アブダクション

黄黒真直

千文字版

 目が覚めたとき、私は見知らぬ森にいた。

 湿度の低い森だ。昼前の眩しい太陽が地面を明るく照らし、これから気温が高くなることを予感させた。


 木も草も、故郷の森とよく似ている。しかし、すべてが少しずつ異なっている。

 聞いたことのない鳥の声がする。記憶にない川で、知らない魚が泳いでいる。

 鹿のような動物が、群れで草を食んでいた。私の故郷にも鹿はいたが、数が多い。鹿は、もっと少ない頭数で群れる動物だと思っていた。


 どうして私は、こんなところにいるのだろう。眠る前、何があったんだっけ……。


 違う、眠ったんじゃない、眠らされたのだ。私は急に思い出した。


 あれは、太陽が真上を通り過ぎた頃だった。

 森で暮らす私は、暑くなる真昼には昼寝をする。私は昼寝をしようと思って、いつもの木の下へ向かっていた。


 そのとき、遠くに何者かの姿を見つけた。


 見たことのない、複数の黒い影。縦にひょろひょろと長く、棒状のものを持っていた。

 その棒が私に向けられたかと思うと……。

 次の瞬間、私は意識を失ったのだ。



 それから数週間が経過した。

 しばらくの間、私は鹿を狩るのにも苦労していた。頭数が多いため、警戒の目も多かったのだ。何度やっても、すぐに逃げられた。


 しかしやがて地形を把握すると、鹿に見つかりにくい場所や追い詰めやすい場所が分かるようになった。

 そうして私は、ここでの生活に慣れていった。



 そんなある日、私は男性を発見した。この森に来て、初めての出会いだった。

 彼も、私と同じ境遇だと言った。

 私達はともに行動するようになり、やがて恋人となった。


 彼は時々、大きな動物を捕まえてきた。よく太った美味しい動物だ。

 どこで見つけてくるのかと尋ねても、彼は答えなかった。


 彼の力になりたくて、私はこっそりあとを追った。


 そして私は、知ってしまった。

 私達が暮らしていた場所のすぐ近くに、あの黒い影達が暮らす場所があることを。

 彼は、影達が飼っている動物を捕ってきていたのだ。


 そんな危険なことはやめてくれと、私は彼に訴えた。

 だが彼は、生きるためには必要だと言って、聞き入れなかった。


 彼が殺されたのは、すぐあとだった。

 私は、黒い影達が彼の死体を運んでいるところを見つけた。

 私は遠巻きに、その様子を見ていた。

 影達も私に気付き、何かを話していたが、私には彼らの言葉がわからなかった。


 私は彼らに背を向けて歩き出した。

 私のお腹には、彼との子供がいる。この子を生かすために、必要なことは何か。


 私は、彼の言葉を思い出し、死をも覚悟していた。

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