第八十三話 男子高校生は親友と混浴する5
前話のあらすじ
修学旅行で親友の宏海との二人っきりの混浴。いざドアを開けようとしたところに現れた早瀬。混浴計画を知られたくなくてごまかそうとしたのに、俺は早瀬の罠にハマって締め出されてしまった。中は裸の宏海と早瀬の二人っきり。焦る俺。そして部屋の中からは物音と喘ぐような女の声が!
◇◇◇
『NTR』という言葉をご存知だろうか。
アルファベットでエヌ・ティー・アールと書いて『寝取られ』と読む。妻や彼女が他の男に奪われるという特殊なシチュエーションを指す言葉だ。それも恋愛的な意味ではなく性的に……。ほとんどの場合、彼女たちは無理やり凌辱され、更には快楽によって支配される。奪われる側の男性から見れば愛する女性を汚されただけじゃなく、男としてのアイデンティティまでも否定される屈辱を味わう。
しかし、NTRの本質はその先にある。愛する女性を奪われた男性は、その怒りと屈辱の延長線上に、あろうことか性的な快楽を見出すのだ。
その快楽の正体は『マゾヒズム』だ。
NTRなんて呼ばれてメジャーになったのは最近のことだけど、同じようなシチュエーションは江戸時代の創作物にすでに存在していたらしい。実に歴史のある性癖なのだ。
物語の中に登場するNTRの大半は男が妻や彼女を奪われる……というもので、その逆は数えるほどしか存在しない。数少ない例外でさえ書いたのは男性作家だろう。
果たして女性は、愛する男性を性的に奪われて興奮するものなのだろうか?
俺は答えを知っている。『ノー』だ。
基本的に男は理屈でモノを考える。そのくせ精神的に未成熟でプライドが高い。女を奪われた己の弱さを認めることができず、自分を納得させるためのもっともらしい
寝取られたのは自ら望んだ結果であって、自分は決してオスとして劣っているワケではない……という具合に。
女はそんな回りくどいことなんか考えない。
人のものを奪うヤツは悪者。そして奪われた彼は裏切り者。そのまま戻ってこなければ自分の魅力が足りなかっただけのこと。
そう、女はNTRなんか楽しめない。そんな性癖は認めない。
だから今、俺は猛烈に怒っていた。
目の前のドアの向こう――教諭用の部屋の風呂の中――で俺の大切な親友であり、最愛の男子である『
ドアの向こうからは相変わらず物音とかすかな女の声とが断続的に聞こえてくる。
生粋のレズビアンのくせに! 女の恋人がいっぱいいるくせに、男に興味を持つなんてビアンの風上にも置けない。男以上に男らしいヤツだと思ってたのに、見損なったぞ! 早瀬。
俺は怒りに任せてドアを叩き続ける。
部屋のドアは頑丈なスチール製だったけれど、このまま叩いて叩いて叩き壊してでも早瀬を止めたかった。なにもしないで突っ立っていたら頭がおかしくなりそうだった。
「開けろ。早瀬ぇー!」
ドアを殴り続ける手が真っ赤に腫れて痛みも感じなくなったころ、突然目の前でドアが開いた。
「ウルセェよ、
中から憎っくき泥棒ネコが顔を覗かせる。
俺は瞬時にドアの縁に手を掛けて、渾身の力で引け開けようとした。
「うわぁっ! どうした東條? なにすんだ!」
「うるせー! お前なんかもう友達でもなんでもない! 俺の宏海になにしやがった?」
沸騰した血が頭に昇って自分でもなにを言ってるのかわからない。
ただコイツを早く宏海から遠ざけなくては……それだけは確かだ。
しかし、引っ張っていたドアは突然開き、俺は後ろに投げ出されて廊下の壁に後頭部を思い切りぶつけてしまった。目の奥に真っ赤な火花が散る。
痛ぇっ!
思わず睨み付けると、早瀬の表情のない瞳がじっと俺を見下ろす。
「お前の宏海クンが、湯船で鼻血吹いてのぼせてるぜ。全裸でな……」
鼻血を吹いてるってどういうことだ? 早瀬に誘惑されたのか?
