横目で彼を睨みつけながら、不機嫌を隠さない低い声で皮肉を言う。
やっぱり、樹里亞のことが好きなんじゃないのか?
前にも疑ったけれど、樹里亞はモデル体型の長身美人な上に頭もいい才色兼備なお嬢様だ。おまけに、宏海から見れば初めて自分を負かした女。
男って、初めての女は忘れられない……って言うよね?
でも……だからと言って、俺の目の前で宏海と樹里亞がエッチするなんて、やっぱり考えられない。そんなシーンを冷静に見てるなんて俺にできるワケないじゃないか。
頭の片隅で二人のラブシーンが展開する。まだ服を着たままの二人がベッドに横たわっている。なぜか男の宏海が下になって、樹里亞が覆いかぶさるようにして彼に口づけをしていた。
童貞でもないクセに女にリードされて、とろけるような目で唇を受け入れている彼。
俺のこと、好きだって言ったくせに……。
無意識に突き出した肘が、彼の左脇腹に突き刺さる。折れた肋骨を守るコルセットの下端――
「ぐぅっ!」
一言呻いて宏海が悶絶する。
「ちげぇよ! 残念ってのは俺じゃねぇ。門倉と一緒の方がお前が安心できるだろうって言いたかったんだ!」
ギプスで固定された指で脇腹を押さえて、宏海が喘ぎながら弁解する。
やっぱりアレか? お前も他の男どもと同じで、デカイ方が良いってのか?
両手を自分の胸にぺたんと当ててみる。
主治医の多岐川先生によると、俺の女性ホルモンの量に問題はないらしい。でも、産まれた時からホルモンの恩恵を受けてるごく普通の女の子たちに比べたら、絶対量がぜんぜん足りてない。
以前に比べたら俺のささやかな膨らみもブラのカップを満たすくらいには成長したけど、毎晩ベッドの中で抱きついて眠る樹里亞の柔らかな胸の感触には、安らぎとは別のなにか複雑な感情が掻き立てられるのだ。
口には出さないけど……。
樹里亞の方がおっぱい大きいし……。
胸に手を当てたまま視線を落とす。
いつからだろう? 自分が『男』だという認識が薄れてきたのは。
いつからだろう? 宏海からどう見られているのかこんなに気になるようになったのは。
「おっぱ……って、お前! なに言ってるんだ?」
ヤバい。口から漏れてた。
「てか、俺はそんな……大きさなんか気にしねぇ」
『気にしない』……だって?
その言い方ってなんだか上から目線じゃないか? 気に入らない。
それに『小さくても気にしない』ってことはつまり『大きい方が良い』という前提の上で成り立つ話じゃないか。
「違うよなぁ、宏海? 気にしないんじゃなくて、小さいほうが好きなんだよなぁ? だって、入院中にぺったんこの『
「それこそ誤解だ! こっ……興奮なんかしてねぇし! 第一、アイツは男だったじゃねぇか。俺はそんなこと知らなくて……ってか、なんで俺が男なんかに!」
必死に何かを否定しようとする宏海。
そう。お前は男に恋愛感情を持ったりしないよな。だったら……俺のことはどう思ってたんだ?
男だった頃の俺をどういう風に見てたんだ?
もう、樹里亞もいない。
こうなったら襟首を掴んで無理やりにでも問いただしてやる。
聞くぞ、聞くぞ……聞くぞ。
「宏海は、さぁ……」
でも、いざ口に出すとなんだか急に恥ずかしくなって、声がどんどん小さくなっていく。
どんな聞き方をすれば恥ずかしくないか考えているうちに、だんだん自分でもなにを聞きたかったのかわからなくなってきた。
そして頭は真っ白に……。
でも俺は聞かなくちゃならない。ええと、ええと……。
「いつ俺のこと……好き……に、なったの?」
あれ? 口からこぼれた直後にハッと気づく。よりにもよって一番恥ずかしい聞き方になったんじゃないのか……コレ!
両手で頬を押さえて足元に落としたままの視線を上げることができない。
女子の制服を着てきた時から? 海に行った時? スキー合宿の時? それとも、中学の頃から?
それが今、とても気になる。
でも、彼からの返事は……ない。
沈黙が重たい。
耐えきれなくなって顔を上げると、突然視界が暗くなった。
そして押し当てられる柔らかな感触。
口づけ……されてた。
びっくりしてちょっと手足をバタバタさせたら、抱き寄せられてもう片方の腕で手首を押さえつけられた。
「んーーーーーっ!」
慌てて押し退けようとしたら、さらに強い力でシートに押し付けられてしまった。
東陵祭から彼とは何度もキスしてるけど、こんなに強引なのはなかった。それに、俺からばかりで宏海からなんて初めてかもしれない。
よかった。宏海はまだ俺のことが好き。それを確かめられて安心する。
まるで光のシャワーが頭上から降りそそぐように辺りが急に明るくなって、全身が今まで経験したことがないほどの幸福感で満たされる。
彼が唇を離して俺の目を覗き込む。心の奥底まですべて見抜かれてしまいそうな鋭い視線。でも、どうしてだかそれがイヤじゃない。
「好きだ、
質問にはぜんぜん答えてはいないけど、どうしてだか宏海の言葉に無条件に納得させられてしまう。
ああ、そうか。いつから好きだったとかそんな事はどうでも良くて、本当はこの言葉が聞きたかったのかも知れない。
「宏海……俺も……」
両腕を伸ばして彼の首にしがみつく。
そして、今度は俺からキスの続きをするために顔を近づけた……その刹那、両腕の中から唐突に宏海が奪い去られた。
!!!!!
俺の体はマリオネットみたいに手脚を投げ出したまま肩と腰で宙吊りにされた。
その直後に轟音が鼓膜に突き刺さる。いや、音の方が先だったのかもしれない。
なにが起こった? 事故? 宏海は無事? シートベルトは?
確認しなきゃならないことがいっぱいあるのに、固く閉じたまぶたを開けることができなくて、なんの音も聞こえない。
そのまま意識も薄れていってしまった。
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