第27話 再び王都へ……

「気をつけて行くんじゃぞ……」

ニックは名残惜しそうに、そう言った。

 訪ねてくる者も稀なランド山の山頂で、これだけ賑やかだったのは初めてのことだろう。


「何かあったら、すぐに相談にくるがいい。今度はロベルトもすぐに通してくれるじゃろうしな」

「はい……。色々とありがとうございました」

ヘレンは丁重に頭を下げる。


「ふふ……。ロベルト、次にやるときには、もっと鍛えておけよ」

「ボう、おバえとはやらんっ!」

アイラが笑いながら語りかけるが、ロベルトは顎をさすりながら顔をしかめた。


 アイラに砕かれたロベルトの顎は、当分、治らないようだ。

 ニック以外の誰と話すわけでもないだろうし、食事もロベルト自身が作るのだから、支障はそれほどないだろうが……。


「で……、では、お……、おいとまいたします」

「うむ……、エイミアもコロも、達者でな……」

エイミアも丁重に頭を下げる。

 爺さん、そっちこそ達者でな。


 一通り別れの挨拶が済んだのを見届けると、スミスは整列している警備隊の方へ走って行った。


 スミスは、

「世話になったから……」

と言って、律儀にもニックにイノシシの代金を支払っていた。

 公僕である以上、一般人から施しを受けるわけにはいかないのだそうだ。

 エイミアにも、麓に下りたら薬の代金を支払うと言う。


 まあ、ニックはともかく、エイミアに対してはキッチリしておいた方が良いかもしれない。

 警備総長に報告するにしても、捕らえようとしていた相手から利益の供与をされていたのでは、手心を加えたと思われかねないから。





 警備隊は、麓に向けて動き出した。

 俺達は、その後ろに付いて進む……。


 エイミアは、今朝早くに、ロベルトと一緒に薬草を採りに行っていた。

 警備隊の若い兵士が、摘んだ薬草を持ってくれると言ってくれたので、この際だから大量に採取することにしたのだった。


 警備隊の後方にいる者は、皆、その薬草を持っていた。

 ただ、持ってくれるのは大歓迎なのだが、やたらとエイミアにまとわりついては、話しかけて来るのには閉口した。


 警備隊の若い兵士達は、普段、禁欲的な生活を強いられているようで、本来捕らえて来なければならない三人の娘に対して、興味があるようだった。

 

 しかし、アイラに話しかけて来る剛の者は、皆無であったが……。


 アイラのビジュアルは、悪くはない。

 いや、武闘の達人であると言う事実を知らなければ、積極的に話しかけたくなるような、ボーイッシュな美人だとさえ言える。

 口が悪いのも、喋らなければ分からないし……。


 それが証拠に、事情を知らない兵士の中には、近寄ろうとしていた者もいないではなかった。

 だが、事情を知る古参の兵士に耳打ちをされると、驚愕の表情を浮かべながら、回れ右をするのであった。

 だから、昨日食したイノシシがアイラによって狩られたものだと言うことが分かっても、礼を言う者すらいなかった。


 アイラにしてみれば、男性のそう言う反応には馴れているようで、気にもしていないようであった。

 そもそも、アイラは武闘を教えて生計を立てているのだ。

 武闘を教わるのは、主に、兵士として徴収されなくてはならない成人男性……。

 必然的に、アイラの生きる環境には、女性よりも男性の方が多くなり、そのことごとくはアイラにとって武闘を教授する対象だったのである。


 俺が意外だったのは、アイラ以上に敬遠されたのが、ヘレンだったことだ。

 ヘレンは、誰がどう見ても、三人の中で一番普遍的な美少女なのに……。


 長く黒い髪は腰まで伸び、ストレートパーマでもあてたかのような揃い方をしている。

 目は切れ長、鼻筋はスッと通り、紅を付けているわけではないのにほどよく赤い形の良い唇は、見た目にも印象的だ。

 おまけに、化粧をしているのではないかと思うほど肌の色が白い。

 口を開いても、相手の気を逸らさない洞察力に長けた話術の持ち主だし、機転も利いて物腰も優雅だ。

 レオンハルトではないが、ヘレンに惹かれる男性は少なくないだろう。


 そんな俺の疑問を解消したのは、エイミアに話しかけた兵士の一言であった。


「エイミアさんのお友達は、二人とも凄い戦闘力の持ち主なんですね……」

だそうだ……。


 アイラは分かるが、ヘレンに戦闘力なんてあったかな?