あんなレズ野郎ごときに万が一にも悩殺されたりしたら、宏海をまず最初に血祭りにあげなくてはならない。
だっておかしいじゃないか! 俺に『好きだ』と言っておきながら他の女に反応するなんて、これはまさに『裏切り』だ。許すワケにはいかない。
無我夢中でヤツを突き飛ばし、部屋の廊下から狭い脱衣所を抜けて浴室に飛び込んだ。
大きな音を立てて蛇口から水が流れ出ている。そのせいで湯気がもうもうと立ち込めて室内は真っ白になっていた。
ゆっくりと近寄っていくと、青い色のギプスに固定された腕が湯船からダラリと垂れ下がり、真っ赤になった宏海の顔が天井を向いていた。
「ぎゃぁーーーーーーー! 宏海ぃ! 死んじゃダメだぁーーー!」
◇◇◇
早瀬が俺を締め出して風呂場を覗いた時には、浴室内はすでにサウナのような状態だったらしい。ヤツは湯船の中でボイルされた宏海を発見し、長身の彼を引っ張り上げようとしたけど上手くいかず、給湯器を止めて蛇口から冷水を出しっぱなしにして俺を呼びにきたそうだ。
ヤツが宏海を助けるために手を尽くしていた時に、俺はと言えばくだらない思い込みで早瀬をビッチ扱いして一人で激昂してたなんて……。
いつの間にか夕夜もきて三人で宏海をバスタブから引っ張りあげて、身体を拭いて畳に寝かせた。るちあはフロントでアイスノンをたくさん借りてきてくれた。
俺が早く風呂に入っていれば……早瀬を追い払おうとしなければ、彼をこんな目に遭わせずに済んだかもしれない。
後で聞いた話では、昨日、宏海は風呂場で俺に置き去りにされて湯冷めしたせいで、今日は夕夜に頼んでお湯の設定温度を高くしていたらしい。風呂が熱かったのも、元はと言えば俺のせいだったのだ。
「ゴメンよ、宏海……」
彼の耳元で囁いて、そっと頭を抱き締める。
自己嫌悪で両目から熱いものがとめどなく溢れてくる。
嗚咽は我慢したけれど体が勝手にプルプルと震えてしまって止められない。そんな俺の頭に、硬いギプスの感触がポンと乗せられる。
「なんて顔してんだ……バカ野郎。お前はなにも悪かねぇよ」
さっきまでハアハアと苦しそうな荒い息をしていたくせに、低めのカッコいい声で俺に優しい言葉を掛けてくれる。
「宏海ぃー!」
感極まって抱き締めた腕に力を入れる。彼の鼻息が胸に当たって熱い。
「部外者が言うのもアレなんだけどさ……」
せっかくの幸せな時間を邪魔するように早瀬が図々しく喋り出す。
うん、ホントに部外者だね……てか、お前まだいたの?
「大きなお世話だけどさぁ。そうやって東條を甘やかしてたら、アンタそのうち命まで落とすことになるぜ」
「命を落とすとか、俺は『魔性の女』かよっ!」
ふざけるのもいい加減にしろ!
激昂する俺の胸の中で宏海がくつくつと笑う。
こんなに俺が悩んでるのにいったいなにが可笑しいんだ?
ちょっとだけ腹がたったので、彼の頭を胸に押し付けてギューっと締め付けてやった。
どうだ! 苦しいか! 俺は怒ってるんだぞ。
すると突然、音を立ててドアが開く。
「なんだお前ら? 風呂の時間はとっくに終わってるぞ! どうした? なんかあったのか?」
副担任の
◇◇◇
「すごぉーい!」
真っ暗な室内に、女の子たちの嬌声が響き渡る。
消灯後のガールズトークで俺は同室のクラスメイトに今日の出来事を話して聞かせていた。もちろん俺が話したくて話したワケじゃない。みんなに問い詰められて仕方なく……だ。
昨夜は眠ったフリをしてた彼女たちも、今夜は最初からフルスロットルで話に食い付いてくる。
いったいなにが『すごぉーい』んだか……。
「でもさぁ、C組のモエモ……早瀬さんってああいう人だから良かったけどぉ、他のクラスには松崎くんを狙ってる子って多いのよ!」
女子の一人が真面目な顔で教えてくれる。
『ああいう人』……早瀬がレズビアンだってことは生徒の間では有名なことらしい。それよりも、宏海が他のクラスの女子に人気があるって聞いて驚いた。
言われてみれば、長身で細マッチョ、おまけに優しくてカッコイイ彼が女性にモテないハズはない。ちょっと不良っぽいところなんて、女の子が喜びそうな要素の一つだ。
俺が大浴場の女風呂に入れなくなったことだって、元はと言えば彼を狙ってる女の子たちの嫌がらせが原因だと考えると辻褄が合う。
もしも、宏海が入ってる風呂に代わりに入ってしまったのが早瀬じゃなかったら……彼のことが好きな他の女だったとしたら……。恐ろしい想像が脳内に展開する。
風呂場でエッチする宏海と見知らぬ女生徒。
俺の心臓が早鐘を打ち呼吸は早く浅くなり、渇いた喉がヒリヒリと痛み出す。
「そんなの、冗談じゃない!」
俺が彼に……男らしい宏海に何年憧れ続けてきたと思ってるんだ?
