第七十九話 男子高校生は親友と混浴する1
前話のあらすじ
美少女だと思ってた美鶴ちゃんだったけれど、どうやら俺の敵ではないことが判明。これで宏海を奪われずに済んだと安心してると、今度はなぜか樹里亞が『ほかの男とエッチする』ことを承諾するハメに。
◇◇◇
まるで白い生垣のような背の高いサトウキビの畑が、のんびり走る車の窓の外をいつまでも途切れず流れていく。時間の流れまでも遅くなってしまったような景色を眺めながら、運転手がハンドルを握りながら途切れることなく話し続ける。
「それでね。君たちは
「骨粗しょう症とか貧血症にも効果があって女子には必須の甘味ですね」
聞き覚えのある女の子の声が割り込む。
ダイエットに関する話題なら右に出るものはいない女友達『
「ちなみにビタミンはB1、B2、B6で細胞の代謝を上げて肌を綺麗にしてくれる効果があります。その上、血糖値の上昇と糖分の吸収を抑制するフェニルグルコシドっていう成分が含まれてるんです。おまけに中性脂肪や悪玉コレステロールを抑えたり、腸内環境を整えたりする成分も入ってるので、ダイエットに最適な甘味料ですね」
呆気にとられる運転手をよそに、るちあの薀蓄が車内に流れる。彼女にこの手の話をさせると止まらなくなるのを俺はよく知っている。彼氏の夕夜も同じみたいで、彼女の演説に口を挟むようなマネはしなかった。
「
後ろのシートの俺に振り返ってそう言う彼女。体をひねると制服に包まれた巨乳がぎゅーっと絞られて、ブラウスのボタンが今にも弾け飛びそうだ。あんなに胸が大きいのに、下半身にはプロポーションのバランスをとるための必要最少限の脂肪しかついていない。
以前、『ダイエット合宿』と称して彼女の部屋で強制的に断食させられた時のことを思い出す。あれは間違いなく俺の黒歴史の一つだ。
でもそんな彼女の解説も今は俺の両耳を素通りしていく。
黒糖について語るのと同じ声で、昨晩るちあから爆弾発言を聞かされたのだ。
◇◇◇
「先週の土曜日あったでしょ……」
「あったねぇ……」
「あたしと夕夜が一緒に帰った日ぃ……」
「うんうん。帰ったねぇ……」
受話器の向こうから聞こえてくる彼女の声に俺はテレビを見ながら生返事を返す。だって、るちあと夕夜は毎日一緒に帰ってるんだぜ。一緒じゃない時なんてないくらいに。だから、日にちを言われても俺にはいつの事だかまるでわからない。
それに彼女の乙女チックなノロケにも食傷気味だった。
ガールズトークができる唯一の女友達ではあるけれど、だからと言って全然進展しない彼氏とのイチャイチャ話を壊れたレコードプレーヤーみたいに繰り返し聞かされるのは楽しいおしゃべりとは言えない。控えめに言ってイライラする。
しかし、この日の話は違っていた。それはもう青天の霹靂。
「あの日、夕夜の部屋で……しちゃった」
電話の向こうから聞こえる彼女の言葉で、俺は飲みかけていたホットチョコレートを気管に吸い込んで盛大にむせる。
『何を?』なんて聞き直す必要はなかった。『部屋で』から『しちゃった』に続くまで実に十秒以上もの間があって、彼女が彼氏といったいなにをしたのか鈍感な俺にだって瞬時に理解できたからだ。
もちろん『ケンカしちゃった』とか『部屋の掃除しちゃった』なんてことはない。
でも、本来なら嬉しそうに話すべき話題にも関わらず、るちあの声は硬い。その理由もわかってる。今年の夏に俺が遭った災難のことを気にしてるんだ。
るちあは優しい。いつも俺の気持ちを考えて接してくれる。でもそれは彼女の杞憂に過ぎない。彼女の踏み出した新たな一歩を俺が祝福しないワケがないじゃないか。