 当初、俺はそう思ったのだが、ふと気がついた。

 そう、兵士達は、緊縛呪を放ったのが、ヘレンだと思っているのだ。

 確かに、占い師なんて職業の少女は滅多にいないだろうし、怪し気な雰囲気の美少女ともなれば魔術の一つも使いそうではある。


 俺の首輪の暗黒オーブは、ニックが機転を利かし、すぐにいつもの布袋に収めたので、兵士達の目には触れてはいない。

 責任者でもあるスミスのもとにも正確な情報が伝わっていない以上、俺が本当の魔術の使い手であるなんてことは、下士官には想像すらも出来ないことに違いなかった。


 ヘレンは、そんな兵士達の思惑に気がついているようだった。

 昨晩、スミスが必要以上に怯えていたのも、誤解ゆえのことだと看破していたのだろう。





 俺には一つ、大きな疑問があった。

 それは、

「いつ、何処から、俺たちの中の誰かが魔術を使えると言うことが漏れたのか……」

と言うことだった。


 バロールが捕まってから緊縛呪が発動されたのは、昨日を含めなければ一回しかない。

 エイミアを助けるために、俺が発動した一回きりだ。

 そのときに目撃したのは、俺たちを除けばブランとダーツ三兄弟のみ。

 ……とすれば、そのどちらかが王宮の誰かに密告をした可能性はあるかもしれない。


 しかし、ブランはバロール一家で一番の腕利きだった傭兵だ。

 つまり、バロール一家の幹部だったのだ。

 アイラに敗れて見捨てられたとは言え、現状で追っ手をかけられているわけでもないのだから、密告なんかするだろうか?

 ブランの腕があれば、一人で逃げるくらいのことは容易に出来そうにも思う。

 それに、今は、ホロン村の薬屋にいるはずだし……。


 ダーツ三兄弟の方が可能性はあるかもしれない。

 あまり有能そうではない彼等なら、ヘマをやらかして警備隊に捕まっていても不思議はないからだ。


 ただ、そうだとすると、少し話がおかしいことになる。

 警備隊がダーツ三兄弟を捕らえ、俺が緊縛呪を発動した情報を聞き出したのなら、当然、命令を受けたスミスもその事実を知っているはずなのだ。

 不正確な、俺たちの誰かが魔術を使う……、なんて情報になるわけがない。


 ……と、ここまで考えて、俺はもう一つの疑問にぶち当たった。

 それは、

「警備総長は、何故、暗黒オーブが王宮にないことを知っていたのか?」

と言うことだ。


 デニス国王は、暗黒オーブを国王自身が秘密裏に保管すると、王宮の者達に説明してくれると約束をした。

 だとすれば、国王経由で情報が漏れる可能性はほぼないと思って良いだろう。


 スミスの証言を信用するなら、警備総長よりも上から、俺たちの中に魔術を使える者がいると言う情報がもたらされているようなので、国王でないとすれば、宰相のルメールくらいしか命令の出所は考えられない。

 ルメールなら、いくら国王が隠そうとも、保管場所を特定して暗黒オーブが王宮にないことをつきとめるかも知れない。


 しかし、ルメールは、俺が暗黒オーブを使えることを知らないのだ。

 そのことをデニス国王がルメールにうっかり漏らしたとも考えにくい……。

 それなのに、俺達の中に魔術を使う者がいるなどと、どうして推測出来るのだろう?


 俺は、あれこれ考えてみたが、結論らしきものにはたどり着けなかった。

 結局、二つの疑問とも残ってしまっている。


 一つ思うのは、ヘレンなら、何らかの仮説くらいは立てているのではないかと。

 大胆にも警備総長と会おうと言うのだから、それくらいの見通しは立てている気がするのだ。

 

 俺には、警備総長に会ってどうなるかも、良く分からない。

 ヘレンに聞いてみたいが、猫の俺じゃ聞くわけにもいかないし……。


 ……と、エイミアが抱えるバスケットの中で、俺は考え続けるのだった。

 しかし、いくら考えても、ますます謎は深まるばかりであった。

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