第29話 正義を掲げる者

「スミスっ! なんだ、この体たらくはっ!」

「……、……」

路上に、中年男性の怒声が響く。

 怒鳴られたスミスの方は、下を向くばかりだ。


 王都を行き交う人達が、怒声を発した中年男性の方を向く。

 警備庁の門前で騒ぎが起ること自体が珍しいのか、足を止める人もいる。


「なんで、罪人が自由に闊歩している? 捕らえた罪人が縄で縛られてないのは何故だ?」

「……、……」

「どうした、何故、黙っているっ!」

「……、……」

怒声を発した中年男性は、さらにスミスを詰問した。

 ガッチリとした体躯から発せられる声は、屋外だと言うのに、ことさらに響いた。


「ははーん……。さては、小娘三人だから、特別扱いしたな? だが、罪人は罪人だ。捕縛の上で護送がご定法なのは知っておろう。違反は許されんぞっ!」

「いや……、違反はしていない。それに、理由は警備総長殿に直接申し上げる」

「直接……? それはならんっ! 罪人を捕縛していない以上、罪人ともども、その方も警備庁に入れることは出来ん」

「……、……」

「そんなことは、副総長であるこのベックが絶対に許さんっ!」

「……、……」

スミスは、渋々反論するが、副総長のベックと名乗った男は一切聞く耳を持たない。


「今、理由があるようなことを申したな? どれ、この私にそれを言ってみよ。納得したら、通さんでもない」

「……、……」

「それとも、理由がどうのと言うのは嘘か?」

「いや……。だが、理由は直接警備総長殿に申し上げる」

このベックと言う男は、一言一言が偉そうな上に、やたらと声が大きい。

 ……って言うか、そんなに大きな声を出さなくても、聞こえてるっての。


「ならば、今すぐ、その三人の娘を、ご定法通り縄で縛れ。それならここを通してやる」

「いや……、それも出来ない」

「何っ、出来ないとはどういうことだ? たかが小娘三人、造作もあるまい」

「……、……」

「スミス……、まさかと思うが、こんな小娘達に後れを取ったのではあるまいな?」

「……、……」

「確か、今回の任務には一個中隊が出動したはずだ。中の一人は武闘家だと言うことだが、それでも捕縛出来なかったなんてことはあるまい?」

「……、……」

「いくらおまえが同期の中で一番出世が遅いとは言え、こんな簡単な任務でしくじるはずもないからな。実際、ここに連れて来ていることだし、あとは捕縛するだけだろうが」

「いや……」

「んっ?」

「捕縛は出来なかった……。三人がここにいるのは、本人達の意志だ」

「な、何っ?」

「わしらは全滅した。それゆえに、捕縛は出来なかった」

「な……」

ベックは、予想も付かないことを聞かされ、絶句した。


 まあ、普通は一個中隊が全滅するとなんて、誰も思わないよな……。

 その原因の俺でさえ、まだ、信じられないんだからさ。


「ふっ……、ふふっ、はっはっはっはっはっはっ!」

「……、……」

「何をバカなことを言っておる。その方ら警備兵はちゃんと生きているではないかっ! 怪我さえしておらん」

「……、……」

「もういい……。スミス、おまえと話していても時間の無駄だ。このベックが罪人に縄をかけてやる。それで文句はあるまい?」

「……、……」

ベックは、蔑んだような顔でスミスを睨み付けると、スミスの部下に縄を持ってくるように指示した。


「聞いたであろう、小娘達。副総長のベック様自らが捕縛してやる。抵抗するのは構わんが、逃れる術はないと思えっ!」

「……、……」

「ふむっ……。答えがないところを見ると、素直に捕まるつもりだな?」

「……って言うか、うるせーオヤジだな」

「な、何っ?」

「おまえに捕まえられるくらいなら、スミスにだってどうとでもなってるよ」

独りよがりなベックにいらついたのか、今まで辛抱していたアイラがついに口を開いた。


「むっ……、その方がアイラか? 聞いているぞ、バロール一家を全滅させたらしいな」

「それがどうした?」

「だがな、バロール一家など、バロールの魔術さえ防げばどうとでもなる。バロールは少女趣味の変態だと聞くからな。大方、ベットにでも引っ張り込んで、隙をついて倒したに違いあるまい」