「マジかーっ? ついにやったかぁー! おめでとーっ!」
電話の向こうに天使のような明るさが舞い降りる。
あの男『
俺の興味はそのものズバリ、るちあのエッチ話の詳細だ。
「どんなだった? 痛かった?」
はっと気がついて声のトーンを落とす。
東陵祭が終わってから、平日はずっと
樹里亞の両親は海外での企業経営のためにほとんど日本にいないので、大きなお屋敷に二人で住んでるような感じだ。るちあから電話がきた時、樹里亞は書斎に閉じこもって仕事中だったけど、なんとなく声を潜めて話してしまう。
「なんかぁ、聞いてたほどじゃなかったよ。痛いとか気持ちいいとかそんなこと考えてる余裕なんか全然なくて……うーん『ビックリ』した感じってゆーのが一番近いかも。今までずっと日陰だった裏庭に急に陽の光が当たったみたいな? とにかく自分も世界もそれまでと全然ちがうの。『もう何も恐くないっ!』って感じ」
不穏なフラグを交えつつ彼女が初体験の印象を口にする。
それは話を聞くだけでウキウキするようなステキな体験で、想像するととても羨ましくなってくる。エッチってゆーものはやっぱり好きな相手とやるべきものなのだ。
修学旅行のタクシーの中で、俺はそんな会話をぼんやり思い出していた。
「幸せなエッチっていいなぁ……」
「あらっ。いつもしてるじゃない?」
ふと気がつくと口からダダ漏れになっていた俺の妄想に、我が愛しの婚約者様から鋭い突っ込みが浴びせられる。
制服の短いスカートから延びる長い脚を狭い車内で奇跡のように美しく折りたたんだ俺の彼女……いや、婚約者である『門倉 樹里亞』だ。
スーパーモデルかと見紛うような長身のスタイルと、大人びた妖艶さを持つ樹里亞の口からのっぴきならないセリフが飛び出す。
こんな狭い車内で突然なんてこと言いだすんだよっ! 友達と、それに運転手だっているのに……。
車体が急に蛇行して、前のシートから小さな悲鳴が上がる。
ほらぁ! 樹里亞が変なコト言うから、運転手が動揺してるじゃないか! 危ないなぁ。沖縄まで来て交通事故なんて冗談じゃないぞ。
車の揺れに振り回されて俺の肩が右隣のヤツにぶつかる。両腕のギプスこそ痛々しいけれどシートに深々と座る長身の男子は俺の一番の親友『松崎(まつざき) 宏海(ひろみ)』だ。片目の眼帯がちょっと厨二っぽいけれど、彼のカッコ良さは微塵も損なわれていない。
このいつもの仲良しメンバーが、どうして制服を着て遠い沖縄の地で車に乗ってるかと言うと……実はごくありふれた話だけど『修学旅行』にきてるのだ。
どちらかと言えば進学校である我が東陵高校は、受験戦争に突入する前の二年生の秋に修学旅行が行われる。
飛行機で那覇空港に着くと、学校がチャーターしたタクシーにグループごとに分乗して移動する。四人構成のグループは普通のタクシーに乗るんだけど、俺たちは五人グループだったし怪我が完治していない宏海もいたから特別に大型のワゴンタクシーが用意された。
なんとか修学旅行までに退院できた宏海だけど、当初は行かないつもりだったようだ。足腰こそ無事で歩くのに不自由がないとは言え、両手両腕と肋骨や鎖骨の骨折が完治していないので、自分自身の世話すらできない状態だったからだ。
しかし、修学旅行と言えば高校生活最大のイベントだ。これを逃して果たして高校生と言えようか。俺たちは宏海の両親を説得し、学校側と直談判して彼を連れて行くことを了承させたのだ。そのために宏海の寝起きから入浴までのすべての面倒は俺たちが見ることになっている。
もちろん、嫌と言われてもやるけどなっ!
