第83話 情報の応酬
「じゃあさ、他の情報は良いから、ヘレンさんと暗黒オーブのことを教えておくれよ」
「うふふ……、珍しいですわね、情報屋さんの方から報酬を指定なさるなんて」
「そりゃあ、そうだよ。だってさあ、ヘレンさんのことって、今、各国で一番の関心事なんだぜ。暗黒オーブのことはともかく、その居場所を正確に掴んでいるだけで報酬に匹敵する」
「……、……」
「しかも、あんた達は、他にアイラさんとエイミアさんと言う、超の付くレア情報の御人がいるしな。アイラさんは、失われた聖剣の謎を追うシュレーディンガー家の跡取り……。バロールを直接ぶっ飛ばしたのも、アイラさんだ」
「……、……」
「エイミアさんだって、お父さんが疫病の特効薬を作ったかなりの有名人物だしな。でも、おいらは知ってるぜ、実は、娘のエイミアさんの方が薬師としては能力が高いってさ」
「……、……」
「そんな娘が三人も寄り集まってて、しかも、その中で一番良く分かってないのがヘレンさんなんだからさ。おいらじゃなくても、誰だって情報を欲しくなると思わないか?」
「そうは言っても、私の提示する報酬は、暗黒オーブのことに匹敵しますわ」
「おっ、おい……。なっ、何だってっ!」
「うふふ……」
情報屋は、その細い目を目一杯見開いて、再度、驚いて見せた。
……って言うか、この人、本当にそんなに凄い情報屋なのかな?
まあ、エイミアが実は凄いってのを知ってるのはさすがだけど、お父さんは元々有名人みたいだしな。
「な、なあ……、ヘレンさん。おいら、そんな物凄い情報をもらったら、ずっとただ働きしなきゃいけないよ。だけど、聞きたくないかと言えば、そんなことはないし……」
「大丈夫です。私達も、知りたいことがいっぱいありますので……。これからも情報屋さんとは仲良くさせていただけそうですわ」
「そ、そっか……。まあ、じゃあ、今回は水の魔女の件と見合うものを頼むよ」
「ええ、そのつもりですわ」
「ちぇっ……。何か、どっちが情報屋か分かりゃあしないな」
「うふふ……。私、最近、色々知ってしまったので、しばらくは報酬で困ることはないんです。でも、暗黒オーブと私については、近い内に公表するつもりでいますけど……」
「ええっ! 自分から秘密をバラすって言うのかい?」
「ええ……。そうする必要がありますから……」
情報屋は、どっかり座り込むと、竿を舟に置いた。
もう、舟を操りながら聞く気にはなれないらしい。
「公表すると分かっていても、知りたいですか?」
「あ、ああ……。おいら、こんなに気が狂いそうになるほど知りたいのって、初めてだ。ぜ、是非、教えてくれっ! 水の魔女のこと以外でも、おいら何でも働くからさ」
情報屋の反応を看て、ヘレンは、アイラにうなずきかけた。
「あ、あのさあ……。あたしの父さんのことなんだけど、良いかな?」
「ジェラルドさんのこと? 良いですよ、それについては、良いネタが入ってるよ」
「そ、そうかっ! じゃあ、暗黒オーブとヘレンのことについては、教えてやるよ」
「ジェラルドさんが、今何処にいるかと、聖剣の行方に目処が立ったってことなんだけど、それで良いかい?」
「ああ……。恩に着る」
「い、いや……。ジェラルドさんは、そもそもが目立つ人なんで、おいらじゃなくても知っている人は知っていることだけどさ」
お、おい……。
アイラ……、良かったな。
ずっと知りたがっていたしな。
な、何だよ……、エイミア。
まだ、情報をもらったわけじゃないんだぞ。
泣くなら、教えてもらってからにしようよ。
今からそれじゃあ、聞き終わった頃には、俺の毛皮がずぶ濡れになっちゃうよ。
「じゃ、じゃあ……、まずは報酬をもらって良いかな? そ、その、ヘレンさんと暗黒オーブのことから……」
「うふふ……。では、本人自らが語りますね」
「ゴクっ……」
「暗黒オーブの使い手は、私ではありません」
「な、何だって……?」
「私達の中に、いることはいますが……」
「ま、まさか、エイミアさんかい? 噂によると、エイミアさんにはバロールの緊縛呪が効かなかったとか……。それは、使い手だったからってことか?」
「エイミアでもないわ。確かに、バロールの緊縛呪は、エイミアには効かなかったけど……」
