第24話 襲撃

「あ……、あの、に……、ニックさん?」

唐突に、エイミアが口を開いた。


「こ……、コロが暗黒オーブと話すと、ど……、どうなってしまうのでしょう?」

「ん……、どうなるって、何じゃ?」

「そ……、その、せ……、性格が変わったり、あ……、あの……」

「……、……」

んっ……。

 エイミア、何が言いたいんだ?


「ニックさん……。エイミアが言いたいことはこういうことなんです。暗黒オーブと心の中でしょっちゅう話していると、コロの関心事が暗黒オーブばかりになってしまうのではないかと心配しているのです」

「……、……」

「エイミアにとってコロは、一番の友達であり、肉親同然の家族なんです。ですから、暗黒オーブにコロがとられてしまうのではないかと思っているんです」

「ふぉふぉふぉ……。そうじゃったか、エイミアさんはコロが本当に好きなんじゃのう」

ヘレンが端的にエイミアの気持ちを代弁する。

 エイミアは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにうなずいた。


 ……と言うか、俺にとって一番大事なのはエイミアだから、大丈夫だよ。


「エイミアさん……。そのことについては、バロールが興味深いことを言っておった」

「きょ……、興味深いことですか?」

「うむ……。暗黒オーブは女性の声で語りかけてくるそうなんじゃが、その声はとても優しく、包んでくれるような声だったそうじゃ」

「……、……」

「バロールは孤児で母親を知らんらしいが、もし、自分に母親がいたら、こんな風に語りかけてくれるように思う……、と、柄にもなく言うておった」

「は……、母親」

「そうじゃ…。じゃから、心配することはない。暗黒オーブがコロにとっての母親なら、エイミアさんにとっても家族同然じゃからのう」

「は……、はい」

ニックは、エイミアに微笑ましいものを感じたようで、ニッコリと笑った。





「爺さん……、ちょっと聞いていいか?」

「何じゃ、アイラ……? お主もオーブのことで何かわしに聞きたいのか?」

「いや、そうじゃない」

「……、……」

アイラが突然話に割って入った。


「今日、この山で祭りでもあるのか? それとも、誰か遭難でもして山狩りをするとか……」

「祭りなんぞありゃあせん。それに、この山は険しいところはほとんどないんじゃ。遭難なんて、ついぞ聞かん」

「そうか……。じゃあ、ちょっと拙いことになったかもな」

「どうしたんじゃ?」

「この小屋の近辺に人の気配がする。それも、数人とかじゃない。五十……、いや、百人くらいがこの周りを取り囲んでるみたいだ」

「な、何じゃと……?」

アイラの指摘に、ヘレンがさっと窓に近づき、窓枠に隠れるように外を覗く。


「いるわ……。あの制服は、警備隊ね。何だろう……、皆、弓を持っているわ」

「ヘレン……、コロのことが漏れたんじゃねーか? どう考えても、警備隊がこんなところにお出ましなんておかしいだろ」

「……、……」

「それにしても、弓隊で囲われちまったか。これは厄介だな」

「……、……」

「あたし一人ならどうとでもなるけど……」

そう呟くように言うと、アイラは思案顔で、家の中を見回す。


「裏にもいるわ……」

「そうだろうな。あたし達が出てくるところを襲おうって気なんだろう」

「アイラ……、どうしよう? 何か策がある?」

「まあ……、ないことはない。こういうときは、一番偉い奴を狙うのがセオリーだしな」

「……、……」

「何処かに、帽子を被った奴がいないか?」

「いるわ。正面の太った人が被ってる。あれが隊長ね」

「あそこまで、ちょっと距離があるな……。ん……、何もなしじゃ、弓の餌食か」

ヘレンは、手際よく周囲を観察してアイラに報告する。

 アイラもそれを聞きながら、何事か考えている。


「爺さん、悪いけど、このテーブル壊してもいいか?」

「それは構わんが……。そんなもの、何に使うんじゃ?」

「ああ……、ちょっとな。悪いが、代わりはあとでロベルトに作ってもらってくれ」

「……、……」

アイラは、ニックの答えがくるやいなや、薪割り用の斧を手に取った。

 そして、テーブルの上のコップをエイミアに手早く渡すと、テーブルを仰向けに倒した。


「ちょっと、脚が邪魔なんでね」

そう言い放ちざま、アイラは斧を振るう。

 「スカーンっ」という音とともに、テーブルの脚は斜めに切り落とされた。

 さすがに武闘の達人とあって、切り口は綺麗なものだ。


 アイラは次々にテーブルの脚を切り落とすと、髪留めにしていた額当てを外し、右手甲に巻き付ける。


「さあ、準備は出来た。ヘレン、外はまだ襲って来る気配はないか?」

「まだ、大丈夫。隊長が何か話してるみたいだから……」

「そうか……。じゃあ、先制攻撃と行くかっ!」

「そうね……」

「ヘレン……、合図をしたらそこの扉を開けてくれ。エイミアと爺さんは床に伏せていてくれ。ロベルトはまだベットの中か……。まあ、良い。何とかなるだろ」

「了解……。いつでも良いわよ」

ヘレンは素早く扉に近寄ると、ノブに手をかける。


 アイラは、皆が指示通りにしたのを見届けると、脚を切ったテーブルを持ち上げ、脚の切り残しを握った。


 そうか……、あれは弓用の盾のつもりか。

 いくらアイラが素早く動いたとしても、正面から無数の弓で射られたら、当ってしまうかも知れない。

 だから、テーブルを簡易な盾にして防ごうと言うのだ。


 アイラはこのくらいのことには、いくらでも遭遇してきているのだろう。

 身の回りのもので瞬時に対応出来てしまうのが、いかにもアイラらしい。

 しかも、今回は俺たちまで護ろうとしている。

 いつもながら、アイラの無謀とも言える勇気には、感心するばかりだ。


 だけど……。

 本当にこのままアイラに頼って良いのか?

 俺はさっき、皆を護るのは俺だと誓ったばかりだ。


 ニックは、俺にはバロールと同等の力があると言っていた。

 だとしたら、この状況を俺にも何とか出来るはずだ。

 バロールは一個小隊の警備隊を撃退したと言っていたしな。


 なあ……、暗黒オーブよ。

 俺、皆を護りたいんだ。

 俺さあ……、エイミアはもちろん、アイラもヘレンも好きなんだよ。

 もう、抗わないで逃げたり、やられ放題になったり、人に頼っているだけではダメだと思うんだ。

 どう思う?

 それとも、これも俺が暗黒オーブに頼っているだけで、皆を護ることにはならないかなあ?


 俺は、必死に暗黒オーブに話しかけてみた。

 応えてくれるとは限らないけど……。

 でも、俺に出来ることは何でもやりたい。

 こんな気持ちは初めてだ。

 だけど、今は本気でそう思うんだ。


「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

俺の頭の中に、優しく懐かしい声がした。


 お、オーブ……。

 そうだよな、俺、間違ってないよな。

 おまえも皆を救いたいと思っていたよな。


「……、精霊の意志によりて、緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

俺の身体に震えが走る。

 そして、何かが俺の中で膨らみ出す。


 ああ……、俺の中に闇が満ちていく。

 頭の先からつま先まで、びっしりと闇が膨れ満たされていく。

 も、もう、俺の中に留めておくことは出来ない。

 そろそろ良いかな?

 行くぞ……、オーブっ!


「ニャっ!」

気合いを入れて発声すると、俺は尻尾を強く振るった。

 それとともに、闇は尻尾の先から体外にあふれ出した。

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