第79話 情報屋
「なあ、ヘレン……。情報屋って、どんな奴なんだ?」
「どんなと言われても」
「ほら、名前とか、普段何をやっているかとかさ」
「うーん……。一番分からないところから聞いてくるわね、アイラ」
「な、何だよ。名前や普段の生活が分からないのか?」
「そう言うわけではないけど、名前なんてあってないようなものだし、普段と言われても、いつも潜入しているところで生活を変えているから……」
「……、……」
「私が最初に会ったときは、ロンって名乗っていたわ。でも、次に会ったときは、クリストファーって……。ロンのときは、酒場のバーテン、クリストファーのときは、炭坑夫だったわ」
まだ、キリエスに着くまで三日はあると言うのに、アイラはすっかり馬車での旅に飽きてきていた。
いつもなら、自身が馬車を操るのに、今回はジーンがすべてやってくれるので、楽すぎて身体をもてあましているのだ。
「おいおい……。そんな怪しい奴で大丈夫なのか?」
「大丈夫? 何を言ってるの。この情報屋は、各国でも有名な人なのよ。仕事は正確で早いし、秘密厳守で絶対に依頼人を裏切らない……、って」
「その分、法外な金を要求するとかじゃないんだろうな?」
「うふふ……。そう言う人なら、私が頼みやしないわ。お金なんて、ほとんど経費しか請求しないわよ。お金でことを解決する人は、沢山お金を出しさえすればすぐに寝返るから……」
「じゃあ、そいつは何を報酬に要求するんだ?」
「それがまた一風変わっていてね。情報屋を驚かせるような情報を提供することが報酬なのよ」
「な、何だそりゃあ」
「最初は皆そう言うのよ。でも、実際問題、彼を驚かせることが出来るような情報なんて、そうそう転がっていないわ。だから、普通の人では頼みたくても頼めない、特殊な人なの」
うーん……。
ヘレンがそこまで言うなら仕事はちゃんとやりそうだけど、報酬はどうするんだろう?
まあ、ちゃんと用意はしてあるんだろうけど……。
「あのさあ、ヘレン……。そいつに仕事を頼むのにどうやって連絡を取るんだ?」
「連絡を取るのは大変よ。でも、今回はゴードン閣下のつてがあったから……」
「ああ、そう言うことなのか。じゃあ、ヘレンが今まで会ったときも、誰かの紹介かなんかか?」
「ええ……。ただ、報酬を用意するのが大変だから、あまり利用する人はいないのね」
「……、……」
「私は占い師だから、かなり込み入った情報を持っているけど、それでも、五件提示して一件くらいしか報酬とは認めてもらえないわ」
「じゃあ、あたしなんかが頼んでもダメかな? 情報なんて持ってないし……」
「そんなことないじゃない。暗黒オーブのことだったら、彼は飛びつくわよ」
「えっ? 今回、それで報酬にするんじゃないのか?」
「違うわよ。アイラが頼みたいことは、お父さんのことでしょう? エイミアさえ良いと言えば、暗黒オーブのことは、アイラが報酬に使って良いわよ」
ヘレンにそう言われて、アイラは少し嬉しそうな顔をする。
……って、アイラにも結構かわいいところがあるんだよな。
そうやってお喋りしていると、まるで普通の女の子みたいだもん。
これが、無双の武闘家だとは、誰も思わないよ。
「ところでさあ……。その報酬って、情報屋は聞いて何に使うんだ? それで一儲けしようとかってことなんだろう?」
「違うわ。報酬はあくまでも彼の知的欲求を満たすだけよ。誰にも漏らしたりはしないわ」
「……、……」
「ただ、依頼が過去の報酬に合致するときは、その限りではないわ。それは、彼が報酬をもらうときに、ちゃんと念押ししてくるから、漏れた場合は、その情報を求めていた人がいたってことね」
「じゃあ、あまり大事なことは報酬に出来ないんだな」
「うふふ……、だから、報酬を払うのは大変なのよ。自分にとってどうでも良くて、それでいて彼が欲しがるような情報なんてほとんどないのよ」
「まあ、そうだよなあ……。どうでも良いことは、普通、秘密だなんて言わないしな」
「でも、今の私達は、結構、情報を持っているわ。だから大丈夫よ。アリストスの件なんかは、多分、何処にも知られていない情報だから」
うん……?
アリストスの件は、ギュール共和国側では、そこそこ知られているんじゃないのかな?
いや、でも、それを知っている者は、ごく限られたお偉いさんだけか。
だったら、ロマーリア王国としては、まだ公にしていないだけで捕らえてあるんだから問題ないよな。
どうせ相手側が知っているのなら、こちらは痛くも痒くもないってことか。
「でもさ、そう言うことだったら、暗黒オーブのことに関しては、報酬に出来ないよな? まだ、世間に知られちゃまずいだろう?」
「それが、そうでもないのよ。私は、近い内に、暗黒オーブの件を世間に公表するわ」
「えっ? 大丈夫なのか、そんなことして」
「情報はね、一番効果的なときに公表しなかったら意味がないのよ。私は今までそのタイミングを計っていただけだわ」
「……、……」
「まあ、見ていて。必要なときに、効果的に暗黒オーブをお披露目するから……」
ヘレン……。
何か、俺、不安なんだけど?
俺だっていつまでも隠し通せるとは思わないよ。
だって、緊縛呪を戦争で使ったりすれば、どうしても人目に付くだろうし……。
ヘレンが自信たっぷりに言うくらいだから、必要だろうし効果的なんだろう、その状況は。
でもさ……。
俺、まだ、自分の身を自分で守る自信がないんだよ。
もし、刺客みたいなのを送り込まれたらどうする?
逃げ足には自信があるけど、相手が刺客だと分からなかったら、逃げるどころじゃないしな。
「ああ、そう言うことか。ヘレンは、暗黒オーブを公表したあとのことにも目処がついているんだな?」
「当然よ……。そこまで考えていなかったら、単なる無謀ってことになっちゃうでしょう?」
「へへっ……。あたしも、今、ちょっと閃いたよ。ヘレンの方法とは違うかも知れないけど、確かに、公表しても何とかなりそうだな」
「うふふ……。そうね、幾つか方法はあるわ。まあ、それは、そのときの状況次第で使い分ければいいわ」
何だよ、二人とも……。
妙に自信がありそうじゃないか。
エイミアだけだよ……、俺の気持ちを分かってくれそうなのは。
ほらっ……、頬ずりしだした。
やっぱり危険そうだよなあ?
それに、俺が一番恐れているのは、エイミアのことなんだ。
もし、エイミアが人質にとられでもしたら、俺はきっとロマーリア王国を裏切ってでも助けちゃうよ。
今だって、エイミアが旅に付き合ってるのは、お父さんが戦争から帰ってこないのを解決したいからだよ。
本当は、争い事なんか嫌いなのに、仕方なく付いてきているだけだよな。
「お嬢様方……、今晩の宿が見えてきましたよ。そろそろ街中に入りますので、少し、お話しの内容を変えて下さいね」
「……、……」
ジーンは、今までのやり取りを聞いていたのか、少し低い声でアイラとヘレンに注意をした。
ああ、何か、今まで見てきた街の中で、一番うさん臭そうな街だなあ……。
遠目に見える街には、至る所に街娼が立っている。
ジーン……。
よりによって、こんなところに泊まるのかよ。
俺は、先ほどの話に続き、またもや不安を覚えていた。
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