介護探偵
破死竜
プロローグ 彼女は介護探偵
「どろぼーう!」
個室から叫び声が聞こえた。他の職員たちに(私が行くから)という合図代わりに手を振り、スニーカーを鳴らして廊下を走る。
「どうしたんですか、鈴木さん?」
部屋に飛び込むと、利用者の鈴木清さんがベッドに半身を起していた。今年70歳になる彼は、自由に動かないところもいっぱいでてきたその身体をくねらせて、怒りの感情をむき出しにしている。
「どうもこうもあるかい、ワシへの手紙を開けた奴がおるんじゃ」
「あら、大変。中には何が入っていたの?」
利用者が真実を話すとは限らない。嘘を吐いているつもりはなくても、記憶違いはここではよくあることだ。
けれど、その言葉を頭から否定することも、また許されないのがこの仕事。
「それはわからん。手紙は残っておった。しかし、その手紙の日付から一週間もかかって届いた、というのはおかしい。誰かが中身を盗んだと考えるのは当然じゃ」
「それは嫌だったわね。じゃ、ちょっと考えてみましょうか」
他人を区別することすらできない利用者がいるため、この施設への出入りには身分確認がある。それに、個人の持ち物、例えば郵便物などを盗もうとしても警備員の目もある。
「手紙を見せてもらって良いですか?」
「うむ、これじゃ」
鈴木さんが差し出したのは封筒だった。”手紙”というだけではハガキの可能性もある(うちの施設でも、”メール”を使える利用者さんを、ちらほら見かけるようになってきた) だが、ここにあるのは、定型の料金で届く、普通の紙の封筒だった。
「封はされていたんですか?」
「ああ、ボールペンの×印とノリ、それらの上からセロハンテープ。まあ、普通の封よ」
中の手紙を取り出してしまっているのだから、もう指紋とかを気にする必要もないだろう。開けて、中を見るが、空っぽだ。
「便箋を取り出したんですね?」
「ああ、そこに書いてあった日付が一週間も前のものだったんじゃ。それで、おかしいと気付いた。こういうわけよ」
私は、考える。
(実際に、中に他の何かが入っていた、という証拠は無い。鈴木さんが気にしているのは、施設に届いてから誰かに中身を見られたのではないか、ということ)
なら、証明すべきは、”何が入っていたか”、じゃないわけだ。
「えっと・・・・・・、落ち着いて聞いてもらってよろしいですか」
「気を遣わんでも、ワシはいつでも冷静じゃ」
(嘘だー)と思っても、それは口に出さない。ただ封筒をひっくり返して鈴木さんに見やすいようにしてみせた。
「封の逆、表面はご覧になられましたか?」
「もちろん、ワシ宛かどうか、ちゃんと確認したぞ」
「えっと、そうではなくて、ここです」
私は、封筒の左上、切手の貼ってあるところを指さしてみせた。
「一枚だけ、料金の合っとる、珍しくも無い、郵便局で切手をくれといえば最初に出してくるような、それが貼ってあるのう」
”おゆうぎ”のときのような言い方になってしまったせいか、彼の返答もちょっといやらしい。お年寄りは優しい見た目と富士山並のプライドの高さを併せ持っているからややこしい。
「すいません。ですが、改めてご覧になってください。その切手に押された消印の日付を」
「なに・・・・・・、おお」
そこにあったのは、昨日の日付。差出人の住所からすれば、今日は通常の到着日だ。
「えっと、つまりですね、鈴木さん・・・・・・」
「ああ、わかった、皆まで言うな。ワシの勘違いじゃった、そういうことじゃろう?」
ぷいっと横を向いて、あやまりもしない。
本当、お年寄りのプライドはエベレストよりも高いんだから。
起こったことはきっとこうだ。
差出人は、最初に日付を書いて、便箋に手紙を書きだした。けれど、その後を続けられなかったか、それとも、カバンに入れっぱなしにして投函し忘れたかして、郵便局の手に渡るまでに一週間近い日付が経ってしまった。
その後は、郵便事故もなく、誰かが中身に触れることもなかったけれど、鈴木さんの元に届いたときには、最初の日付との差が大きなものになってしまっていた、というわけだ。
「それで、差出人はどちらさんだったんですか?」
「うむ・・・・・・、孫娘よ」
「それで、内容は?」
「むう、面倒なことをさせる。まあ、しかし、謎解きの礼代わりじゃ、よう聞いておれよ・・・・・・」
こうして、私は彼と話をした。職員にはそれで済んだ話であっても、周りの利用者からすれば、叫び出した人がその後落ち着く様子を見聞きするまでは、問題が済んだことにならないからだ。
私はどこにでもいる介護職の勤め人の一人。
ただし、時折、その業務の中で謎を見つけることもある。
そして、それを解決することは、密かな楽しみでもあるのだった。
介護探偵 破死竜 @hashiryu
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