第4話 拉致
まったく、なんて威力だ。
俺は、今まであんな切れ味の鋭い打撃を見たことがない。
……と言うか、俺が人として生きてきた世界より、格闘のレベルが段違いに高いのかも知れない。
アイラは決して体格が良い方ではない。
女性にしてはやや背が高いくらいかもしれないが、人の頃の俺と較べても、少し低い。
長袖のカットソーのような上着と、スリムボトムなパンツを着ているので分かりにくいが、比較的スレンダーな感じで筋肉ムキムキと言うわけでもない。
その身体で、人だった頃の俺から見ても大男なブランを、一撃で倒してしまったのだ。
アイラは、自身が倒したブランを見下ろしていた。
ブランは完全に意識がなく、遠目からでも白目をむいているのが分かる。
しかし、それでも、アイラは戦闘時の緊張を解いてはいないようだった。
格闘にはそれほど詳しくない俺だって、ブランがすぐには立ち上がっては来ないことが分かるのに……。
ブランは脳震盪でも起こしているのか、ピクリともしない。
「おい……。そこでこそこそ隠れている連中。出てこいっ!」
ブランからようやく目を離したアイラが、突然、大声で呼びかけた。
辺りには誰もいないように見えるが……。
「もう一度言う……。いるのは分かっているんだ。出てこいっ!」
アイラは、もう一度呼びかけると、広場の向こうに建つ靴屋の方を睨んだ。
すると、靴屋の陰から、ぞろぞろと男達が姿を現したではないか。
男達は皆、手に武器を持っていた。
剣や槍、鉞のようなものを持っている奴もいる。
全部で12、3人ってところか……。
しかし、男達の一番後ろから現れた黒いローブをまとった男は、何も持ってはいなかった。
ただ、他の男達にはない、尋常ではない殺気を帯びており、俺の目にもこいつがボスだと言うことは分かった。
「お前がバロールか?」
アイラは、男達が広場に勢揃いし動きを止めると、ローブの男を指さし、戦いの後の興奮を感じさせないような冷静な口調で尋ねた。
「そうだ……。小娘、ブランを倒した手並みは、見事だったぞ」
ローブの男はフードを取ると、剃り上げた頭部を晒して、アイラに応じた。
「フン……。街のチンピラ集団にいる割には、傭兵は良い腕をしていたよ。だが、そいつが一番腕が立つって言うのなら、お前等が何人束になってかかって来ようと、あたしを倒せやしない」
「ふふふ……。大した自信だな。だが、お前の言うことはもっともだ。ブランは、王国軍に部隊長として招集がかかったくらいなのだからな」
「だったら、分かるだろう? ヘレンのことは諦めろ。何があったかは知らないが……」
「そうはいかん。その占い師は、この私に、屈辱の未来が訪れる……、と予言しやがった。今や、近隣の街や村を六カ所も取り仕切っている、このバロール様に向かってな」
「屈辱の未来……?」
「そうだ。悶え苦しんだ後、王国に捕らえられ、敢えない最期を遂げるんだそうだ」
バロールは、そう吐き捨てるように言うと、ヘレンを睨み付けた。
ヘレンは、自身が関係した揉め事が起っていると言うのに、依然、座ったまま、目を瞑っている。
……って言うか、もしかして、寝てないだろうな?
「何を言ってやがる。ヘレンの占い通りになりそうじゃねーか。大体、徴兵を逃れたゴロツキを集めて弱い者いじめしてるだけのおまえらが、処罰されない方がおかしいだろ」
「ふふふ……。先日来た、王国の警備兵達も、同じ事を言っていたぞ。だが、全部、返り討ちにしてやったがな」
「何っ?」
「一個小隊が全滅させられたなんて、王国も発表は出来ないみたいだがな」
バロールは、不敵な笑みを浮かべながら、自らの戦果を誇った。
一個小隊と言えば、4、50人もいるはずだ。
それを、このバロールが……?
「フン……。じゃあ、警備兵の代わりに、あたしがヘレンの予言を実行してやるよ。占いに拘ってここに来たことを後悔させてやるっ!」
「ふふふ……。小娘、おまえに出来るかな?」
アイラもバロールも、自信たっぷりのようだ。
バロールの手下達が武器を構え、バロール自身もローブの袖を捲る。
アイラは、ブランと戦った時のように、両腕をダラリと下げると、リズムをとるようにステップを踏み始めた。
「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」
突如、バロールは呪文のようなものを唱え出した。
「……、何だ?」
アイラは呟く。
アイラから余裕の笑みが消えた。
「……、精霊の僕、バロールがここに緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ! ムンっ!」
バロールは呪文を唱え終えると、アイラに向かって右手を振りかざした。
すると、その右手からは、黒い煙のようなものが立ち上り、一メートルくらいの球が形成された。
そして、球が煙で漆黒の闇に染まると、超高速でアイラ目がけて襲いかかったのだ。
「サアっ!」
アイラは暗黒の球を避けるために、大きく横に飛び退く。
しかし、付いて行くように暗黒の球は軌道を変え、アイラの側面に直撃した。
「くっ……、……」
暗黒の球は、みるみるうちにアイラに吸収されていく。
アイラの口から、思わず苦しそうな呻きが漏れた。
「ふふふ……。動けないだろう? おまえがいくら優秀な武闘家でもな」
「く、くっ……」
バロールは、当然とばかりに苦しんでいるアイラを嘲笑う。
アイラは身動きがとれないのか、暗黒の球を受けた姿勢のまま、バロールを睨み付ける。
「さあ、おまえら、この小娘を片付けて、ヘレンを連れて行くのだ」
バロールはニヤリと笑うと、部下達に命令を下した。
命令を聞き、鉞を担いだ男が、身動きのとれないアイラに近づく。
「残念だったな、ネーちゃん。これでお前も終わりだっ!」
鉞を振りかぶり、男は、アイラ目がけて撃ち下ろした。
「うっ……、うう……」
しかし、男の鉞は、アイラに命中することはなかった。
それどころか、男の腹には、アイラの右拳が突き刺さっているではないか。
「ば、バカな……。緊縛呪を受けて、動けるなんて……」
「くっ、くく……」
「こ、こいつ、化物か?」
「くっ……、……」
バロールは血相を変えた。
まさか、アイラが動けるとは思わなかったらしい。
ただ、アイラも自由に動けるわけではないようだ。
相変わらず苦しそうな呻きを漏らし、その場から動かない。
「ちっ、まあ、いい……。おまえら、武闘家は放っておけ。どうせそこからは動けん。それより、占い師を連れて行け」
バロールは、何をするか分からないアイラを放置し、部下にヘレンの拉致を命じた。
ヘレンは、男達が腕をとって連れて行こうとしても逆らわず、何事もなかったかのように、連れられて行った。
ただ、チラッと身動きのとれなくなったアイラを見て、心配そうな表情はしていたが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます