温室の少女たち3

「(こちらゾウさん。フラワーが西の区画に繋がる橋を渡ったよ)」

 無線機越しに、すこしくぐもった声が聞こえる。

「こちらライオンさん。了解した。予定通りに進めよう」

「(ねぇ、どうして橋を塞がなかったの? そこから逃げちゃうかもしれなかったじゃない)」

「そうか、説明をしていなかった」

 男は片手で通信機を持ったまま外套のポケットから小さなクッションのような物を取り出して適当な高さの塀の上に広げる。

 自分で使うのではなく、傍で暇そうにしていたキリンさんを自称する少女の着席を促した。

 どうやら何かしらの講義が始まるようだ。

「物事は準備の段階が一番大事なんだ。事が起こった時には既に大体の結果が決まってしまっている事が多い。今回の場合、事前の情報から対象はほぼ能力者である事に間違い無い。救出の為に仕掛けて来るのは確定という前提があるんだ」

「(万が一違ったら?)」

「その時は逃してしまっても構わないよ。二人ともね。今日の記憶は無くしてもらわないといけないけど」

「(そんな記憶を操作できるような便利なモノってあったっけ?)」

「ないよ」

「(うわ……物理的に記憶喪失にする気だ……)」

「……そんなことはないぞ」

 男は小脇の少女を抱え直す。

 当の妹は暴れ疲れてややぐったりとしている。一連の緊張感のない会話から、差し当たっての危機が無いことを感じ取ったのだろうか、胡乱な瞳をしていて男の話を聞いているかははっきりしなかった。

「今日は言うなればチームの訓練の為にやっているわけだ。もし三人だけでもきちんと動けるようにね。その為には、相手の能力を速やかに把握、分析する必要がある」

「特に今回はただの能力者じゃない。おそらくクラスはHM以上、“カレード”持ちの能力者だ」

「(あ、そんな立派な相手なんだ)」

「そう。だから怪我をしないように注意しないとダメだ」

「さて、能力は3つの系統に大別されること、さらに3つの能力が足されて計6つの種類がある事、それらには相性がある事は憶えているかな? 今日はあえて細かく説明はしないけど、自分が苦手とする系統の能力者と対峙するのはできるだけ避けないといけない」

「(あたしは強いから平気なんだけど?)」

「はいはい、ゾウさんは強いよ」

「(バカにしてる)」

「してないしてない」

「(そう言えば気になってたんだけど、どうしてターゲットはフラワーって呼ばれてるの?)」

「あぁ、それは色々と理由があるんだが、簡単に言えば能力には花の名前を付けるのが昔からの習わしなんだ。で、能力が未確定な状態ならフラワーと仮称する。みんなも最初は能力にそう言う名前が付けられていただろう?」

