第10話 月の丘は穏やかだった
第10話 Ⅰ
「いいぞーそのまま、そのままー!」
威勢のいい声に導かれて、ゆっくりと村側半分の橋が下ろされてゆく。
初め、地面に寝そべった状態で完成した跳ね橋は十人の若者たちによって垂直まで立てられ、そこから先端のフックに引っかけたロープを握ってゆっくり橋脚へと載せられる。
そう、アフリス村の橋が完成したのだ。
意地を張って手伝ったオロフたちは結局たいして時間短縮に貢献できなかったものの、村人や大工たちとともに汗を流して確かな達成感と絆を覚え、今もともに完成像が出現するのを期待に満ちた表情で見守っている。
もちろんユウハたちを王都へ連れて行く準備は既に整えており、橋の向こうでは迎えの馬車が待っていた。
その向こう岸へと橋を繋ぐべく、今度は階段状の橋を使って若者たちが川を渡り、もう半分の橋も同様に立て起こした。
「さあ、いくぞー! ゆっくりゆっくりー!」
若い衆のリーダー格の男が声でリズムを取りながら慎重に橋を下ろさせてゆく。橋と橋が近づくにつれ、見守っている村人たちの声も大きくなってゆき、やがて、ドスン、という小さな地響きが起こったとき、割れんばかりの歓声と拍手が起こった。
「これこれ、手すりを上げぬか」
村人たちと一緒に手を上げて喜んでいた若者たちに最後の指示を出して、甲冑姿のレッコウも手を叩く。そう、九〇度に回転する手すりを上げて留め具で固定することで、この橋は本当の意味で完成なのだ。
「やりましたな、レッコウどの!」
張っていた意地をどこへやったのか、オロフも大喜びでレッコウの手を握る。
「こりゃあいい橋ですぜ、ご領主!」
「これでこの先、百年、二百年は安泰ですな!」
ヨーランとアルノルドも互いに肩を叩き合って大満足な様子であった。
「うむ。おぬしらも村の者たちも、初めてのことで大変だったであろうがよくやってくれた。お陰で長年考え続けてきたことに明確な形でひとつの答えが出せた。これでもう思い残すことはない、礼をいうぞ」
言葉だけでなく深々と頭を下げて感謝を示したものだから、村人たちは反射的に平身低頭してしまってレッコウを苦笑させるのだった。
「その言葉を待っていましたぞ」
レッコウのそばにあって平身低頭しなかった一人が、少々意地の悪い笑顔で進み出た。
「思い残すことはないと仰いましたな? ええ、そうでしょうとも、こんなにも斬新で素晴らしい橋を完成させたのですから。そうでなければ私も陛下に顔向けできぬというものです」
「おぬし、何気に根にもっておるな……」
「さあ、陛下がお待ちです! 約束どおり今から王都へ向かいますぞ!」
「レッコウさま、立派な橋をありがとうごぜえました!」
「ユウハさん、おギンさん、お達者で!」
「先生方も、お世話になりました!」
村人たちが口々に別れの言葉を投げかけ、ユウハとギンは笑顔で手を振り、シュネルドルファーは涼しい顔で、オイゲンは照れくさそうにしながら橋を渡ってゆく中、村にとっての一番の功労者であるレッコウは厳つい甲冑姿でオロフに手を引かれて無理やり歩かされているものだから、彼にとってはなんとも締まりのない新たな旅立ちとなるのであった。
……さて、無礼にも国王を待たせに待たせた一行の旅程はほとんど強行軍といえた。六人乗りの二頭立て馬車一台に護衛として随行する騎馬の騎士六名(ついでにレッコウを乗せ荷車を引くトゥーラ)とすべて馬ではあるが、最も足の遅い馬車に合わせると普通なら五日かかるところを三日で踏破しようという馬に優しくない計画である。
もちろん人間にも優しくない。急いでいるため騎士たちは疲れても下馬するわけにはいかないし、馬車とて決して広いわけではなく速度を出せば出すほど揺れが激しくなり快適さが犠牲となる。さらに休憩時間まで限りなく削って長時間同じ体勢でいるというのはなかなかの苦行で、最初の半日を過ぎればもう外の景色を楽しむ余裕もなくなってしまう。よって二日目の昼過ぎにはオイゲンが最初の脱落者となってしまった。
「オイゲン、つらいならトゥーラの荷車に移って体を伸ばしてきたらどうだ?」
「そうですね、そうさせてもらいます……」
「あとで代わっとくれ。どうも狭苦しいのは性に合わないよ」
頷いて、オイゲンは扉を開き前を行くレッコウを呼んだ。レッコウはすぐに速度を落として馬車の横につけると、オイゲンの頼みに頷いてトゥーラに確認を取った。
なぜかというと、彼女はいまだにレッコウ以外をその背に乗せようとはしないし、シュネルドルファーは無視、女性二人に対しては明らかに敵意を見せているのだ。荷車とはいえ勝手に彼女の力を借りようとすれば怒って暴れ出すかもしれないので確認は必要であった。
「ウム、やはりおぬしはよいようだ」
「完全に無視されてるんですけど……」
「気にせぬということだ。そら、飛び乗るがよい」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
レッコウの見立ては正しかった。オイゲンが飛び乗っても一向に気にする様子はなく、そのままもといた位置まで戻っていった。
その様子を見送って、ギンは呆れ半分のため息をついた。
「もしかしてあたしとユウハは荷車にも乗せてもらえなかったりして……」
「彼女も女性ですからね」
「ふん、馬のくせに図々しい」
「あんたは絶対その性格のせいだよ」
「そもそも乗りたいとも思わん。あれは戦場でしか役に立たん馬だ」
「そういう意味ではあれほどレッコウどのに相応しい馬はありませんな。国におられたころはさぞ武勲を重ねられたのでしょう?」
「ええ、それはもう……」
ユウハはさり気なくシュネルドルファーを見やった。これまで極力レッコウのことには触れずにきたが、こうして全員で王都へ向かうこととなった今、彼のことをどう扱うべきかユウハ一人には判断をつけかねたのである。
当然、シュネルドルファーもそれについては考えていた。
「オロフ、そろそろ伝えておかなければならんことがある」
「なんでしょう?」
「王への謁見だが、レッコウを連れてゆくわけにはいかん」
「なぜです? あなたがたは五人だと既に報告しておりますし……」
「アフリスでは領主ということにしていたが、実は王なのだ」
「なんですとっ?」
驚き半分と馬鹿馬鹿しさ半分でやや素っ頓狂な声であった。
「むろん退位した身だが、仮にも一国の王が他国の王に膝をつくわけにはいくまい」
オロフはまだ信じられず、この横柄な魔術師が自分をからかっているのなら助けてくれまいかとユウハとギンに視線を送った。
返ってきた視線は、大真面目であった。
オロフは思わず息を呑む。
「で、であるならば……!」
「騒ぎ立てるなよ。そうさせんために正体を隠しているんだ」
「なぜです!?」
オロフの、いや、一般的な価値観からすればたとえ国交がなくとも、たとえ退位していようとも、一国の王を招くとあらば王宮を上げての一大事である。外交上問題のないように配慮しつつできうる限りのもてなしをしなければならない。
「国の内情に深く関わることゆえ詳しくは話せんが、レッコウはあるものを探して旅をしている途中でな、正体を知る者は最小限に留めたい」
「まさか、あなたがたはファイネンの密使かなにかで……?」
「いや、違う。おれとオイゲンがやつに出会ったのは本当にただの偶然だ。ただその出会い方がまずくてな、事情を知ってしまったがゆえに放置することができなくなってしまった。ユウハとギンについては協力してもらうためにこちらから接触したんだ」
「私はもともとレッコウさまに仕える身でしたので」
ユウハが乗っかることで、シュネルドルファーの説得は成功となった。二人とも嘘はひとつもついていない。それどころかすべて真実である。しかし、これは明らかにペテンであった。なぜならシュネルドルファーはオロフがレッコウを先代の国王と勘違いするように仕向けたのだから。そう思い込んでくれれば呪いのことは隠したままにしておけるし、宮仕えという立場と彼の性格上、外国の内情に深く追求することはあるまいと踏んだのである。
「そういうわけで、レッコウは謁見させられん。あのときたまたま組んでいた流れの冒険者だったということにでもしておいてくれ」
「いえ……それはできません……」
言葉は拒否でも、その態度は明らかに謝罪であった。
「なぜだ?」
「遅れる旨をお伝えする書状を書いたとき、レッコウどのがファイネンの貴人であることも報告したのです……」
シュネルドルファー、痛恨の誤算――
とは、ならなかった。
「だったら仕方ない、雑な言い訳になるが、王都へ向かう途中に困っている村人に乞われてモンスター退治に行ってしまったとでもしておこう」
「そういうやりかたしかありませんな、申し訳ない」
「それともうひとつ頼みたいことがある。むしろこちらが本題でな」
「なんなりと」
「知識と実績が豊富で人格的にも優れた魔術師に心当たりがあるなら紹介してほしいのだが」
「探し物のため、ですかな?」
「そういうことだ」
オロフは自信満々で頷いた。
「でしたらば、私が思いつく人物はただ一人です」
「なんとなく想像はつくが……」
「ええ、もちろんバーリエルさまです。あのかたは封術師としてはもちろん、魔術全般に秀でたおかたですし、人格もご立派でいらっしゃいます。ユウハどのもご承知のことと思いますが……」
「ええ。異国人である私にもとても親切にしてくださいました」
「ではそのバーリエルどのに会えるよう手配してもらえるか?」
「先方の都合次第になるとは思いますが、承知しました」
このようにして、シュネルドルファーのペテンひとつでレッコウの正体秘匿と手掛かり取得のふたつを一気に成してしまうのであった。
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