第2話 Ⅱ

 シュネルドルファーがダロアを選んだのには明確な理由がある。それはこの都市が西にある王都と南北の国々とに繋がる交通の要衝のひとつだからだ。そういう場所には人も物も集まりやすく、ただでさえ目立つレッコウを隠すにも、レッコウに着せて違和感のない服装を探すにもちょうどよかったのである。ゆえに王墓に乗り込むまでの拠点としていた町で馬を借りて、大王復活事件から四日目の昼にはなんとか辿り着けたという次第であった。

 ちなみに、念のためにと王墓内で使える物を探した結果が今のレッコウの姿であり、レッコウが背負う荷物の中身は彼がどうしても手放したくないとだだをこねた愛用の甲冑に、無事だったいくらかの財宝。シュネルドルファーが堂々と物色している姿を見てオイゲンは思わず、

「バチが当たりませんかね……」

 などと口にしてしまって後悔した。なぜなら隣にそのバチを当てるべき墓の主がいるのだから。しかも、

「ここにある物はすべて例外なく吾輩の所有物であるゆえ、気兼ねなく漁るがよい」

 とフォローまで入れられる始末である。

「墓を墓の主と一緒になって物色した人間などわれわれが歴史上初めてだろうな」

 無事な金塊を発見したシュネルドルファーはご満悦であった……

 そういう次第でもあり、王墓の調査に向かったことを知っている町で財宝を売ったり怪しげなズタ袋男を大衆の目に晒したりするわけにはいかなかったという事情も、もちろんある。

「あったぞ、武具屋だ」

 通りの先に剣と盾の看板を見つけたシュネルドルファーはそれを指差して振り返った。すると、

「どうしても……売っ払うと申すか」

 レッコウの足がとまる。

「何度も説明しただろう。その鎧ではおまえの体が丸見えで街を歩くことなどできん。それに今のご時世、そんな無駄にごつくて重い鎧などはやらん。もっと軽くて頑丈で全身を隠せる物が山ほど出回っているのだ」

 レッコウは墓所内の財宝は好きにしろといったものの、愛用の甲冑だけはどうしても手放したくない、置いて行きたくもないとだだをこね、今も後生大事に鎧箱に入れて背負っている。もちろんレッコウにもシュネルドルファーのいうことはわかっていた。たとえ千年の時が流れようと骸骨が街を闊歩して悲鳴の上がらない世の中など訪れるはずはないのだ。

 しかしそれでも新国家の夜明けまでともに見届けた道具を手放すには、思い出が多すぎた。

「世話になった」

 意を決したようにレッコウは踵を返し、

「待てぇい、研究材料」

 シュネルドルファーは光の速さで手を伸ばし、

「うわ、本音」

 オイゲンは真顔で呆れ返った。

「聞け、レッコウ。おれとて大事な物を手放したくない気持ちはよくわかるし、なにも金が欲しくていっているわけでもない。それに考古学的見地からもその甲冑には金には代えられん得難い価値がある」

「ならば売らずとも……」

「あいにく呪いを解く旅というのは容易いものではない。なにせキルケほどの使い手がかけた術なのだ、解くにも同等の力が必要になる。そんな使い手、あるいは魔道具を探すには無駄な物をいつまでも持ち運んでいられる余裕などないのだ。むろん、金銭的にも体力的にもだ」

「それは吾輩が自分で……」

「おまえは剣士だ、おれたちと違って重い荷物をもったまま立ち回るわけにはいかんだろう、そんなことをされてはこちらの命が危ない。いや、おれ一人ならまだしも年端もゆかん子供まで危険に晒すような真似を海陽人はよしとするのか?」

「そ、それは……」

「おまえも王ならつらい決断は今まで何度も経験してきたはずだ。そしてその中で捨て難きを捨て、それゆえに新しく得難きを得てきたはずだ。違うか?」

「相違ないが……」

「残念ながらその甲冑は今のおれたちにとっては足枷にしかならんのだ。一刻も早く呪いを解くためには足枷は早いうちに断ち切らねばならん。そうすることで迅速かつ自由な行動が得られるというものではないか」

「うゥ、ムムム……!」

 ボロ布がズタ袋を抱えて悩み始めた。それを見てシュネルドルファーは人の悪い笑みを浮かべるが、同時にオイゲンも頃合いだと心得ていた。

「よければうちで預かりますよ?」

「ナヌ?」

「チイッ」

 二人は両極の感情を込めてオイゲンを見やった。

「うち、この国ではありませんけどそこそこ大きな商家でして、ぼくが旅先で見つけた骨董品とでもいっておけば蔵に保管してもらえますから」

「オオ、おぬしは神の使いであったか!?」

 ボロ布をまとったズタ袋が跪いて少年の手を取る絵など、世界中どこを見渡してもここでしかお目にかかれない光景であろう。

「是が非でも頼む! 吾輩が受け取りにゆく日まで、床の間の隅で構わぬ、保管願いたし! これは大変霊験あらたかな甲冑ゆえ必ずや家の守り神となろうぞ!」

「先生、トコノマってなんですか?」

「知らん。余計な真似をしおって」

「どうせ先生だって本当は家に送るつもりだったんでしょう?」

「ふんっ」

 どちらともつかない天邪鬼な態度で顔を背けたシュネルドルファーだったが、オイゲンにはわかっている。いくら旅程の邪魔になっても考古学的価値著しい物をこの師が金銭などと引き換えたりはしないということを。

