第23話 俺がすべきこと

 驚いて微動だにしなくなったニックを、三人は見守っていた。

 エイミアは、心配そうに……。

 アイラは、何を思うのか、にらみつけるかのように……。

 ヘレンは、いつ次の言葉を発するか、機会をうかがうかのように……。


「こ、こりゃあたまげたわい……」

しばしの沈黙の後、ニックはそう呟いた。

 頭の中はフル回転しているのか、目がせわしなく動く。


「つ、つまりこういうことじゃな? この猫が暗黒オーブの使い手ってことじゃ」

「どうも、そうらしいのです」

「オーブが光っておろう? これは、類い希な使い手のみに起る現象でな、ただ単に扱えるだけの者とはわけが違うんじゃ。賢帝として名高かったロマーリア王国の始祖、オースチン=ロマーリオのときに裁きのオーブが光ったと古文書に残されておるのと、古代大戦に於いてシュレーディンガー家のパトリック一世のもとで聖剣のオーブが光ったのだけが、辛うじて記録されておるだけじゃ」

「……、……」

「わしの長年の夢じゃったんじゃ、光るオーブを一目見ることは……。もう、とうに諦めておったのだが、この歳になって見られるとはのう……」

「そ、そんなに珍しいことなんですか?」

「もちろんじゃ。五百年……、いや千年に一度起るか起らないかの現象じゃからのう」

「……、……」

「この猫は暗黒オーブに選ばれたんじゃのう……。そうとしか考えられんわい」

「先日、バロールから暗黒オーブを取り上げた際に、偶然この猫が触れまして……」

「うむ……」

「暗黒オーブは突然光りました。しかし、少し経つとオーブの光が消え、数時間後また光り出して今にいたっております」

「な、何じゃと? オーブは一度消えたのか? それは確かか?」

「はい、確かに消えました。消えた間は、それこそただの丸い石ころのようになっておりました」

「ふ……、ふうむ……」

「更に、再び光り出した数時間後には、緊縛呪まで発動いたしまして……。その模様はここにいるエイミアしか見てはいないのですが、魔術を使ったことは間違いなさそうです」

「なるほどのう……。普通、オーブの所有者が魔術を使えるようになるまで、半年や一年はかかるんじゃ。それを、触れてすぐに魔術を発動するとは、やはり、ただの扱う者ではないのう」

「……、……」

ニックはだいぶ状況が飲み込めてきたようで、当初の興奮は冷めてきていた。

 ただ、まだ納得がいかない部分があるのか、時折、何かを考えているような仕草を見せている。


「私は占いを生業にしておりますので、霊感のようなものがあり、魂の色を見分けることが出来ます」

「……、……」

「その猫……、コロは、暗黒オーブが再び光り出した直後に、魂の色が変わりました」

「……、……」

「猫のものと思われる肌色の魂から、漆黒の魂へ……」

「……、……」

「現在も、コロの中には、漆黒の魂が存在しています。漆黒の魂は、おそらく、人か、精霊か、神のような人の言葉が分かる者の魂です」

「……、……」

ヘレンは、考え込むニックに、自身の考えをすべて示した。


 あとはニックがどう答えるのか。

 エイミアも、アイラも、ヘレンも、俺も……。

 皆で、目をしばたたかせながら考え込むニックを、黙って見守るのだった。





「え、エイミアさん……」

「は……、はい?」

「お茶を入れてもらえんかのう?」

「お……、お茶ですか?」

「うむ。さっき、お主の入れてくれたお茶が、美味かったのでのう」

「は……、はあ」

「いつもロベルトがお茶を入れてくれるんじゃが、お主の入れてくれたお茶は、ロベルトのより遥かに美味い」

「……、……」

考え込んでいたニックは、突然、エイミアにお茶を催促した。

 ま、まさか、今までそれを考えていたんじゃないだろうな?