産まれた時から女だったヤツらに『男が惚れる男』の良さがわかってたまるか!
「でっしょーっ? だからぁ、さっさと既成事実作って恋人宣言しちゃわないと、誰かに取られちゃうわよぉ」
るちあが俺の手を両手で握り、目を真っ直ぐに見てそう言った。
昨夜は遠慮していたくせに、
でも、物事はそうカンタンには進まない。
るちあとパートナーを交代して、お互いの彼氏――宏海は彼氏じゃないけど――と二人きりで風呂に入ろうとした混浴作戦は、その場にいた全員が口裏を合わせることで教師になんとかバレずに済んだ。でも風呂でのぼせたことがバレて、明日から部屋風呂の使用時には教師が立ち会うことになってしまった。おかげでもう宏海と一緒に風呂に入ることはできない。
他に宏海と二人きりになる方法なんて、あるだろうか?
「ラブホ行っちゃば?」
なんですと?
突然、彼女たちからびっくりするような案が飛び出した。
「それイイかも! 明日は三日目で午後は自由行動だから、お土産とか見てる途中でハグレたってことにしちゃえばいいんじゃない?」
妙にウキウキした表情のるちあが賛同する。
「ちょっと待てよ! それって、るちあが夕夜とラブホ行きたいから言ってるんじゃないだろうな? 今日一緒に風呂に入ったんだろ? まだ足りないのかよ!」
俺の赤裸々な言葉に何人かの女の子が小さな悲鳴を上げる。
今夜の部屋風呂のは、るちあが立てた計画なのだ。自分と彼氏との逢瀬のダシに、俺たちが利用されてるような気がして、正直言って面白くない。
「あらぁ! 東條くんったら、そういうこと言うんだぁ。この際だから言っちゃうけど、さっきは夕夜がすごぉーく優しくて、今までにないくらいメチャメチャイイ雰囲気だったのよぉ……隣で誰かさんがドアをドンドン叩き始めるまでは……ねぇ」
そう言って、るちあは大きな瞳をすぅっと細める。
もしかして俺のせいでぶち壊しになったのか?
どうりで、彼らがきてくれるのが早かったわけだ。宏海だけじゃなくて、るちあや夕夜にも迷惑かけてたのか、俺は……。
「ううぅ。ゴメンナサイ」
土下座するように両手を揃えて頭を下げる。
でも、布団に寝そべった格好のままなので見た目はネコの『ごめん寝』のポーズに近い。
「わかれば宜しい。じゃぁ明日はカップル別行動ね。わりと近くに素敵なホテルを見つけたの。樹里亞は……悪いけどロビーで待ってて。ラブホっぽくない素敵なバーカウンターがあるのよ」
「嫌よ。ラブホテルのロビーで待ってるなんて。写真でも撮られたらどうするの」
濡れた髪をドライヤーで乾かしていた樹里亞が間髪入れずに拒否する。
確かに門倉グループ次期総裁である彼女が、修学旅行先中にラブホのロビーで目撃されるなんてスキャンダル、あってはならないことだろう。こんなに優秀で美しい彼女がいるというのに、別の相手とエッチしようとしてる俺も人としてどうかと思うけど……。
彼女は本当に俺と宏海がエッチしても構わないのだろうか? 改めてそう考えるとなんだか複雑な気持ちになる。
樹里亞はいったいなにを考えてるんだろう?
「あたし、雪緒たちと一緒の部屋に入るわ。ああいうホテルって、三人でも入れるわよね?」
は? 今なんて言った?
俺を含めた同室の女の子たち全員が唖然と言葉を失っている中、樹里亞は平然と髪を梳かしながらそう言った。まるでお茶する店を選ぶみたいな気軽さで。
「まさか、俺たちが――その――『する』のを目の前で見てるつもりなのか? そんなの、宏海がOKするワケないだろ?」
アイツは、180センチオーバーの長身イケメンの非童貞のくせに、エッチのことになると意外にヘタレなのだ。第三者……それも『東陵の女帝』とまで言われた美人の樹里亞が見てる前で、落ち着いてエッチなんてできるワケはない。
もちろん俺だって……困る。
「じっと見られてたらやりにくいでしょうね。でも彼だって、女が二人がかりで相手するんだったら嫌とは言わないんじゃない? ほら、なんて言ったかしら。さんぴぃ……?」
東陵の女帝は、まるで流行りのスイーツでも注文するようにそう言った。
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