第30話 剣技

「おおっ! 副総長が上段に構えたっ!」

警備隊の者達が、思わず呟く。


「ほ、本気だ……。あのアイラって娘、すげー強いんだ」

ベックが剣を振り上げ、上段に構えたのを見て、周囲がざわついた。


 アイラは、ベックの構えを見て、両腕をだらんと下げたまま、ステップを踏み出す。

 アイラの戦いは、決まってこのステップを踏むことから始まるのだ。


「だあっ!」

ベックが気合い声を上げる。

 だが、打ち込まずに声を上げているのみだ。


「だあっ!」

また、ベックが気合い声を上げる。

 しかし、先ほどと同様に、打ち込む気配はない。


「声ばっかりで仕掛けて来ねーじゃねーか」

「……、……」

「こっちは素手……、何処からでもかかって来て良いんだぞ」

「……、……」

アイラは薄く笑った。

 そして、小馬鹿にするようにベックに語りかける。


 誘ってるんだ……。

 武闘の素人である俺にもハッキリ分かる。


 ベックは上段に構えて一撃必殺の構えを見せている。

 しかし、アイラは一切臆せず、撃ち込んで来いと言っているのだ。

 つまり、アイラはベックの攻撃を受けきる自信があると、態度で示しているのだった。


 挑発されたが、ベックはそれには乗らなかった。

 いや……、乗れなかったと言うのが正しそうだ。


 対峙する二人の距離は遠い。

 まだ、ベックの剣の間合いに入ってはいない。

 しかし、ベックは自ら間合いを詰めようとはしなかった。


「さっきまでの自信はどうした?」

「くっ……」

「小娘程度は、簡単に縛り上げるんじゃなかったのか?」

「……、……」

「上段に構えて気合い負けしてるんじゃ、最初から勝負あっただろう?」

「……、……」

アイラに罵られて、ベックの顔がゆがむ。


「ジリっ……」

ベックが右に回り出す。

 アイラはそれに合わせて、わずかに身体の方向を変えるのみだ。


「来ないのか……」

「……、……」

「じゃあ、あたしから間合いを詰めてやる」

「……、……」

「どうだ、これでとどくだろう?」

「……、……」

アイラは、ステップを踏みながら、大きく一歩前に出た。


「だあっ!」

その瞬間、気合い声と共にベックが撃ち込んだ。

 アイラの脳天目がけて、一直線に……。


 は、速いっ!

 アイラに、ベック渾身の一撃が襲う。


「ふわっ……」

アイラは、僅かに身体を開き、ベックの剣と身体をかわす……。

 当るはずの目標物がなくなり、ベックの身体が泳いだ。

 撃ち込んだ勢いのまま、ベックはアイラの横を通り過ぎる。

 そのまま駆け抜けると、ベックはアイラに向き直り、また、上段に剣を構えた。


「ふふっ……、剣を囮に体当たりしようたって、そうはいかないよ」

「……、……」

「今ので、あんたのやることはすべて見切った。初撃に自信がないんで、コンビネーションで攻めるタイプか」

「……、……」

「だけどね……、そんなナマクラ剣法じゃあ、パンだって切れはしない」

「……、……」

「死ぬ気でかかってきなっ! 一撃にすべてを込めて……。そうじゃなきゃ、その構えが泣くよ」

「……、……」

「まあ、あんたの上段は、単なるこけ脅しだけどな」

「……、……」

アイラは、中年のベックに、教え諭すように言った。

 ベックは、一撃しか撃ち込んではいないのに、肩で息をしている。





「ふむ……。あのベックに対しても、これほど余裕があるのか」

ゴードン総長が、驚いたように呟いた。

 ただ、ベックが敵わないことは分かっていたのか、意外ではなかったようだが……。


 ゴードン総長が言うように、二人の優劣は、ハッキリついている。


 アイラは自然体で構えるのみ……。

 対して、ベックは肩で息をしながら、アイラの周りを回っているのだ。


 強者と弱者……。

 俺だけでなく、二人を取り囲んだ観衆にも、力量差は目に見えてしまっていた。


「ジリっ……」

追い込まれたベックが、初めて間合いを詰めた。

 何事か決心したのか、顔に落ち着きが戻って来ている。

 肩でしていた息も、調いだした。


「ジリっ……」

さらに間合いを詰めた。

 アイラの顔には、まだ余裕の笑みが残っている。


「だあっ!」

一際高い気合い声で、ベックがまた脳天を狙って撃ち込んだ。

 アイラは、軽くバックステップでかわす。


 しかし、ベックはそれを予想していたのか、撃ち込んだ体制のまま、さらに踏み込んだ。


 つ、突きだっ!