「さあ、新しいわが甲冑の品定めにゆこうぞ! 実は千年分も進んだ技術がいかなるものか気になって仕方なかったのだ!」

 甲冑が無事に済むとわかったレッコウは元気溌剌と先頭に躍り出て武具屋を目指す。

「まったく、調子のいい……」

 ぼやきつつ、シュネルドルファーも当初の目的地へと足を進めるのだった。



 ダロアは隣国の商人も多くいる都市なので入った店がジブラスタ人によるものとは限らないが、三人が入った店は国内大手のチェーン店であったため外国人は客の中にしか見受けられなかった。

「オホォ~ウッ! なんと珍妙な!」

 シュネルドルファーたちからすれば珍しさなど欠片もない見慣れた商品の数々だが、千年寝太郎のレッコウにとってはない目を輝かせるほどに心躍る光景だったらしい。汚らしい恰好に眉をひそめる他の客たちを押しのけて見慣れぬ形状の品物を次々と確かめていく。

「おい、まずはインナーだ」

「インナァとな? 察するに帷子のことであろうか?」

「おれにはそのカタビラというものがわからんが、防具の下に着る丈夫な衣服のことだ」

「ンム、帷子であるな。確かにいかなるときも甲冑を着込んでおるわけにもいかぬゆえ必要であろう」

「ここなら海陽の商品も置いてあるはずだから見てみるといい。向こうだ」

「それはありがたい!」

「先生、ぼくも少し見て回っていいですか?」

「ああ、好きにしろ」

 普通、こういう冒険者向けの店であってもよほど大規模な店舗でない限り魔術師用の装備はそれ専用の店で取り扱っているものだが、ジブラスタでは事情が異なる。ジブラスタにも魔術師はいるが、そのほとんどが武芸を嗜む戦士なのである。それはこの国が魔術師よりも肉体派の戦士の育成に力を入れているからでもあり、この国の伝統的な魔術が戦闘には向かない呪術であることも影響している。

 今や呪術は世界中どこへ行っても白眼視される系統ではあるものの、ジブラスタの呪術はそれらとはやや違った、どちらかといえば魔術に近い術であるため、古い時代から当たり前のように存在した伝統技術を捨てることはせず、魔術師連盟から「だったら魔術と表現すればよいではないか」と文句をいわれても聴く耳もたず、堂々と「わが呪術をとくと見よ!」などと声を張り上げ街中で大道芸として披露していたりする。

 そういった頑固さと茶目っ気ある気質がジブラスタ人の民族性であり、魔法を使えようが使えまいが戦士は戦士という考えから武具屋の商品も差別化されていないのであった。

 シュネルドルファーはレッコウが真面目に品定めしている様子を確認して、自らも適当に見回ることにした。

 ちなみに、ジブラスタ人が経営する店でジブラスタ人の店員にお勧め商品を訊いてはならない。そうした場合、限りなく一〇〇パーセントに近い確率でとっとと在庫処分したい品か、いわくつきの品か、ぼったくり商品を熱烈に押しつけられる。それを承知しているシュネルドルファーなので、声をかけたそうにチラチラ視線を送ってくる若い店員や小太りの中年店主のことなど完璧に無視していた。

 ところが、である。

「なんだ、これは……?」

 全身鎧のコーナーで世にも奇妙な物を発見してしまい、店主にチャンスを与えてしまった。

「お客さん、魔術師かい? だったらそいつに目をつけたのは正解だね!」

 褐色の顔に口ひげをたくわえた店主が手を揉みながらやってきた。そいつ、というのは、ひとつだけ特別展示品のように一段高く広い場所に置かれた、箱。値段はついておらず、代わりに『1回100バト!』と書かれている。一回がなにを意味するのかも気になるところだが、シュネルドルファーの心を捉えたのはそのデザインであった。

「いかにもジブラスタ! って感じだろう?」

 ジブラスタ人の笑顔を額面通り信用しないほうがいいとはよくいわれていることだが、こればかりは信用してよさそうであった。ジブラスタ、古くはフーバーン以前の時代からこの国では呪術が伝統であり、呪術のシンボルは世界共通で髑髏。この箱のような黒い塊にもど真ん中に髑髏が刻まれていたのだ。

「これも鎧なのか?」

「だと思うんだけどねェ」

「だと思う?」

「見てのとおりいわくつきの品でね、最近王都近くの遺跡で発掘された物で、そのときそばに完成予想図らしき絵もあったらしいんだが、いまだにこいつをきちんと組み立てられたやつはいないんだよ。しかも不思議なことに放っとくと勝手に元に戻っちまう」

「ほほぉう……」

 シュネルドルファーの目が好奇心に輝いた。

「てことで、本社のほうが買い上げて挑戦料を取る代わりに完成させられたやつに進呈するっていう企画を出してきてね。ちなみに一店舗につき一年で、うちで三店舗目だ」

「つまり二年以上誰も解けなかったのか」

「来月にはよそへ移っちまうから、挑戦したいなら今のうちだよ、お客さん」

「乗った」

「毎度あり!」

 店主は一〇〇バトコインを握り締めて会心の笑みを浮かべた。

「営業時間内ならいつまでいてくれても構わないよ。ただし店外へ出たらリタイヤと見なすからね」

 もうシュネルドルファーには聞こえていないのだろう、荷物を置くとまずは丹念にその外観を観察し始めていた。

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