「ふふっ……。あんた、見かけによらず想像力が豊かだな?」

「まあ、それでも子分達を捕らえたことは褒めてやる。だが、その程度の腕で、このベックに勝てると思うなよっ!」

「ふんっ……、お望みならば相手はしてやる。だが、王都の衆目の前で、赤っ恥をかく覚悟があるならな……」

ベックは、怒りのゆえか、顔を真っ赤にしている。

 それに較べ、アイラの方は、いつもと同じように涼しい顔だ。


「おのれっ! 小娘っ、言わせておけば……っ!」

ベックは、わめきざまに腰の剣を抜いた。





「そ、総長閣下っ!」

何処からともなく、そんなささやきが聞こえた。

 すかさず、スミスが警備庁の門の方に向かって敬礼する。

 すると、居合わせた警備兵達はスミスにならい、次々にそちらに向かって敬礼をした。


「何じゃ、騒々しい。ベック……、お主の声は響くから、いつも控えめに話すように言っておろう?」

「ゴードン総長っ!」

激昂していたベックまでもが直立し、敬礼をした。


「おおっ、スミスか……。その娘達じゃな? 例の者どもは……。難しい任務であったが、良く連れてきたな」

「ご、ゴードン総長っ! その娘達が問題なのです。今、このベックが捕縛しようかと……」

「むっ……?」

「スミスは罪人を自由にさせていたのですぞっ! さらに、そのまま警備庁に入ろうとしておりましたので、止めたのでございます」

「ふむ……」

「ご定法では、罪人は捕縛の上で護送と決まっております。しかし、スミスがどうしても縛らないので、この私が縄を打とうと言うのです」

ゴードン総長は、自身の真っ白な口髭をなで、思案顔でベックの言葉を聞いている。


「ベックの申すことはもっともだ……。確かにご定法で決まっておるからな」

「ゴードン総長もそうお思いになられますかっ!」

「だが、娘達は従順に付いてきたようではないか。それほど杓子定規に構えることもあるまい」

「な、何を仰せになられますかっ! 国と法を護る警備隊の長であられる警備総長が、そのようなことでは困りますぞっ!」

「スミスは実直な男だ。それがこういう処置をしているところを見ると、何か訳があるのやもしれん。まあ、ここはわしの顔に免じてこの場を収めてはどうだ? ベック……」

「いえ……、それはなりませんぞっ! 第一、もう、そこのアイラとやらとは、ベックが戦うことに決まっております」

ベックは、ゴードン総長の言うことを聞く気はないようだった。

 あくまでも、自身で捕らえたいようで、抜いた剣も鞘に仕舞ってはいない。


「ふむ……、そうか。アイラとやら、そちもそれで良いのか?」

「あたしに異存はないよ……」

「ふむ……。では、まず、ベックとアイラが戦ってみよ。あとのことは、このゴードンが引き受けよう」

「……、……」

アイラはここのところ馬車の御者台で座っていただけなので、久々に身体を動かしたいらしい。

 ゴードン総長にニヤリと笑いかけると、額当てを外し、素早く右手甲に巻き付けた。


「しばし、お待ち下さいっ!」

突然、ヘレンが口を出した。


「ゴードン警備総長閣下に申し上げます」

「むう……?」

「この勝負、アイラが負けたら、私共は大人しくお縄を頂戴いたします。ですが、もし、アイラが勝ちましたときは、お願いを聞いていただくわけには参りませんでしょうか?」

「願いとな……?」

「はい……。私共の願いは、ゴードン総長閣下と、直接、お話したいと言うことです。この度王都に参りましたのは、その一事をなさんがためです。どうかお聞き届け下さい」

「ふむ……、良かろう。ただ、ベックは強いぞ……。警備隊随一の剣の使い手だからな」

「お聞き届け下さりありがとうございます。勝負の結果には必ず従います」

「……、……」

ヘレンは、サラッと口約束をまとめると、深々と礼をして引き下がった。


 ……と言うか、こういうところ、そつがないよな……、ヘレンってさ。


「では、ベック、アイラ、両名の者……。このゴードンが見届け人になるゆえ、存分に戦うが良い」

ゴードン総長はそう言うと、また白い口髭をなでるのであった。

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