 剣先がアイラの胸に迫る。


 斬られた……。

 俺は、その瞬間、思った。

 そう、確かにベックの剣は、アイラの胸を突き通したかに見えたんだ。


 しかし、アイラはギリギリのところで身体を開き、またもベックの攻撃をかわした。

 ベックも今度は体制を崩さず、アイラの反撃に備えて機敏に飛び退いた。


「ふふっ……、そう言うことか」

「……、……」

「今のはなかなかだったよ」

「くっ!」

「その突きは何処で習ったんだ? タイミング、気合い、ともに良い線だね」

「……、……」

「おかしいと思ってたんだ。だけど、これで分かったよ……」

「……、……」

アイラは何を言っているんだ?


「良いものを見せてもらったんで、こちらも手加減なしでケリをつけるよ」

「……、……」

「次で終わらせるから、覚悟しな」

「……、……」

アイラはそう宣告すると、ステップを止めた。


「ざっ……」

アイラは、無造作にベックとの間合いを詰めた。

 間合いに入られたベックは、猛然と剣を振り下ろす。


「サアっ!」

アイラは、発声と共に身を屈め、身体を一回転すると、蹴りを繰り出した。

 ベックの剣は、今度も、宙を斬った。


 アイラの屈んだ体制の蹴りは、見事に脛に当たり、ベックの身体ごと刈り倒す。


 体制が崩れ、横ざまに倒れるベック……。

 辛うじて両手で受け身をとり頭部から落ちることは免れたが……。


「カシュっ!」

アイラは、脛を刈った勢いのままもう一回転し、裏拳を顎にかすらせた。

 ベックの頭が、瞬間的に大きく揺れる。


 アイラは裏拳を決めると、素早く飛び退いた。

 そして、油断なく立ち上がると、もう一撃あたえるべく、一歩、前に踏み込んだ。


「それまでっ!」

ゴードン総長の声が響いた。

 老人とは思えぬ、張りのある声だった。


「そ、総長っ! まだ戦えますっ!」

戦いを止められたベックは、剣を支えに、必死に起き上がろうとする。

 しかし、脚が動かないのか、何度立ち上がろうとしても、尻餅をついてしまった。


「ベック……、見苦しいぞっ! もう勝負はついておる」

「くっ……」

「脳を揺すられては、当分、脚は動くまい。ここが戦場なら、お主の首は飛んでおる」

「……、……」

ベックは、動かない脚を叩いて悔しがるが、ゴードン総長のいらえは冷たかった。


「この勝負、アイラの勝ちとするっ!」

「……、……」

「スミス……。同期のよしみじゃ。ベックの手当をしてやってくれい」

「はっ!」

スミスはベックに駆け寄ると、動けないベックに肩を貸す。

 ベックは、ようやく観念したのか、素直にスミスの肩を借りた。


「約束は果たすぞ。三人の娘……、付いて参れっ!」

ゴードン総長は厳かに言うと、きびすを返し、警備庁の門に向かった。


 アイラとヘレンは、その後に付き従った。


 ただ、エイミアだけは、

「こ……、これをお飲み下さい……」

と、言って、ベックに薬の小瓶を差し出すのであった。


「すまんな……」

「い……、いえ。あ……、アイラの戦い方は、わ……、分かってますので」

「……、……」

「く……、薬は、いつも持って歩いています」

礼を言ったスミスが小瓶を受け取ると、エイミアはニッコリ笑った。

 そして、門に入って行くアイラとヘレンを、小走りに追いかけるのであった。

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