修学旅行初日の今日は、ひめゆり平和祈念資料館と平和祈念公園を見学してから、グループに分かれてドライブしつつホテルに向かうという工程だ。
『ひめゆり』と言えば戦争の悲惨さをテーマにした映画で有名だけど、『ひめゆりの塔』という名称とは裏腹に、実物は暮石のような小さな石碑が建ってるだけ。でも、終戦直後の物のない時代に彼女たちのことを忘れないようにと私費で石碑が建てられたという。塔が建てられなかったら、彼女たちの献身と悲劇は歴史の中に埋もれてしまっていたのかもしれない。
石碑の横にある当時の陸軍病院第三外科壕の入口……『病棟』ではなく『壕』という名前からもわかる通り病院とは名ばかりの単なる洞窟で、ロールプレイングゲームでラスボスが登場するダンジョンのようなおどろおどろしい場所だった。
俺と同じくらいの歳の女の子たちがこんな薄暗くて不気味なところに連れてこられた上に、ろくに薬も器具もない状況で苦痛に呻く重症の兵隊たちの面倒を看ていたのかと思うと、あまりの壮絶さに声も出なくなる。ひめゆり平和祈念館に展示されている日記には、ひめゆりたちがなにをして、なにを見てきたのかが赤裸々に綴られていた。終戦間際、米軍の沖縄上陸に備えて、自ら命を絶つための毒薬入りミルクが軍から支給されたという日記を読むと、両頬にとめどなく涙が伝ってきて、るちあと抱き合って泣いてしまった。
「戦争の犠牲と言えば本土では広島、長崎の原子爆弾とか、大都市の空襲とかが有名だけどもさ、戦争当時の沖縄がどんなだったかも知って欲しいんです。ひめゆりだけじゃあなくて他にもたくさんの女学校から生徒や先生が動員されて犠牲になってるんですよ。それを忘れないでいて欲しいです」
日に焼けた丸顔の運転手は人懐こい笑顔で観光案内をしながら車を走らせる。
それを聞いて俺の涙腺がふたたび決壊してしまった。るちあに借りた可愛らしいガーゼのハンカチを目に当てていると、ふいに体が横に引っ張られた。後部座席真ん中の二点式シートベルトのせいでカーブで遠心力の影響をモロに受ける。ビックリしてハンカチを投げ出した俺は、左隣の樹里亞の胸に顔から飛び込んでしまった。
るちあほどではないものの、彼女の母性の象徴はまるで最高級のクッションのように俺の頭を優しく包み込んでガードしてくれた。まるで天使のクッションだ。この胸は俺だけのもの……そう思いながら制服越しに樹里亞の温かくて優しい胸の感触を楽しんだ。
そしてここしばらく、樹里亞と触れ合うたびにある言葉が脳裏をよぎる。
『結婚前に男の人とエッチしてみようかしら』
どうして樹里亞がそんなことを言い出したのか。それはひとえに俺のくだらないプライドが原因なのだ。利己的に俺を縛っているから『男とのエッチ』は黙認すると言いだした樹里亞に対抗して、俺も『樹里亞も他の男とエッチしていい』と言ってしまったのだ。結婚の約束をしたのに勝手に女になってしまった俺にだって非はあるわけで、要はお互い様なのだから俺だけが浮気を許されるような関係というのはおかしい。
器の小さい男だと思われたくなかった。でも、今から考えてみれば『俺は他の誰ともエッチしない』と言い切ってしまえばそれで済んだことだったのだ。
俺に惚れきってる樹里亞が他の男とエッチするだなんて、まさか本当に言い出すとは思わなかった。『バカねぇ。あなた以外の人となんて、したいと思うワケないじゃない!』……そういう答えが返ってくるものだと信じて疑わなかったのだ。
でも樹里亞のことだ。口ではああ言っても実行に移すことはありえない……ハズ……だよな?