「そ、それじゃあ、アイラさんか……。こいつはとんでもないことになったな。ただでさえ最強の武闘家と名高いのに、暗黒オーブまで操るとなると……」
「アイラでもないのよ、情報屋さん……」
「へっ?」
「うふふ……」
情報屋は、もう、わけが分からないらしく、きょとんとした顔をしている。
恐らく、今まで、そんな間抜け顔を晒したことはなかったに違いない。
「へ、ヘレンさん……。そりゃあ、ないぜ。今、私達の中にいるって言ったばかりじゃないか。それなのに、三人の中にいないって、どういうことなんだよ?」
「言ったとおりですわ」
「三人以外に誰もいないじゃないかっ! あ、まさか、今、馬車で待ってるジーンって人かい? だけど、あの人とあんた達が出逢う前から、ヘレンさんが使い手だって噂は広まっていたんだからさ。そんなの嘘だってすぐに分かっちゃうよ」
「情報屋さん……。ジーンさんではないですよ。それに、今、この舟に使い手は乗ってますし……」
「えっ? 舟に……。おいらと、アイラさん、ヘレンさん、エイミアさんしかいないじゃないかっ!」
「……、……」
「ま、まさかっ! 暗黒オーブの使い手は、その姿が見えないなんてことじゃあ……」
「……、……」
錯乱する情報屋に、ヘレンは黙って首を振って見せた。
そして、エイミアの方を見ると、
「袋を取って、エイミア……」
と、暗黒オーブを覆う袋を外すよう促した。
「な、何てこった……」
「納得がいきました?」
「い、いや……。こんなこと、信じられないよ。おいら、大抵、どんなことでも驚かないけど、これは驚きなんてもんじゃない」
「……、……」
情報屋は、俺の顔と光る暗黒オーブに目が釘付けになっている。
……って、どんなことでも驚かないって言う割には、さっきから驚きっぱなしな気がしないでもないけど?
「こ、これはどういうことなんです? もしかして、この猫が緊縛呪を発動していたってことなんですかい?」
「ええ……」
「だけど、オーブを使うには呪文を唱えないといけないときもあるらしいじゃないですか。だから、人以外が使えるなんてことは、あり得ないはずじゃ……」
「コロには、人の魂が入っているのです……。だから、私達が話していることをちゃんと理解するし、状況に合わせて緊縛呪を撃つことも出来ますわ」
「こ、コロさんと仰るんですか。お、お見それしました。おいら、驚き過ぎて、頭がおかしくなりそうですよ」
「……、……」
「それに、このオーブの光り方って……。こんなの、伝説の中だけの話しかと思ってましたよ。とんでもない使い手ってことになるんじゃあありませんか?」
「コロは、三百人からの騎馬隊を、数秒で戦闘不能にしますわ」
「ま、まさか、その三百人からの騎馬隊って、炎帝の部隊じゃ……」
「うふふ……、さすがに早耳ですわね」
「い、いや……。ヘレンさん達が武闘殿に現れた……、って噂と、そのあと炎帝が三百の騎馬隊で武闘殿を取り囲んだ……、って情報があったから、そうかな、と」
「それについても、聞きたいですか?」
「ぜ、是非……。あっ、大丈夫ですよ。おいらの情報も、それに見合ったものなんで……。ジェラルドさんの行方だけじゃない特別な情報をお教えしますから……」
「騎馬隊は、コロが緊縛呪で戦闘不能にしたんです。でも、テイカー閣下は、自力でそれを逃れまして……」
「ゴクリ……」
「アイラがテイカー閣下と戦って……」
「えっ? アイラさんと炎帝が戦ってたんですか?」
「うふふ……」
「そんな夢みたいな勝負、いつの間に実現していたんだ? ちょ、ちょっと、コロさんのことがなかったら信じられないけど……」
「そこで話しがつかえると、あとに大事な用がありますから、進めて良いですか?」
「あっ、すいません。喋っちゃって下さい」
「アイラとテイカー閣下の戦いは、アイラが勝ちましたわ」
「な、何とっ! それで、炎帝がパルス自治領から手を引いたって噂が流れたのか……」
「そう言うことですね。でも、さすがですわ。ちょっと話すと、話しがちゃんと繋がるんですから……」
ヘレンはそう言うと、情報屋をまじまじと見た。
しかし、情報屋本人は、それを褒め言葉として受け取ってはいないのだろう。
しきりと目をパチクリとし、呆然とした顔を晒し続けるのだから……。
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