「すぐに変えちゃったよ。だって格好悪いんだもん」

 そう言ったのはキリンさんだ。さぞかしセンスのいい名前を考えたのだろうが、この場でご披露する様子ではなかった。

「そうだな。後で自分の好きなように改名する事もある」

「花の名前、宗教的な理由だって話も聞いたことあるよ?」

「おっ、詳しく聞きたいか?」

「ううん、いらない」

「そう……」


「(あとね、どうでもいいけどみんなの呼び方、微妙に呼びづらいと思うんだけど)」

「ほう、それは何故?」

「(だってライオンさんとかって敬称付けると普段の名前より字数が多いし、意味ないんじゃないかな)」

「これは痛いところを突かれたな」

「(いい代案があるわ)」

「聞こう」

「(あのね、昨日見たスパイ映画だと、アルファベット一文字で呼び合っていてカッコよかったんだ)」

「つまりゾウさんはZと言うわけだな。アルファベットの最後の文字だ。イカしてるじゃないか」

「そのルールで行くとキリンさんはKになる」

「あんまりパッとしないかも」

「そんな事はないぞ。こう字画がシュッとしていて気持ちがいいじゃないか」

「ちょっとわからないかな……その感覚」

「で、ヒヨコさんはHだ」

 ゾウさんとキリンさんが復唱する。

「(ひよこさんはえっち)」

「ヒヨコさんはエッチ」

「(わあ)」

「(却下!却下です!)」

 静かに聴きに徹していたヒヨコさんがわたわたと話に入ってくる。このまま何も言わなければえっちなコードネームで確定してしまうからだ。

 そうなってしまうと作戦中はレオタード着用とかの古い概念を押し付けられかねない。

 漫画で読んだので知っているのだ。

「えー、面白いと思うよぉ」

「(わ、私は面白くないですよ!)」

「仕方ないな、なら英語に変換してみよう」

「ゾウさんは英語でなんて言うかな?」

「(えれふぁんと!)」

「そうだね、だからEだ」

「キリンさんはなんだと思う?」

「えっ、わかんないよ、だって習ってないもん」

「キリンさんはジラフって言うんだ。だからGだな」

「ふーん……」

「そういう風にしてるとね、なんか先生みたいだよ」

 キリンさんがちょっと感心したように言う。

「ライオンさんだぞ」

 ライオンさんはとても平坦に返した。

「そしてヒヨコさん、これはちょっと難しいんだ。アルファベットはCになるんだけど、さて、英語でヒヨコさんはなんて呼ぶのかな?」

「(チキン)」

「チキン」

「(き、今日はどうしてこんなに弄られる流れなのです!?)」

「ヒヨコさんはいつもライオンさんの贔屓なんだもん。だからたまには良んじゃないのかな」

「(ライオンさんはヒヨコさんに甘い)」

「(うぅ……)」

 他の二人に対して、ヒヨコさんはやや弁が立たないようだった。色々と反論をしたいのかもしれないが、墓穴を掘るのを危惧してかはっきりと言わず、しょぼしょぼと「違うんですよぉ」なんてつぶやいているのだ。

「まぁ、正解はチックなんだけど、チキンでも間違いではない」

「(チキンってヒヨコって意味もあったんだ……)」

「主にはどういう意味だと思ってたんだ……」

「(腰抜けとか?)」

「あってるけど……」

「もう、いいから早く話を進めて欲しいんだけど」

 キリンさんが塀の上で足をバタつかせて抗議する。

「あぁ、すまん」

「じゃあこのカッチョいいコードネームの話は保留」

「(保留なんですか……)」

「でだ、さっきの接触から相手の能力を推測する。フラワーはすぐには能力を使わなかった。あの時点で使ってしまえば不意を突いてこちらの戦力を削ることができたかもしれないのに」

「あえて使わなかったのか、それとも使えなかったのか」

「ミメーシスの発動は感情に左右される場合が多いから、ああいう状況だと勝手に出てきてしまうようなケースもある、そうならなかったのはかなり強く押し留めたんだろう。つまりそれなりの理由があると考えられる」

「(普段は鍵を開ける為に使っていたという事ですから、あの時にはあまり便利じゃないか、解決には役立たない能力だったということでしょうか?)」

「ヒヨコさんは良いところを突いてくるね。その通り。道具を生成して直接相手に攻撃できる能力じゃない可能性が高いんだ」

「だとすると「青」ではないのかも」

 ここでキリンさんから色についての単語が出てくる。どうやら能力の種類は、色でカテゴライズできるような決まりがあるらしい。

「それに「水」でもないだろうな」

「(えっ、でも橋を渡らなかったなら安全な所から一方的に攻撃できるわけじゃないんなから、中近距離能力ってことでしょ? 「赤」って訳でもなさそう)」

「(そうなると残るのは「黄」と「緑」と「紫」の3つですよね。でも今までの話をまとめると……「紫」でもなくなりますよね)」

「3人揃うと流石に早いな」

「(もんじゅのちえですね)」

「高速に増殖する思考?」

「今は核融合の話はしてない……」

「(ちょっと待って、「黄」か「緑」だとあたしと相性が良くないんだけど)」

「ゾウさんは強いから平気だろ」

「(ぐっ!)」

「冗談だ。念のためヒヨコさんを直援に回すから合流したら合図があるまでそのまま待機していてくれ」

「(……了解)」

「(了解です)」

 男が通信機のボタンから指を離すと、それを狙ったタイミングでキリンさんが指摘をする。

「あの二人は囮ってことなの?」

「そうじゃないが、フラワーがどう動くか完全な予測は出来ないからな。あの二人は保険としてやる事があるのさ。例えばこの後、能力で作った“カレード”を従えて対象本体が此処に斬り込んでくる可能性が一番高いだろう。その場合、二人には後方からの支援をしてもらう形になる」

「他には、そうだな。対象も人質を用意してお互いに交換を申し出たりするかもしれない。向こうにはこちらの情報が無いから、必然的に「見た目が弱そう」な相手を捕獲しようとするだろう」

「あぁ、それでゾウさんって事……結局囮ってことじゃない?」

「そういう悪い言い方しちゃいけません」

「ともかく、その場合は“カレード”は錯乱のためにこちらに仕向けられると考えられる」

「戦闘になる?」

「そうだな。“カレード”単体が攻撃してきた場合、今度はこちらも能力を使って構わない」

「え、使っていいの? やった」

「あくまでも後者のケースの場合だからな」


 どうやら彼らはチームを組んで少年を捕獲しようとしているようだった。話し振りから男がリーダー格であり、3人の少女を従えていることは分かるが、この締まらないやり取りからプロフェッショナルという感じではなく、ごっこ遊びをしているようにも見えなくはない。

 ミメーシスと呼ばれるのが超能力の名称で、“カレード”と呼ばれるのが超能力で何かをした時のもの、男たちはそれを持っている人間を捕まえており、自分たちも使いこなしているようだ。

 妹は彼らの話を聞きながら、状況をなんとか理解しようとしていた。


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