「すまんな……。わしは考え事をするときに、無性にお茶が飲みたくなるくせがあってのう」

「……、……」

ニックは、エイミアからお茶の入ったカップを受け取ると、一口、「ずずっ」とすすった。


「ヘレンさん……。お主の言っていることは、分かった。お主の言っている通り、何者かの魂がコロの中に入っているのかもしれん」

「……、……」

「じゃが、わしにはそこのところについて、ハッキリ確信は持てん。わしはオーブの研究はしておっても、霊感があるわけではないからじゃ」

「……、……」

「ヘレンさんが言うように考えれば辻褄は合うが、残念ながらそれが正しいとは言いきれんのじゃ」

「……、……」

「ただ、実際に暗黒オーブは光っておる。これはコロが暗黒オーブの類い希な使い手だと言うことじゃ。つまり、コロはオーブの意志を理解出来ると言うことなんじゃ。これだけは間違いない」

「……、……」

ヘレンは、ニックの言葉に黙ってうなずいている。

 自身が証明出来ることしか断言しない姿勢は、研究者として正しいと俺も思う。


「ヘレンさんは賢いのう……。おそらく、わしが何と言おうと、自分の仮説は正しいと思っておるんじゃろう?」

「いえ……」

「いや……、良いんじゃ。そう信じられるくらい、お主の仮説は説得力がある」

「……、……」

「じゃが、それなら、何故、わしを訪ねてきたかってことじゃな」

「……、……」

ニックは、また一口、お茶をすすった。


「ヘレンさん……。お主がわしに聞きたいのは、どうしたらコロに暗黒オーブを使いこなさせることが出来るか、ってことじゃな?」

「……、……」

「これから先、コロが暗黒オーブを使えることが世間に知れたら、どんなことが起るか分からん。じゃから、暗黒オーブを使いこなしてもらって、コロ自身を護って欲しいと思っておるんじゃろう?」

「ご賢察です……。まったくその通りです。今のままでは、私共はコロも暗黒オーブも護りきれませんので。コロと暗黒オーブともども、悪用される恐れもありますから……」

ヘレンは、静かに、だがキッパリと、ここに来た意図を告げた。

 エイミアも、アイラも、うなずいている。


 そうか……。

 俺は、もう、暗黒オーブと離れられないのだ。

 この猫の身体に宿っている限り……。

 俺の気持ちに関わりなく、暗黒オーブの使い手として利用される恐れがあるのだ。

 それこそ、エイミアでも人質にとられたら、どんな悪党の言うことでも聞くしかない。


 だから、ヘレンは俺に暗黒オーブを使いこなせと言うのだ。

 俺自身だけでなく、エイミアや、アイラ、ヘレン、そして、穏やかに暮らすホロン村の人々を護るためにも……。


 俺は、人間の時にはずっと逃げてきた。

 逃げること、やり過ごすことが、俺の生き延びる術だった。


 しかし、今、この世界では、それはダメなのだ。

 俺自身が強くならないと、俺が本当に大事なものが護れない。

 暗黒オーブが使えると言うことは、護る側の立場になったと言うことなのだ。





「コロや……。わしの言葉が分かるかのう?」

「……、……」

ニックがしわしわの手で俺の背をなでる。


「お主が暗黒オーブを使いこなすことは、難しいことではないんじゃ」

「……、……」

「お主は、暗黒オーブにすでに選ばれておるからのう」

「……、……」

「じゃが、まだ、具体的にどうすればいいのか分からんのじゃろう?」

「……、……」

「お主がすべきことは、心の中で、暗黒オーブに語りかけることじゃ」

「……、……」

「語りかければ、暗黒オーブはきっと意志を示してくれる。じゃから、不安に思わず、何でも相談してみれば良い」

「……、……」

「そうやって、一つ一つ身に付けていくんじゃ。焦る必要はない。お主はすでにバロールと同等以上の力を持っておるんじゃからな」

「ニャア……」

ニックは、俺が理解したことを分かったのか、もう一度背をなでた。


 俺がすべきことは、大事なものを護ることだ。


 そう思ったら、今までもやもやとしていたものが、急に晴れていく感じがした。

 こういうのを決意と言うのだろうか?


 皆のあたたかい視線を感じながら、俺はそんなことを考えていた。

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