そんなことを考えながらひとしきり彼女の肌の匂いを胸に吸い込んでいると、今度は車が逆方向にカーブして体は右に引っ張られていく。
俺は焦った。右隣にはつい先日退院したばかりで、ギプスも半分以上残ったままの宏海が座っているのだ。そんな彼に体重を預けるわけにはいかない!
慌てて両脚をふんばったけれど、耐えきれず彼の肩にぶつかってしまった。
「痛ぇー!」
「ん? 大丈夫か、雪緒」
しかし、叫んだのは俺の方で、宏海は平然としている。
あれっ? ぶつかっても痛くないのか? 良かったぁ。
そう思ったら、俺の中でイタズラ心が急速に芽生えてしまった。
『樹里亞の胸は優しくて柔らかかった。では宏海の方はどうなんだろう?』
いったんそう思うと確かめずにはいられなくなった。宏海はすぐ隣に座ってて、タクシーの運転はとっても荒い。車内の揺れを口実に彼の胸にダイブしてやる。こんなチャンスは滅多にない。もちろん、樹里亞より筋肉質で硬いことはわかってる。俺はそんな物理的なことを知りたいわけじゃないのだ。
姿勢を戻し、フロントガラス越しに遠くの路上を見ながらタクシーがカーブするのを待つ。
交差点の手前で運転手が左ウインカーを出すのを確認して、踏ん張った両脚の力を緩める。
予想通り、俺の体は遠心力に翻弄されて右隣の親友目掛けて倒れ込もうとした。
「雪緒っ?!」
遠心力に振り回されるその瞬間、危険を察知した樹里亞に腕を掴まれた。それもなぜか右腕で、俺の体は半回転して背中から宏海の膝に倒れ込んだ。シートの上で斜めになった体勢で目を開くと、すぐ近くで宏海の瞳が俺を見下ろしている。
ちょっと寄りかかるくらいのつもりだったのに……いや、バランスを崩したフリして宏海に抱きついてやろうとは思ってたけれど……こんな恥ずかしい体勢でフィニッシュするなんて完全に想定外だ。
「おいおい、なにやってんだ、お前。大丈夫か?」
邪なことを考えていた俺の目を宏海が優しい瞳で心配そうに覗き込む。
彼の優しさに癒されつつも心の中を見透かされてしまいそうで、まるで借りてきた子猫のように固まって動けなくなってしまった。
この体勢はまるで『お姫様抱っこ』じゃないか!
それを意識すると顔が急激に熱くなるのを感じる。
膝の上で真っ赤になってる自分の顔を宏海に見られてるのかと思うと、俺の羞恥心が臨界点を突破した。
「ぎゃーーーーーーっ!」
可愛いさのカケラもない叫び声を上げながら目の前に迫った彼の顔を押しのけ、手足をバタバタさせて膝の上から逃れようとした。
「ちょっ、待てっ。雪緒! 狭いんだから暴れんな!」
必死にもがいても俺の体は宏海の膝の上から動けない。こうなったら座席の足元に転がり落ちてでも逃げようとしたけど、それさえもできなかった。シートベルトに腰の部分を固定されていたのだ。それに気づくまでの間、俺は宏海の膝の上でひとしきり暴れてしまった。
シートベルトは捻れて上体が半回転したまま起き上がれず、金具部分がお尻の下敷きになって外すこともできない。樹里亞の指示でタクシーが路肩に停まるまでの間、俺は両手で顔を覆って宏海の膝の上に寝そべったまま恥辱に耐えるしかなかった。
◇◇◇
「
宿に着くと、るちあが近づいてきてコッソリと囁いた。
「やめろよ! 思い出したくもない!」
「えーーーーーっ? でも東條くん……すっごく幸せそうだったよぉ」
つい最近バージンを脱した彼女が俺の耳元に唇を寄せて楽しそうにそう言った。
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