ゲマトリア153~triangle・number

ゴウレム

日陰の向日葵の回想 序曲


今日もまた全身が燃えるように発熱して痒い。痒い、痒い、痒い。


掻いた場所は発疹が出来て血が滲んでいる。


年季の入った良く言えばアンティークな蓄音機に手を伸ばしドビュッシーの月の光をかけた。


これが、緩和材となるよう癖が付いている。

鏡を黙視する度、過去の亡霊が見えた。


顔の半分が焼け爛れた無様な女。

片側の目の視覚を失った滑稽な女。


この異形の塊は何者だろうか?

目を疑いたくなるような現実を、目の当たりにするこの鏡さえあれば拷問の器具など無くても私の正気を蝕む事は容易いだろう。


だが、何よりも忌々しいのはこの肉体ではなく、この姿を通して回想される過去の記憶だ。


残酷な神の啓示を体現する私に手を差し伸べる者など居ない

いや、私自身がそれを拒んでもいる。


希望も切望も無い

草臥れた虚空な意識をひたすら往来している。


鏡の向こう側の虚ろな眼と視点を共有し合うと、深い記憶の断片が蘇ってきた。


金花虫が舞い翔ぶような火花の中で手を伸ばす女がいた

その後方で叫び声をあげて駆け回る男がいた。



私が知らない人間

火の粉と同化するbackgroundでしかない。

胸糞悪い熱気と共に奇声共々消滅してくれればいい。


悪夢の終焉であり、新たな序盤を物語る光景が繰り広げられている中

唯一火の海から孤立したグランドピアノのある白い聖域の部屋で

ドビュッシーの月の光を弾き終ると

私はゆっくり立ち上る


室内の大きなテラス窓を閉め切り

側に立て掛けて置いた灯油の缶を逆さにして抱え上げ頭から全身に被った。


そして、マッチをすり足元へ落とす。

声も息も殺してる程静で穏やかな一時だった。

まるで、今までの人生が嘘のように

緩やかに意識は視界から脳へ転送していった。


これで、微かな月の光のような希望を抱いては裏切られて落胆する残酷な日々に幕を閉じることが出来たのだ。


私は、安堵の中で痛みを覚えるまでもなく酸素濃度の薄れる世界で意識を失った。


視点は暗闇に呑まれて、歪んだトンネルへと変わる。

壁を伝う黒い無数の生き物が遠い蜃気楼の中の小さな光を目指して蠢いている。


私は、爛れた顔に手を覆い、片足を引きずりながら光を目指して歩いていた。


「記憶だ 私はそれを 喪う事が出来る


私は この先の光に辿り着けばこの肉体と精神から解き放たれ

皆無という新境地へ導かれる


痛い 痛い

だが


後、もう少し。」


光の地点へ到着すると、焼けるように眩しい光に包まれて再び意識を失った。


微かな音色が聞こえる。これは…聞き覚えのある………。


意識が覚醒されると重い瞼を開いた先に映し出される

恐ろしい顔付きをした女と視線があった。



その女は渇いた笑い声をあげ

た。


それは、


他でもなく私であった。









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